Rest in peace garlic

How_to_✕✕✕

とある一人の過去

窓から陽射しが差し込み、部屋の中を明るく照らし、柔らかな風が取り付けられたカーテンをゆらす。

子供たちの声が庭の方から聞こえる。

彼女は椅子にもたれかかりながらそれを聞いていた。

秋の風が部屋に入り、彼女はまどろんでいた。

「おばーちゃん」

庭で遊んでいた子供が、彼女の足元へと駆け寄る。

彼女はまどろみから目を覚まし、自分の孫をみる。

「どうしたの、ティスタ?」

彼女は優しく声をかけながら目を開く。

「お庭で面白いものみつけたからおばぁちゃんに、渡したくて」

孫の一人が言うともう一人が庭から部屋に入り駆け寄る。

「あー、ずるい。ミーナも渡すんだよ」

もう一人の孫が彼女に駆け寄る。

二人は彼女の膝元で喧嘩を始める。

「ふふっ。二人とも喧嘩しないで。おばあちゃん、ちゃんと聞いてあげるから」

彼女が微笑みながら言うと二人は笑顔になる。

「本当!?」

「本当に?」

二人は彼女を見つめる。

純粋な瞳に彼女は笑いかけ、言った。

「で二人はどんなものを見つけたのかしら?」

彼女が口にすると、孫の二人はパッと手を同時に出す。

二人の手のひらにあったのは紫色の花だった。

「これは・・・」彼女はそれを手に取る。

「二人で遊んでいたら見つけて、めずらしいからおばあちゃんにと思って!」

ティスタはそう言い笑った。

「確かに珍しいわね。この辺じゃ咲かないものね」

彼女は手にした花を見て微笑む。

「でしょ!」

ミーナは彼女に言う。

それを聞いて、彼女は二人に笑いかける。

そして秋の風がふたたび部屋に入り込み、彼女が手にした紫苑の花が小さく揺れたーーー




ーーーーー地面に叩きつけられ、冷たい地面の感覚。

「この盗っ人が」

自分よりも二周り以上大きな身体の男が見下ろしていた。

そして男が容赦なく幼い彼女の腹に蹴りをいれる。

痛みに声は出るが蹴られても出るものもでない。

すでに何日も食事にはありつけていない。

泥水をさけできるだけ飲める水で空腹を満たしていたが、すでに限界だった。

彼女は市場の露店で売られていたパンを盗み、逃げた。

しかし、店主と見られる男に路地で捕まってしまい、この有様だった。

彼女は痛みで身体を曲げる。

しかし、こんな状況でも助けてくれる人はいない。

この場所では彼女のような存在はごまんといるからだ。

通りを歩く者たちにとってそれは日常茶飯事。

珍しくもないと言う顔で通りすぎていく。

彼女は神様なんていないと知っていた。

彼女は諦めていた。

「こい、盗っ人。」

店主の男は彼女の服を掴み、立たせようとした。

「警察に連れてってやる」

服を捕まれ無理やり起こされた彼女は必死でパンを抱きかかえ、男の腕を振りほどこうとした。

警察に行けば二度と出てこれない。

同じように路上で暮らす仲間から聞いたことがある。

死ぬのは怖くないが何か失うのが怖かった。

彼女はそのなにかに怯え、男から必死で逃げようとしていた。

「おい、コイツ、暴れるんじゃない!」

店主の男は彼女に向かい拳を振り上げた。

彼女はまた殴られると思い瞼を反射的に閉じた。

しかし、衝撃は来ることなく声が聞こえた。

「そこまでにしとけ」

彼女が瞼を開けると、店主は何者かに振り上げた拳を捕まれ、動きを止めていた。

「な、なんだ、お前は!?」

店主の男は突然のことに驚き、怒鳴った。

「俺がパンの代金を払うから終わりにしてもらえるか?」

そう何者かが言うと店主の振り上げた拳に何かを渡し、店主の手を離した。

それと同時に彼女をつかんでいた店主の男の手が離れ、こちらに店主の男が背を向ける。

彼の後ろに立っていたのは黒いコートをまとった別の男だった。

黒い髪を目元が隠れそうなほど伸びていて、頬はこけ、生気が見られないが凶暴な犬のような鋭い眼光。

彼女には仲間から教えてもらった「死神」という存在だと思った。

「アンタ、何なんだ?代金を払ったらおしまいじゃない。コイツを警察に・・・」

店主がまくし立てるように言うと、死神のような男は静かに言った。

「金は払った。これで終わりにしてくれと言ったんだ」

低く、有無を言わせない覇気を含んだ声。

彼女にも警告しているように聞こえた。

その迫力に押され、店主の男は押し黙り、吐き捨てるように「なんなんだ、アンタ」と言い残し、その場を後にした。

店主の男の姿が消え、緊張が解けたのか彼女は膝を崩し、座り込んだ。

目の前には黒い死神のような男がこちらを見ていた。

男に礼を言おうとしたが彼女は自分でも不思議な程に身体に力が入らなかった。

徐々に目眩がし、その場に倒れ込んだ。



--------彼女はまどろんでいた。

今までこんなに暖かいものに包まれているような感覚はしたことがなかった。

空腹とは別に満たされるような感覚。

ゆっくりと彼女は瞼を開く。

目の前には見たこともない色の天井が広がり、彼女は驚き、勢いよく起き上がる。

「起きたか」

声がしその方向を向くと死神に思えた男が椅子に座り、こちらを向いていた。

「こ、ここは?」

彼女は周りを見渡し、状況を確認する。

ふと自分の手元をみると見たこともない真っ白な布団が足元にかかっていた。

「ここは俺の家だ」

短く男が彼女の問いに答えるとゆっくりと立ち上がる。

彼女は驚いた。

彼の手には拳銃が握られていた。

その姿に彼女は身をこわばらせる。

彼女の緊張が伝わったのか男は言った。

「気にするな。お前を殺そうなんてことは考えてない」

そう言葉にし、拳銃をズボンの中にしまう。

男は彼女に背を向け、入口へと歩いていく。

「待ってろ」

男はそういうとドアを開け、姿を消した。

一人きりになった彼女は事態を飲み込めず、もう一度、あたりを見回す。

部屋はベッドと椅子、灰色の空が見える窓があるだけで何もない。

彼女は呆然とし、なんでここにいるのかを思い出そうとした。

そして助けてもらい、倒れたのを思い出した。

しかし、あの男は一体、何者なのか。

彼女はわけも分からず身の危険を感じ、ベッドの上で身を強張らせた。

それと同時にドアが開き、男が扉を開け、中に入る。

「食べ物を口にしてないんだろ?」

男がそう言いながら、緊張で身体を強張らせる彼女の目の前にパンと液体の入った皿を置いた。

彼女は男が置いたものに驚き、男と目の前に置かれた食べ物を交互に見る。

「なんだ?」

男は彼女の様子を、見て言った。

「これは・・・?」

「飢えていたんじゃないのか?パンとスープだ」

「食べていいの?」

「聞く必要があるのか?」

男は淡々と言うと彼女を無表情でみる。

「変な薬は入ってない」

男はそれだけ言い残すと立ち上がり、扉の向こうに姿を消した。

一人残された彼女は置かれた食べ物を見て、ゆっくりと、手を伸ばした。

そしてパンを手に取り、口にする。

咀嚼しながらスープの皿を取り、スプーンですくい口にする。

そして温かさを感じ、彼女は自然と涙した。




食事を終え、彼女はドアを開け扉の向こうに出た。

扉の向こうは机と料理道具以外見当たらない部屋だった。

そしてその真ん中に男は椅子に座り何かをしていた。

男は彼女を一瞥すると興味なさそうに手元の作業を続けていた。

「あっ、あの・・・」

彼女は男に向かい声をかけた。

「助けてくれてありがとうございます」

彼女は頭を下げ男に言った。

男は彼女の方をみることなく口を開いた。

「気にするな」

男はそういうと、作業を終えたのか立ち上がる。

「あの、何かお礼を・・・」

「礼はいい」

男は彼女の言葉を遮る。

「これから俺は仕事にいく。寝室に使えるコートがあるそれを持って出てけ」

男は感情のこもらない声で言うとまた別のドアの方へ歩きだす。

「でも」

「これ以上、何かをねだられてもないぞ」

男は壁にかけてあった黒いコートを手に取り、羽織る。

彼女が言葉を探していると、男は彼女に向かい何かを投げた。

受け取った彼女はそれをみる。

「これは・・・?」

皮でできた鞘に収まれた小さなナイフだった。

彼女はなぜこんなものを渡されたのか分からなかった。

「これぐらいしかやれるものはない。用がすんだらでていけ」

彼は言い、ドアから出て行ってしまった。

一人残された彼女は、ナイフを見て立ち尽くした。



男が自宅のドアを開けると少女は、手にナイフを持ったまま、隅で膝を抱えていた。

「何をしている?」

男は淡々と問いかけた。

「……」

少女は答えず膝を抱えたまま微動だにしない。

「ずっとそこに居座る気か?」

男が問いかけると少女は口を、開いた。

「お礼…」

「?」

「……お礼してないから」

少女はたどたどしく答えた。

男は何かを察したのか、ため息をつき口を、開いた。

「勝手にしろ」

男は淡々と伝えると部屋の奥へと消えた。


彼が部屋の奥へと姿を消してから少女はただひたすら彼の家で家事をした。

過去に無理やり働かせられ身体にある程度染み付いている。

彼女は彼の家を掃除した。

助けてもらい渡すものはないため、これくらいしかできることはない。

そう思いながら彼女は掃除を続けた。

ふと後ろで扉が開き音がした。

彼女は男だと思い振り向いた。

しかし、彼女の前に現れたのは体格の大きな、別の男だった。

別の男は大きく獰猛な犬のように彼女には見えた。

別の男の存在に気がついたと同時に、彼女はすでに組み伏せられていた。

口を抑えられ、声を挙げられずにいた。

別の男は彼女の耳に近づけると言った。

「奴はどこだ?」

低く動物のうめき声のよう。

彼女は恐怖で涙しつつ、手足を動かし抵抗しようとした。

「無駄だ。もう一度、聞く。奴はどこだ?」

男はナイフを取り出し、彼女の目の前で振り上げた。

彼女は死を覚悟した。

しかし、その時は来ず、別の男が手にしたナイフは折れ彼女を組み伏せていた別の男は横に吹き飛んだ。

彼女は訳が分からずその光景を呆然と見ていた。

「まだいたのか」

声をかけたのは彼女を助けた男だった。

手には銀色の拳銃を持ち、別の男に向けていた。

彼女は起き上がると別の男をみた。

男に撃たれ、流血し倒れていた。

呆然とする彼女に男は言った。

「好きにしろとは言ったがここまでとは」

男は銃を下ろし、彼女を見た。

「立てるか?」

彼女はただ首を縦にふるだけしかできなかった。

男は手を、差し出し彼女を立たせようとした。

ふと彼女は倒れている別の男の方をみた。

別の男は瀕死になりながら銃を取り出した。

「危ない!」

彼女はとっさに男の前に出ていた。

銃声がし、頬を何かがかすめる感覚。

倒れたのは別の男の方だった。

彼女は男の方をみる。

男が手にした銃からは煙が出ていた。

彼女は力が抜けその場にへたるように座った。

頬を撫で手を、みると血がついていた。

「手当をしないとな。立てそうか?」

男は何事もなかったかのように銃をしまい彼女に言った。

彼女は腰が抜けたてなかった。

「そうか」

男はそういうとしゃがみ彼女の顔を除きこんだ。

「行く場所はあるのか?」

彼女は首をふる。

「そうか。生きたいか?」

男は当たり前のことを聞く。

彼女は首を縦にふった。

「なら、仕事を手伝う気はあるか?」

「へ?」

「お前を雇う」

彼女にはその意味がわからなかった。

「簡単にいうならお礼がしたいならお礼の仕事を手伝え。以上だ。やるか?」

男は淡々と質問した。

彼女は男をまっすぐ見つめ頷いた。

「ちなみに名前は?」

男は彼女をまっすぐと見ながらいった。

彼女は首を横にふった。

「……?自分の名前がわからないのか?」

再度、彼女は首を降った。

「……?」

「名前がない……」

彼女は言った。

「そういうことか……」

男は納得し、続ける。

「なら『ティセ』というのはどうだ?」

男は言った。

「『ティセ』……」

彼女は不思議そうに反復した。

こうして彼女、『ティセ』と男の生活ははじまった。



それからというもの、『ティセ』は男の仕事を手伝った。

手伝いをし、男が何をしているのか『ティセ』は彼が人殺し、殺し屋という存在なのだと知った。

そして男は一つの場所にとどまることはなかった。

『ティセ』は彼のそばにつき、同じように各地を転々とした。

各地を回りながら、いろいろと仕事をこなし、経験を吸収した。

命が危険になることも多かったが彼女は恐怖を感じることは少なかった。

殺伐とした世界に足を踏み入れつつも、彼女が男とめぐる先にはいろいろと発見があったからだ。

塩を含んだ湖のほとりの街、高い山の中腹の遺跡、雲のように白い雪で覆われた場所。

深い森におおわれ、不思議な先住民がいる国など、見たこともない景色がひろがり、また行く先に人がいることが驚きだった。

喜びがあれば、悲しみもある。

光があれば、闇もある。

彼女は言葉にはできなくとも、いろいろと感じていた。

そして何より、男といることも彼女はうれしく思えた。

『ティセ』と男は仕事以外の会話がないが、それが彼女にとっては不思議と心地いいものがあった。


とある日、『ティセ』と男は山沿いの街に来ていた。

その街がある国はまだ世間の争いに巻き込まれてはいないところだった。

そこは穏やかで『ティセ』が暮らしていた場所と違い、静けさがあった。

二人は仕事で来ていたが、どこか普段の殺伐とした生活を忘れさせてくれるような場所だった。

二人は街をぬけ山道へとでて、道を歩き続けた。

日差しが強く、青く晴れた日だった。

『ティセ』は身長も伸び、大人になりかけていた。

すでに男の肩に頭が届いていた。

「これから蒼の国に入るの?」

彼女は偽装したライフルを肩で担ぎ、男に問いかけた。

「そうだ」

男は歩きながら、いった。

「じゃあ、この山を越えていくんだね」

「そうだな」

男と『ティセ』はいつもこんな感じの会話をする。

それがいつもの日常だった。

『ティセ』は不思議と彼を見ていると微笑んでしまう。

彼といることで不思議と安堵感を覚えていた。

それは彼女にはわからず後になりわかることだった。

ふと男が足を止めた。

「……?」

彼女は男がなぜ足を止めたのかわからなかった。

ふと男は別の方向に目を向けた。

『ティセ』も同じように視線を向ける。

その先には紫色に花を咲かせた花が、一画を染めていた。

男はただ無言でその方向に近づき、花を一輪手に取る。

『ティセ』は彼が何をしているのかわからずただ見つめていた。

「紫苑の花か……」

男がぽつりと言った。

「紫苑…?」

『ティセ』が問いかけると男が答えた。

「ああ、こういう場所に咲く花だ。街の近くで見れることはない」

男は無表情で言った。

「どうしたの…?」

『ティセ』は尋ねたが、男は答えない。

ふと彼の横顔を見ると男の口元が笑っているように思えた。

ただこの時、『ティセ』には理由がわからなかった。


旅は永遠に続くわけではない。

彼女は知っていた。

戦争がはじまり、争いがないところなど数えるほどになった。

ある日、男のもとに政府の役人がきた。

男が殺し屋ということをしり、普通の兵士ではできない仕事を任せに来た。

それからというもの男と『ティセ』は戦火に身を投じることになった。

すでに戦争は激化し、彼らも無関係ではいられなくなっていた。

いつの日か終わる。

彼女はどこかで感じていた。

しかし、それはいつかではなかった。


———「俺が合図をしたら撃て」

男が銃の残弾数を調べながら、標的の砦を見ながら言った。

———事態が変わったのは数日前だった。

政府の役人が二人の元を訪れると戦争が終わるかもしれないと。

だが、そのために『ティセ』と男に協力してほしいと依頼が舞い込んだ。

依頼内容は敵対する国が所持する最大の砦の破壊工作だった。

それを行えば、敵国の首都へと大勢の兵士を送ることができるからだ。

『ティセ』はやる気が起きなかったが、男が引き受けたからからしょうがないとあきらめた。


———「わかったよ」

『ティセ』は男を支援するためにライフルの動きをチェックする。

「『ティセ』」

男が彼女を呼んだ。

「何?」

男と『ティセ』はお互いに見つめあう。

数秒が過ぎただろうか、男が口を開いた。

「しくじるなよ」

男がそういうとすぐに彼女は返事をした。

「アンタこそ」

二人は目を合わせうなづく。

「仕事をはじめるぞ」

男はそういうと砦に向かい走り出した。

『ティセ』は男の周りをスコープで見続ける。

男は隠れながら向かっているものの敵がいないわけではない。

あたりを警戒しながら、男を援護しようとスコープを除き続ける。

男が無事に砦につき、『ティセ』に合図を送る。

『ティセ』は男が隠し扉に入り姿を消すのを確認すると合図通り、男が進んだ道で身を隠しながら砦へと向かう。

彼女は砦に近づき、隠し扉から侵入を図る。

いともたやすく侵入はすんだ。

作戦では男が先に上階にある武器庫を破壊する予定だった。

彼女は隠れながら上の階を目指す。

兵士が何人か通るが、彼女には気が付かない。

彼女は気配を消しながら、進んでいく。

上階の階段を見つけ、昇り始めたときだった。

轟音と、振動が彼女を襲った。

「な、なに…?」

彼女は上を見上げる。

男はどうしたのか?

彼女は胸にいやな予感を感じ、階段を勢いよく駆け上がる。

爆音と振動は続いた。

何が起きているのか彼女には理解できなかった。

敵国の兵士たちが下りてきて、発見したら彼女の行く手を阻もうとする。

彼女は兵士を倒しつつ、上へと駆け上がっていく。

それとともに音は大きくなり、振動が強くなる。

しかし、彼女はそれよりも男の心配をしていた。

男がいるであろう、階についた時だった。

近くの壁が破裂し、『ティセ』は吹き飛ばされた。

吹き飛ばされた『ティセ』は痛みと、耳鳴りを感じながら起き上がる。

『ティセ』はかすむ視界の中、あたりを見回す。

瓦礫と煙が充満していた。

『ティセ』はそれでも男の姿を探した。

廊下らしきところを進む。

その間も音と振動は続いていた。

『ティセ』は気にすることなく進んだ。

ふと足元に固いものがぶつかりみてみる。

彼女は目を大きく見開いた。

彼女の足元で倒れているのは男だった。

黒いコートはズタボロになり、煤にまみれ、顔が灰色に染まっていた。

さらに衝撃と音が強くなる。

「アンタ、なんで!?」

『ティセ』は大声でしゃがみ、横たわる男の肩をつかんだ。

「うぁ……。お前…か…」

男は苦しそうにうめくと目を開いた。

「なんで、死にそうになってるんだよ」

『ティセ』の叫びに、男はゆっくりといった。

「これか…ら、自軍の…砲撃がつよ…まる…。にげ…ろ」

「なに、言ってんだよ! あんたがいないとダメなんだよ」

『ティセ』は男の腕をつかみ、目に涙を浮かべながら、叫んだ。

「も、もういいんだ」

男が弱弱しくいうと自分の下半身を見る。

すでに太もものあたりから出血し、太ももから先はなくなっていた。

「……!」

『ティセ』は言葉をなくし、男の顔を見る。

「俺には、姉が…いた。お前…の名前は…彼女の…」

男が言いかけると同時にさらに砲撃音が強くなり、衝撃と揺れがした。

男は弱弱しく『ティセ』の腕をつかむ。

『ティセ』は何かを察し、男の顔に耳を近づけた。

男は息を吸い込むと、彼女に弱弱しい声で言った。

「生きろ」

『ティセ』は、はっとし、顔を上げ、男をみた。

男は彼女の方を見ているがすでにその目には彼女が映っていなかった。

「いやだ、いやだ」

『ティセ』は男をつかむ。

無駄だと知りながらも。

砲撃がさらに強くなる。

しかし、『ティセ』にはそれがきこえず、代わりに聞こえていたのは自分の叫び声だった。


———『ティセ』は浅い眠りから目を覚ます。

ふと目を開け、入口に顔を向ける。

秋風が吹き、彼女の頬を撫でる。

『ティセ』は目を閉じもう一度、開ける。

入口から日が差し込む。

同時に影が伸び、彼女はそれを目にすると口を、開いた。

「あら、遅かったわね」

彼女は微笑みながら言う。

「まさか貴方が来てくれるなんて思わなかったわ」

彼女はそれを見続ける。

「いつ来るのかと私はずっと待ってたわ。お陰でこんなに手がしわしわになっちゃった」

風がふき、花瓶にさした紫苑の花がゆれる。

「貴方と別れた後も長い旅は続いた。でも貴方と過ごした時間、あの時ほど濃い経験はなかったわ」

彼女は下を見ながら続ける。

「恨んでる?」

彼女が問うと影が揺れる。

「そう。あなたは何も言わないのね……」

彼女は知っていた。

「でもそれは昔のときと同じ。あの時、貴方が助けてくれた時もそうだった」

『ティセ』はあの寒い日を思い出していた。

あそこで運命が変わっていたかもしれない日。

彼に助けてもらった命はもう十分に楽しんだ。

そう十分に。

彼女は続ける。

「貴方がいなかったら、こんな風になれなかったわ」

『ティセ』は微笑み、影を見つめる。

「ありがとう」

影はまだそこに立っていた。

「わかってるわ。時間は……、もう一度、連れてってくれるの?」

『ティセ』は言った。

彼女は目を見開き、影にいう。

「それも面白そうね。貴方はいつも私を連れ出してくれるのね」

影はさらに揺れた。

「迎えにきてくれたのが貴方でよかったわ」

『ティセ』はそういうと立ち上がる。

秋風が、ふき紫苑の花を揺らす。

「ねぇ、今度はどこに連れてってくれるの、『ハボック』?」

そういい、彼女は満面の笑みを浮かべた。


———「おばあちゃーん」

ミーナは裏庭で叫んでいた。

「おばあちゃん、いないよ」

彼女は自身の母親に、言った。

「お母さん、どこに行ったのかしら? さっきまで小屋にいたんでしょ」

「そうだよ」

ミーナは答えた。

「困ったわね。ティスタ! そっちはどう?」

「いなーい」

元気な声が響き渡る。


「今日の主役がいないでどうするのかしら?」

ミーナとティスタの母はあたりを見回す。

「もしかしたら、あそこかもしれないよ」

ミーナは裏庭から見える林の向こうの別の小屋を指さす。

「ああ、そうかもしれないわね」

小屋を見て、二人の母はそう言った。

「じゃあ、私が見てくる」

そうミーナが言うと別の小屋へと走った。

「気をつけなさいよ」と後ろから彼女の母が言うが、ミーナは気にすることなく、小屋へと走った。

小屋の前につきドアのまで、声を出す。

「おばあちゃーん」

数秒待っても、返事がなく、ミーナはいてもたっていられず、ドアを開けた。

ドアを開けると、彼女の祖母の『ティセ』が椅子に座っていた。

「おばあちゃん、いたよ!」

ミーナは探しているであろう二人に向かい、叫んだ。

顔を祖母の方へ向ける。

寝ているのか反応がない。

彼女は自身の祖母の近くに歩み寄る。

「おばあちゃん」

ミーナは静かに『ティセ』に声をかけ、顔を覗き込んだ。

『ティセ』はまるで穏やかに笑っているように見える。

ミーナは彼女の手をつかんだ。

その手には温かさが残り、紫苑の花が握られていた。

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