導入 初めての魔法

次の日、朝食の時にお父さんに果実をいくつか採って来て欲しいと頼んだ。私に頼み事をされたことが嬉しかったのか、お父さんは「任せておけ!」と言って意気揚々と出勤していった。


お父さんを見送ってから、ミーナも今日は朝から学校があるようで出かけていった。家には私とお母さんの2人だけ。


「お母さん今日は私も灰汁を作るの手伝うよ。」


私は洗濯に使う灰汁から少しだけ分けて貰えるようにお願いをする。


「自分から家事のお手伝いをするなんて珍しいと思ったらそういうことね。でも灰汁なんてどうするの?」


「少し作ってみたいものがあって…」


話は濁しておく事にする。石鹸といっても理解して貰いそうにない。


まずは外の井戸から水を汲んでくる。井戸は下町共用のもので家から少し歩いた所にある。とその前に、お店によって貰って肉の油身も分けて貰わなければいけない。


お母さんは「?」という顔をしていたが「少しだけよ。」と了承してくれた。その後、近所の人達に挨拶をしながら桶一杯の水を持って帰る。



すでに私は疲れていた。



ちょっと体力無さすぎじゃないかな私…あっちの世界ではどんなに動き回っても全く疲れなかったのに。


今後体力作りも少しづつしていかないとなー…と思いながら水を鍋に移す。囲炉裏の上に鍋をかけるとお母さんが魔法で火を付けた。あ、魔法だ。


「お母さん、私も魔法使ってみたいのだけど使い方教えてくれる?」


少し考えてからお母さんは答えた。


「ナイルにはまだ早いかな…魔法は簡単だけど使いすぎるとすごく疲れちゃうのよ。」


お母さんの話をまとめると、どうやら魔法自体はイメージして願うだけでちょっと慣れれば簡単に使うことができるらしい。けれど、それをコントロールするにはコツが必要で、力みすぎたり、長く使おうとすると直ぐに疲れて動けなくなってしまったりするらしいのだ。慣れてない頃は自分で気がつかないうちに体が動かなくなったり、酷いと突然意識を失ったりする人もいるらしい。私は近頃やっと身体も少し強くなってきて寝込まなくなってきたのに、また動けなくなるのは勘弁してほしかった。


お母さんの使うところを見ても火種に着火する時に一瞬火を使うだけ、しかも少し大きい火花くらいのものだった。それでも日に2、3度が限度なのだそうだ。それ以上使うと疲労感に襲われてその日一日は頭がボーとして使いものにならなくなるらしい。火をつけるだけなら火打石を使ってもできる。魔法を使って点けたのは、ただの横着だったようだ。


それでも私は魔法を使ってみたかった。だって魔法だよ?どんな原理か解らない。だからこそワクワクする!


…とは言ってもお母さんには「ダメ。」と言われたので今のところは引き下がる。


そうこうお母さんと話ているうちに水も沸騰したので、予め灰を入れておいた桶にゆっくりと熱湯を移す。ヘラで少し掻き混ぜ、一晩置けば灰汁ができるのでこれを濾せば完成だ。


これからどうしようかなと思っていると、そのままお母さんに洗濯を手伝わされる事になった。洗濯ものには私が昨日着ていた服もあった。正直、昨日の腐臭がちゃんと取れるか不安だった。あんな匂いをさせてたら誰も寄ってこないよ。ただでさえ、知り合いが少ないのに…


私はお母さんと一緒に井戸の周辺まで汚れ物を持って行く。この世界では毎日服を着替えたりはしない。4人家族でもそんなに大した量ではなかった。世帯によっては数週間分を貯めて一気に洗濯するところもあるらしいがウチはお母さんが比較的マメに洗濯しているようなので一度の量は少ない。もちろん洗濯機なんてないので全て手洗いだ。頭が下がります…


全ての洗濯を終えて共用の干し場に吊るすと家に戻る。今日の天気なら、3刻も経てば乾くだろう。


家に戻るとお母さんが取り置きしていた灰汁をくれた。やった、これで直ぐにでも石鹸作りに取り掛かれる。既に先程、井戸の近くにある捨て置き場から型に使えそうな割れた陶器も持ち帰ってきていた。


さっそく油脂を溶かすのに取り掛かろうと思ったけれどお母さんは機織織りに取り掛かってしまって頼み難い。鍋を火に掛けれないと油脂を溶かすことができない。探せば火打ち石もあるかもしれないのだろうけれど近くにはなかった。なのでここはやっぱり魔法だろう。


「イメージ…使うのは簡単かぁ…」


火をイメージと言っても色々だ。焚き火や囲炉裏の火を想像したらいいのだろうか?そもそも火とは物質が酸化することで熱と光を発する現象のことだ。なので燃焼物質がなければ成り立たない。何もないところから発火するなんてどういう原理なのだろうか。


とりあえずイメージしやすい燃焼物質としてはやはり炭かな。炭は『C』4つの電子からできる分子構造でそれらの構造体。燃焼で使うだけだから粉末状で良い。あまり強固な構造体では逆に燃焼し難くなる。あまり拡散せず一箇所に集中させてあとは発火だけだけど、熱を得るにはやはり運動だろうか。あとは酸素は大気中にあるから燃焼物質を与え続ければ持続させることができるはずだ。


人差し指を種火となる藁に向ける。


「小さく小さく…」


粉末状の炭素粒子を爪先程度、一箇所に集めて粒子が擦り合わすように動けば…



シュボッ



「ひゃぁ!」



簡単に発火した。


「ナイル、ちょっとどうしたの?!」


私の驚いた声を聞いたお母さんが何事かと炊事場にとんでくる。


「…お母さん私魔法出来ちゃった…」


「だからまだ早いって言ったじゃない…って、えぇ…?!」


言うことを聞かなかった子への説教モードの雰囲気が途中から驚きに変わる。


「火をつけようとしたのよね?あなた、身体は大丈夫なの。どこか動かなかったりしない?」


「えっ?…大丈夫だけど。」


身体?私は手をぐっぱぐっぱにしてみたり、立ち上がって屈伸してみたりする。特に何も異常はないし、違和感もない。それよりもあんなに簡単に発火するとは思わなかった。今度はもっと小さく、炭素の密度も薄くしてやってみよう。


お母さんは「うーん…」と何か不思議な事でも起こったかのように考えている。


「そうだ。お母さんも見ててよ。もう一回火を点けてみるね。」


言うが早いが私は燃え尽きてしまった種藁の代わりを用意して囲炉裏に置く。


さっきは火力もあり過ぎたし、驚いて炭の供給を止めてしまった。今度はもっと密度も薄く、運動も緩やかに少しづつ…


私は指を種藁に向けイメージを集中させる。



ジージジジジジ…



今度は小さな光の玉が私の指先から少し離れた位置に発生した。まるで線香花火の先のような小さな赤い玉。でも火は点いているけれど炎にはならない。私は炭と一緒に酸素も供給する。するとそれは次第にユラユラとした炎を纏う。


おぉ、これは面白い。どんな原理で発生してるのか全く解らないけど現象は確かに発生している。私は指を動かしてみたが炎はその場にあったまま指の動きには連動しない。最初に発火させた場所からは動かすことはできなかった。ちょっと不便かな…ってそうじゃない。鍋を温めるために火を付けるのが目的だった。


私は炎に種藁を当てるとブスブスとたちまち火がついた。炭と酸素の供給を止めると炎はすぐに消えて、そこには何も残らなかった。私は火のついた種藁を組んだ薪木に焚べて火を起こす。ん?最初から薪木の下に火を点ければ良かったのでは…まぁとりあえず火は起こせたからよしっ。


「どうどう?お母さんちゃんと出来てたでしょ。」


「えぇ、上手に出来てたわ。…すごいわね。」


お母さんは褒めてくれたが、その様子はどこか腑に落ちない様子だった。その後も油脂を溶かしている私に「大丈夫?」「キツくなったりしていない?」など心配した様子で声をかけてくる。私が寝込みがちの引き篭もりだからと、ちょっと過保護気味なのではないだろうか。



油を溶かした鍋に薄めた灰汁を入れてゆっくりとかき混ぜる。用意しておいた塩を少々入れて再びマゼマゼ。色と粘度が均一になったところで火から下ろし、熱がある程度引いたら型に入れて終わりだ。これを数週間程度、空気の触れる場所で眠らすと石鹸の完成だ。


お母さんは「それ何に使うの?」と不思議そうだが私は完成したらお母さんにも使わしてあげると約束してそれまでのお楽しみということにした。


夕方前にミーナが、それから1刻もしないうちにお父さんも帰ってきた。私がお願いした柑橘の実を腕いっぱいに抱えてドヤ顔だ。お父さんカッコイイ!頼りになるぅー


夕食後にデザートとして果実を食べる。皮は厚く実は小さい。ちょっとすっぱいが美味しかった。私は食べ終わった後の皮を全て貰って、布で包んで桶の中に入れると、石で叩いて潰す。でも力が全然足りない。その様子を見ていたお父さんが手伝ってくれた。採れた油を小瓶に移して終わり。後は使う時にぬるま湯に塩と果実油を入れればシャンプーの完成だ。みんな何を作っているのか、これまた不思議そうに見ていたので早速使ってみる事にした。


最初に自分が使ってみせる。この身体でシャンプーを使うのは初めてだ。ゴワゴワしていた髪の毛がスルッ艶って感じになった。よかったちゃんとシャンプーになってる。むずむずしてた頭皮もスッキリした。見よう見真似でミーナとお母さんも使ってみる。その後にお父さんも。使用後の感想はなかなかに好評だった。これなら石鹸の完成も待ち遠しい。


その日の夜はベットに入っても皆の髪からいい香りがしていつもより心地よく眠りにつけたのだった。


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