導入 襲撃の爪痕前篇
翌日、騎士団からの召喚状が届いた。出頭日は3日後。まぁ、まだ何も解決してないもんね。
私は騎士団の指定した日までの数日間はお母さんに文字を教わっていた。この街の識字率は平民出身のお母さんでも知っているくらいに高いらしい。ただ下町の人たちは文字を書く機会があまりないので読むことはできるけれど書くことは苦手のようだ。
あっちの世界とは文字の字体は違うけれど音節文字が52、数字の表意文字10文字の組み合わせと、なんとなく共通点があるのは不思議だ。それともう一つ不思議なことがある。
それは言葉だ。今まで気にもしていなかったけれど、あっちの世界で使われていた言葉とこの世界の言葉は全くではないけれど同じものなのだ。
勿論、物や動物などの名詞は全然違うし、ところどころの使い方も違う。けれど基本的には同じもの、『彼』が使っていた『ニホンゴ』だ。最初は、理解できているだけで別物なのだとも思っていた。だけど違う。この世界では引き篭もりで、家の中しか知らない私が知るはずのない、この世界の謙譲語や丁寧語を使うことが出来たのは言葉が共通であるということだと思う。
でも、この世界とあっちの世界での共通点があったとしても、それが何故かまでは解らない。もしかしたら、ただの偶然かもしれない。だからこれは不思議だけれど考えても仕方がないことだった。
そうこうしているうちに騎士団への出頭の日を迎えた。私とお父さんは指定された時間に間に合うよう家を出る。下町を抜け元貴族街へ、それも抜けて丘を上ると騎士棟へ到着した。前回と同じように入り口の前の騎士さんに召喚の旨を伝え待合室に通される。数分後には待合室の扉が開き人懐っこそうな見知った顔が入ってくる。
「おはよう御座います。レナ様。」
「おはようナイル。…ああ、様は付けなくて良いぞ。」
私は解りましたと伝え、お父さんも続けて挨拶を交わすと早速別室に案内された。今日はお父さんも一緒に来て欲しいということだったので共に道すがら会話をする。今日は執務室に向かうわけではないようだ。
「本日もヴォルガ様からのお呼び出しなのでしょうか?」
「そうだ。あれから大変だったぞ。ナイルがいう通りに処置を行ったんだが結局全てが終わるまでに3人倒れることになった。」
「君が言っていた災いではなかったようだ。1日も寝込めば任務に復帰できた。ただ気分は今も優れないな。」
そういったレナさんも顔色が良いとはいえなかった。
「レナ様もあまり顔色が優れないようですが…」
「私も処置の時に指揮を執っていたんだ。直接触るようなことは無かったが、あれはもう2度としたくないな。」
そういうレナさんは「まだ匂いが体に残っている気がする。」など、まだ精神的に堪えているようだ。正直、あんな状態になるまで放置した騎士団の自業自得なのだが流石に同情が湧く。いくら戦士の骸といっても、私もできればあんな状態の遺体には関わりたくはない。
そうこう話しているうちに目的に着いたようだ。例の地下室のある別棟だ。話の流れからまた地下に行くのかと思いウンザリしていたけれども、今回の用件は地上にある棟の方だったようだ。待機室があった裏口ではなく、本来の表口から棟の中に入る。中に入ると外壁だけでなく内部まで石造りで作りも粗雑で古い。そして手入れもおざなりだ。古い物を置いてある倉庫独特の匂いが漂っているし、外観から想像していた通り雑庫のようだ。
通された部屋は官帳などが置かれている部屋だった。この部屋は他の部屋や廊下と違い、それなりに手入れが行き届いており、扉もついている。中に入ると副団長が立っていた。
「おはよう御座いますヴォルガ様。久しく存じます。召喚に応じ参りました。」
「来たか。」
私に続いて、お父さんも挨拶を交わす。
「おはよう御座います副団長。お…おひ、じます?」
「無理に知らない言葉を使わなくても良い。」
ちょっとカッコ悪いお父さんの姿を見てしまった。
副団長の前には大きめの作業台が置かれ台の上には襲撃に使われたと思われる銃器類が置かれていた。
「ゲイルはこれに見覚えがあるか。」
「はい、あります。襲撃事件の際に奴らが持っていた術具です。これに私の仲間達はやられました。」
そう言って悔しい顔を見せるお父さん。
「ではナイル、君はこれに見覚えがあるか。」
「はい。私の知っているものとは違いますがこの形状は間違いなく銃器です。『自動小銃』と呼ばれるものです。」
私は小銃を取ろうとしたが机が高くて届かない。副団長がそれを察して取ってくれる。それを私は受け取るが重たい!持てずに尻もちをついてしまった。サイズ的には一般的な小銃より短めだけれども、この身体じゃまともに構えたりすることは難しそうだ。なんとか保持することくらいは出来そうだったが説明するには難しいのでお父さんに頼んで椅子を持ってきてもらう事にした。小銃を机の上に戻してもらって、私は椅子の上に立って説明を続ける。
「銃器とは小さな金属製の鏃を『火薬』の『爆発』等の力で推進力を得て飛ばす武器です。これがその鏃になる部分です。」
私はたぶんこれが弾倉だろうというところを外す。中には弾頭が複数残っていた。これがその鏃だと幾つか机の上に出して置く。でも、弾丸の形状がおかしい。私が知るそれとはまた違っていた。それにたぶんこれは弾頭のみだ。薬莢部が見当たらない。それにこの小銃には遊底機構こそありそうなものの蹴出口がない。私が知っている銃器とは少し違うようだ。
「君が言った原理は私には理解できないが、つまりこの小さな鏃が飛び兵達の体に穴を空けたということか。」
私は副団長の言葉を肯定する。
「いや、でもこんなものが飛んでくるのは見えなかったぞ?」
「この鏃は人の目では見えない速さで飛び出すの。掠っただけでも肌が裂ける速さなんだから目で追えたり出来ないよ。」
お父さんの質問に回答しながらふと疑問が浮かんだ。
「兵の体に穴が空いたと聞きましたがその撃たれた兵は生きているのでしょうか。」
この世界の住民は死ぬと無に還るので肉体は残らない。つまり「身体に穴が空いた」と認識することはできないはずだ。
「あの襲撃事件で衛士に死者はでていない。犠牲となったのは門の崩壊で下敷きになった騎士のグゲルグとムドリックの2名だ。」
なんと。あの場では撃たれた兵士の人たちは負傷して倒れていただけで死者は出ていなかったのか。そこそこの被害が出ていたように思っていたので少し安堵する。
「死んではいないがこの術具に貫かれたお父さんの仲間たちは今も歩けなかったり、腕を上げることができないくらいの怪我を負ったんだぞ。」
つまり襲撃者は腕や脚を狙って撃ったということだ。兵士の人たちの陣形は密集隊形だった。無差別に応射していればもっと多くの犠牲者がでていただろう。
「この小銃という武器はこの鏃を一瞬で何発と放つことができます。射程も数百メトーから数千メトーあります。彼等がその気であれば前方にいた兵士たちを全滅することは容易かったはずです。」
でも、彼らはそれをしなかった。そもそも銃器を持っていながら兵が近づくまで発砲もしていない。もしかしたら彼らは、こちらと戦う気が無かったのかもしれない。だから威嚇射撃のみに抑えた。犠牲者を出した対戦車火器も威嚇のために放ったものが誤って着弾したのかもしれない。
私は、この仮説を部屋にいる人たちに伝えた。
「そんな馬鹿な話があるか、奴らはたった5人しかいなかったんだぞ。」
「ここにある5丁の小銃があればたった20人程度の槍や剣しか持っていない兵士なんて、近づく前に全員撃たれて死んでいたと思う。」
「つまりは君は襲撃者には兵達を殺す気が無かったと言いたいのか?」
「彼らにどういった意図があったのかまでは計りかねますが、その可能性は高いと思います。」
話を聞いていたお父さんの表情が曇る。
「そんな…俺達は襲ってくる意志がない者たちを攻撃して殺しちまったっていうことなのか。」
「いや、最初から襲うつもりが無かったかは解らないよ。被害を最小に抑えようとしてたのだと思う。でも、そんなことあの場に居たお父さんたちが知る術は無いし、あそこで反撃していなかったら結果どうなってたかは解らないよ。私はお父さんが生きていて良かったと思う。」
過程はどうあれ、彼らが銃器を使用して兵士たちに危害を加えたことは事実だ。命への脅威が0%でないのであれば、それを排除するのは至極当然のことだ。
「襲撃者は何らかの意図があってこの街に近づき、それに対応した兵士たちと戦闘状態に陥った。奴等の持つ武器は我々を凌駕していたが、彼らもこちらに脅威を感じたため最小限の攻撃で我々を牽制しようとした結果、反撃に遭って全滅したということだな。」
少し、脱線していた私とお父さんのやりとりを見ていた副団長が話を筋に戻す。
「あくまで想像の域での話ですが…」
でも可能性は高いと思う。襲撃自体が目的なら対峙した時点で兵士たちは全滅していた。
「それでは君はこの武器を使うことは出来るのか?」
知っている小銃と少し形は違うが引き金があり照準があり、銃尾がある。それに弾もある。撃つだけなら可能だろう。
私は銃をなんとか持ち上げると床に降りて膝を立てる。とてもじゃないけれど立姿での保持は不可能だ。銃尾を肩に当て、握端を握り、引き金に指が何とか届くのを確認する。何とかいけそうだ。
銃を構え…頬当て…安全装置を解除…あれ?解除しない?
一度肩から外し、安全装置を動かそうとするが『ア』の位置からピクリとも動かない。もちろん引き金も動かなかった。小銃全体を見渡すと銃尾にバッテリーのようなものが付いており取り外せるようになっている。分解してみないと解らないけれど、どうやら電子的なものでロックがかかっているようだ。私は撃つのを一旦諦めお父さんに頼んで小銃を机に戻してもらう。
発射機構も気になるけれど、私はもっと気になることに気がついてしまった。それは刻印されている文字だ。安全装置の『ア・タ・レ』の文字、製造番号を表す算用数字による文字、そして製造国名や製造社名、銃器名は『アルファベット』によって書かれてある。この小銃に打たれている文字は全てあっちの世界のものだ。
そしてそこに打たれていた国名は『彼』が居た国のものだった。
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