三つの真実

奥田光治

第一章 発端

 事件の始まりは、埼玉県の一角にある廃墟となった旅館であった。その日の夜、すでに人が立ち入らなくなって久しいこの廃墟の一角に薄ぼんやりとした明かりが灯ったのは、ちょうど日付が変わろうかという午後十一時頃の事だった。もちろん、こんな誰もいない廃墟に明かりが灯ったとなればオカルト好きな人間であるなら人魂だの霊魂だのと言うのであるのだろうが、残念ながら現実としては、アウトローめいた雰囲気の若い男二人が勝手にこの廃墟に侵入し、その一角で懐中電灯を点けたが故の事だった。

 この廃墟は、元である旅館が廃墟となって以降解体される事もなく放置されたままになっていたが、そのうちに周囲に人家がない事も相まって得体の知れない人間がたむろするようになっており、地元の住民も滅多な事では近づかなくなっていた。この二人もそうした「得体の知れない人間」であり、派手な金髪と茶髪に染めた髪と遊び慣れているふうな風貌は、どう見ても彼らが堅気の人間ではない事を思い知らせていた。

「おい、ケン。タケの奴はどうした?」

 金髪の兄貴分と思しき男がもう一方のケンと呼ばれた茶髪の男に厳しい顔で問いかける。これに対し、ケンはヘラヘラ笑いながらこう答えた。

「それがさっき連絡があって、凄い熱が出たから家で寝込んでるって事らしいッス」

「ったくしまらねぇな。もしかしてバックレやがったんじゃねぇだろうな」

「いやいや、ギン兄。俺、昨日あいつと一緒にツーリングに行ってたッスけど、あいつマジで具合が悪そうでしたよ。帰る時もフラフラで、あの調子じゃ熱っていうのも嘘じゃねえと思うッス」

「マジかよ……」

 そう言いながら、ギンと呼ばれた金髪の男はくわえていた煙草の煙を吐き出した。

「まぁ、いいや。あいつには後で俺から知らせておくか」

「何をッスか?」

 訝しげな表情を浮かべるケンに対し、ギンは黙ってどこからか取り出した新聞をケンの方へ放り投げた。

「一週間ほど前の新聞だ。読んでみろよ。最後の社会面だ」

「えーっと……『春日部市で警察から逃走中の銀行強盗が車ごとガードレールに突っ込んで即死。警察は奪われた金の行方を捜索中』……ウッヒー、景気のいい話ッスが、これがどうかしたッスか?」

「馬鹿、それじゃねぇよ。その横だ、横」

 ギンが呆れた風に言う。

「横? ……あぁ、これッスか。『狭山市で身元不明の女性のバラバラ死体発見。県警は捜査本部を設置』。……随分えげつない事件ッスね」

「ちげえよ! そっちじゃなくて、反対側の方だ」」

「反対……これッスか? 『さいたま市で闇金業者『トジマファイナンス』社長の男が首吊り遺体で発見。事件・自殺の両面で捜査』とか」

「違う! その横だ!」

 いい加減うんざりしてきたところで、ようやくケンが正解にたどり着いた。

「じゃあ、これッスか。『国道○○号線で路線バスと歩行者が接触し歩行者側が死亡。警察は身元を調査中』とかいう」

「そう、それだ」

「これが何か?」

「あくまでまだ噂だがな。その事故で死んだの、どうやらタクの奴らしい」

 ギンのその言葉にケンは目をむいた。

「タクって、あの『タク』ッスか?」

「あぁ。最近見かけねぇと思ったら、こんなところで死んでやがった。何にしても、これからの事、少し考えねぇといけねぇな」

「そうッスね……いやぁ、でもまさかタクが死ぬなんて……」

 と、その時だった。不意にギンが目を光らせて鋭く言った。

「おい、ケン! 明かりを消せ」

「ど、どうしたッスか?」

「誰かがこの廃墟に近づいている。今、窓の外に光みたいなもんが見えた」

 それを聞いて、ケンは息を飲みながらもすぐに懐中電灯を消す。すぐにその場は暗闇に包まれ、そして実際、ガラスの割れた外の一角に懐中電灯と思しき明かりがこちらへ近づいてくるのが見えた。

「こんな所に誰ッスかね」

「わからねぇが、玄関の方に向かってるみてぇだ。ここは一つ、お出迎えとしゃれこもうじゃねぇか」

 そして、二人は暗闇の中、玄関ロビーの方へ移動し始めた。暗闇とはいえ勝手知ったる廃墟だけあって、二人はすぐにロビーの一角に身をひそめる事に成功する。

「さて、誰が来たのか……」

 柱の陰に隠れながら、ギンはそう呟いた。やがて、明かりの主が玄関のドアの前に姿を見せ、一瞬ためらったような仕草を見せたが、すぐに中に入った。その正体を見て、ケンが思わずヒュウと口笛を吹きそうになる。

「ギンの兄貴」

「あぁ、これはとんだお客様だ」

 二人の視線の先……玄関から入ってすぐの所に懐中電灯を点けて立っている人物……それはどこかの学校の制服を着た、女子高生と思しき少女だったのである。

「上玉っすね」

「そうだな。こんな時間に何しに来たかは知らねぇが、あまりにも不用心ってもんだ」

「やるッスか?」

「当然だろ。不用心にこんな所にくるあのお嬢ちゃんの方が悪い」

 ギンは舌なめずりするように言い、ケンも興奮した風に頷く。そしてその直後、二人は暗闇から飛び出し、驚愕の表情を浮かべる女子高生の前に立ちはだかったのだった……。


 それが、後に『埼玉肝試し女子高生殺害事件』と呼ばれる事になる事件が始まった瞬間であった……。

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