閑話 クザとムジ

荘園襲撃事件から1月後くらいのお話です。



「イタタタ…」


「大丈夫ですか?」


「ああ、ちょっと痛んだだけだ。傷は塞がったんだがまだ偶に痛みだけな。」


この前の襲撃事件でちょっとドジって肩を矢で射抜かれちまった。染色職人が腕がまともに上げることができないなんてホント我ながら呆れる。


「無理はしないで下さいね。」


この子はシノさん。本来はお嬢直の工員でこんな場所にいる人じゃない。だが最近やたらとウチにくる。怪我した俺を何かと世話をしてくれるし、淹れてくれるお茶は上手いので邪魔ではないけど。


ホシノ商会が軍のお抱え…お嬢が言うには『専属業務委託契約』してから1月が経とうとしていた。染色工房も今まで以上に仕事がいっぱいになっていた。


なんでも新しく採用されたウチの武器ってのを使うのに味方には同じ服を着せて間違わないようにさせたいとかで、その案が採用されホシノ商会が請け負うことになった。色は以前、俺たちが作り出した、お嬢いわく『たーこいずぶるー』ってやつだ。それの艶なし濃いめ。ある程度目立つけど、目立ちすぎない色だそうだ。お陰で染色工房は大繁盛。ただ人手が全然足りていない。


「ムジ、こっち頼めるか?」


「……」


…またこれだ。最近ムジの様子がおかしい。親方が商会のまとめ役になって今は工房に俺たちしかいないってのにこれじゃ申し訳が立たない。なにより俺たちの仕事が堂々と表に出るって時だってのに…


「ムジ!お前、どうかしたのか!?」


「えっ?」


「最近お前おかしくないか?」


「…そんなこと無いよ。」


「いや、そんなことある。何か悩んでるのか?俺には相談できない話か?お前がそんなんじゃ次入ってくる奴らにも何も言えねぇじゃねぇか。」


人手不足なことをお嬢に相談すると既に新しい職人の募集をかけていたらしい。もう半月もしたら新人…つまり俺たちの弟子が入ってくるってことだ。


「うるさいな…どうだっていいだろう?クザには関係ないよ。」


「なっ…」


「僕ちょっと出てくるよ。石灰もたりなくなってきたし、話してくる。」


「あ、おぃ…」


俺の言葉も聞かず工房から出て行っちまった。どうしちまったんてんだアイツ…



それから暫くしてもアイツは帰ってこない。町まで行っちまったのか?


「いいんですか?いつも一緒だったって聞きましたけど…」


「ああ、アイツとはいつも一緒だった。」


そう、ガキの頃まだ親方に拾われる前、住む家もなく生きることに必死だった頃から一緒だった。それから親方に拾われ、染色を手伝うようになり、親方が道を踏み外した時もやっぱり一緒だった。


ただそれは…


「…親方が誤った事をした時に俺はそれでも親方と一緒についていくって決めて腹をくくったんだ。でもたぶんアイツは違う。アイツは親方じゃなくて俺と同じ選択を選んだんだ。」


「ムジが俺と一緒に染色職人になったのもアイツは俺と一緒にいることを選択しただけなんだ。」


「…本当に仲が良かったんですね。」


「そうだ。アイツはいつも俺と同じ道を目指してくれた。真似なんかじゃない、隣にならんで歩いてくれていたんだ。でもそれじゃ駄目なんだよ。」


シノさんが「何故です?」と尋ねる。あまり言いたくはないけど…まぁいいか。


「ちょっとだけだ。ほんのちょっとだけだけどな…染色職人としての才能はアイツの方がある。親方もその辺は気がついてたと思う。だけどアイツはいつも俺と同じことをすることを選んだ。…いや、一緒にしてくれたんだ。」


「だからもし、アイツが俺と違うことを選ぶなら俺は応援する。流石に職人としての意地があるから同じ道は歩んでやれない。けどアイツが俺と違う事がしたいとか、例え染色じゃない道に行きたいと言っても俺は止めない。」


本気だった。最近のムジの様子を見ていてずっと考えていた。


「その気持ち、ムジさん本人に伝えたらどうです?」


「はぁ!?そんなの恥ずかしいに決まってるだろ、絶対言わねぇよ。」


あれ、でもなんで俺こんな恥ずかしい話、シノさんに話ちまってんだろ…普段の俺なら絶対他人どころか親方にだって言わねーのに。やっぱ俺もちょっとおかしいのかな…



「ただいま。」


!?


「なんだ…早かったじゃなねぇか。」


「いや、街まで出ようと思ったけどそういえばまだ倉庫に石灰あったこと思い出してね。」


俺は「そうか」とだけ答える。まさかさっきの話、聞かれたりしてないよな…


「…僕、染色は辞めないよ。ただクザと同じ事はもう辞めようかな。だって僕の方が上手いもんね。ずっと前から気づいてた。」


「…はぁ!?おま…」


「だから一緒に競うよ。どっちが良い物を作れるか…これからは好敵手だね。」


ぐ…


恥ずかしい…恥ずかしいが…それ以上に嬉しい。正直、俺はずっとムジとこういう関係になりたかったんだ。


隣でシノさんがこちらを見て笑っている。くっそ…普段、表情あんま変わらないってのにこんな時に笑いやがって…


でも嫌な気はしない。


「さぁ、じゃあやりますかっ!全然終わり見えないけどな!」


「そうそう。さっきそこでお嬢に会ったけど『追加の案件が…』って言ったよ。また後で来るんじゃないかな。」



……早く人が来てくれ。じゃないとお嬢に殺されちまう…



――――――――――


「僕ちょっと出てくるよ。石灰もたりなくなってきたし、話してくる。」


そう言って僕は工房の扉を閉める。


嘘だった。石灰は倉庫にまだ残りがあるのを知っている。まだ暫くは大丈夫のはずだ。ただ僕があそこに居たくなかっただけだ。


どうしよう…とりあえず町にでも行ってみるかな。そう思って少し歩いたところでお嬢と出くわしてしまった。


「ムジさんご機嫌よう。どうされたんです?」


「ちょっと材料の残りが少なくて相談に行こうかなっと…お嬢はどうされたんです?」


「工房に要件があったんですよ。さらにあと6部隊ぶん追加になりまして…生地はあとで回しますから。あ、材料も一緒に運び込みますから大丈夫ですよ。」


本気かこの人…どれだけ仕事とってくる気なんだ…


「あとそれと新人さんも早めに…ってムジさん何かお悩みです。またボーっとしてますけれど。荘園の件の時からですよね?」


「ああいえ、これは別に…」


今のはお嬢の営業力に驚愕しただけなんだけど…でもお嬢には見抜かれてたみたいだった。



…そうだな。この人なら話してもいいかもしれない。


「…少し話してもいいですか?」


お嬢は快く「いいですよ。私で良ければ」と応えてくれた。


少し場所を変えて草の生えた地に座る。ホシノ商会の土地は広大だけど日当たりが良くないからかあまり草地が少ない。お嬢は敷物をひいてその上に座る。下町出身とは思えない仕草だった。


「僕、いつもクザと一緒だったんです。それこそ子供のころから職人になる前からずっと。たぶんクザがいなければ僕は今頃生きていなかった。」


お嬢は「うん」と相槌だけ答える。そのまま僕は話を続けた。


「だからクザと同じ事をするようにしてました。一緒に物盗りをして、一緒に親方に捕まって、一緒に染色職人に弟子入りして、一緒に悪い事して、一緒に新しい染色を考えた。いつも僕はクザを真似て、クザと同じ事ができる、一緒にいると思ったんです。」


「でも、違った。荘園で賊に襲われた時、僕は一目散に逃げ出してしまった。クザはシノさんを庇って怪我をしてまで守ったっていうのに。全然、同じじゃなかった。それに…」


それに今はシノさんがクザの側にいる。僕がいなくてもクザには近くに居てくれる人ができてしまった。じゃあ僕は一体なにをしたらいいんだろう…


「これまで同じ事を一緒にしてきたんです。一緒のことができるからって。でもその必要ももうないいんじゃないかって思うようになって。」


「そうですか…いいんじゃないでしょうか、ムジさんがしたいことが別にあるなら。」


「僕がしたいこと…ですか?」


「ええ、できるできないとか関係なく私は今までムジさんはクザさんと一緒に共に協力して競ってそれがしたいから一緒にいるのだと思っていたのですけれど、違ったのです?」


協力…競う…僕がクザと?


「あんまりにも当たり前になりすぎるとわからなくなってしまうものですよ、本当に自分の大事なものは何かって。それにクザさんはどう思っているんでしょうね?直接、クザさんに聞いてみましたか?」


そんなこと聞かない。聞くのはなんだか恥ずかしいし、聞いてもクザは答えてくれない。クザはそういうのはきっと逸らかす。だけど…


「…お嬢、ありがとう御座います。なんか自分の答え、見えてきました。」


「そう、それなら良かった。」


そう言ってとお嬢は立ち上がる。

あれ?工房に寄っていくんじゃ…


そのままお嬢は僕と話だけをして商会本棟へ戻っていった。



その後、僕は工房に戻る。ちょっと入りにくいな…


『ああ、アイツとはいつも一緒だった。』


入り口でまごまごしていると扉を1枚隔ててクザの声が聞こえた。


…まぁ、たまにはいいよね。最近2人に気を使ってたし。


そう思いながら僕は扉の前で2人の会話に聞き耳を立てるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る