第13話 所詮偽りの中で

これまでこの幻の中で、死にたい死にたいと口にしてきた。それが逃げ道だったから。それが幻だったから。それが本心だったから。






先日、家族の最期をこの目で、目の前で見届けることとなった。











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最期のその瞬間は、僕が手を握っていた。






冷たくも微かな震えに命の灯火を見出して、そんなはずないと、きっと必ず絶対にまた元気になって帰ってくるものだと思っていた。だって、これまでもそうだったから。


親族の死は初めてではない。ただ、看取る、というのは初めての経験だった。息の消える瞬間を、確かにこの目で見てしまった。ずっと苦しそうだった。僕が仕事を全部投げ出して、駆け付けた時にはもう言葉を交わせなかった。でも声をかけ続けた。手を握り続けた。こんな時にまで何を話そうか迷ったり、気恥ずかしさを抱いてしまって、ほとんどは心で語りかけるしかなった。僕はなんてかっこ悪いんだろうと自省しながら、回復したらまたたくさん話したいことがあるとそちらに希望すら見出して、そのうちだんだん息の感覚が長くなって、ヒヤリと心臓をつねらせて、願うことしか出来なくて、僕は




僕は、無力だった。




遠方から家族が集結して、最後の一人がたどり着くまで、待ってくれていた。


ドラマや通説のようで、本当にそうであって欲しいが現実で、




心電図の直線が見えて、強いはずの僕は涙を堪えきれなくなっていた。プライドの突っ張り棒になんとかカマをかけて、マスクの下を湿らせた。


周りは覚悟が出来ていたのか、誰一人涙を浮かべることなく、ただ感謝の言葉を投げかけていた。僕からすれば違和感を覚えるくらいに、全員悲しみの中にどこかその現実をクッションに沈めてじわりじわりと受け入れている様が外側からでも見て取れた。


僕だけが、石のままだ。


涙が止まらなかった。でも、プライドばかり高く育ってしまったから、僕はその涙を堪えるという選択肢しか取れなかった。全員がじわりと染み込ませているこの現実に、僕が一滴雫を零せば、何か決壊してしまったように波打ってしまうのではないかというのが怖かった。結局僕は、自分勝手で自分のことしか考えられていなかった。







場面にはすぐに、カットインが入る。

憂う間もなく葬儀や次の段取りが始まる。母が慌ただしく電話を取っている。1番近くで見て来たから心の準備が出来ていたのか、それでも少し余裕が無さそうに見える。支えなければ、強くあらねば。そういう思いが強まる。


亡くなったあともしばらくは耳は聞こえると、そういうことで全員が口々に声をかける。僕は──僕は、こんな時ですら恥じらいを捨てきれない。かっこ悪い。かっこ悪い。こんな自分に後を任せていけるのかと不安を覚えて、覚えさせたくなくて、でも、後悔するのだけは嫌だとこれまでの人生で培った思いが足を動かした。



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最後にかけた言葉は、またしても自分勝手な言葉だった。これからは任せてとか、安心してとか、そういう心から立派だと思える言葉が飛び交う中、やはり僕だけは恥じらいを抱いてながら恥ずかしげもなく誓いの言葉のようなものを囁いた。


届いただろうか。僕の言葉は。



















通夜も葬儀も長いようであっという間だった。

悲しみの実感に浸れないまま、思い出話に花を咲かせたりしながら、慌ただしく眠れない日々を進んだ。






辞めよう。




重い瞼の中、僕の心には確かに刻まれていく志があった。それは、あの時最後に伝えた言葉。本当はずっと、言いたくて喉がつっかえていた言葉。


こんな出来事が無いと変われないほど、僕は弱い。でも、今なら言える。


やめよう。そして──





始めよう。


久しぶりの感覚だ。本当はもっと素直に生きたかった。体裁も世相もかなぐり捨てて、ただただ何者かをじにんするために何かを生み出したかった。


夜が明ける。

あれだけ重たかった雲は、確かにあの日からずっと臨んだ月に向かって道を空けていた。


ここからの僕は、どうやら本気の本気らしい。

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死にたいまいにち @hekida_Jinx

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