第十八話 宿に泊まりましょう


西にあるデューレン辺境伯領へ向かっているエルメンヒルデたち。高速移動に特化した専用馬車で3日ほどの道のりだ。


朝王都を発って、夜まで走り続けてアムマインという町まできた。ここは音楽と芸術の町。

だからといって芸術を堪能している暇はない。ひと晩休んだらまた早朝出発しなければならないのだから。事態は一刻を争う。早くデューレン領へ薬草を届けなければ。



「いえですから、我々は外で――」


「外でだなんていけませんわ。ここにお泊まりなさいな」


「しかし、」


「警護で来たわけでもないのですから、夜は休んで問題ないでしょう? なぜ野宿なのです?」


「それは、まあ、国費の節約といいますか……」


「しっかり休んで早く着いたほうが節約になります」


「それは、確かにそうかもしれませんが、」


「費用ならシュティルナー家でもちますから」


「そういうわけには!」



といった問答が続いている。


町に着き、エルメンヒルデたちが宿に向かおうとすると、第五の騎士たちは野宿すると言い出した。ハイスピード馬車で来たエルメンヒルデ一行と違って騎士たちは騎馬だった。

日中、太陽や風にさらされながらずっと馬を操っていたのだから騎士といえど疲労も相当なものだろう。

だからエルメンヒルデは、地面に雑魚寝するよりも宿できちんと疲労を取るように言っているのだが、第五の小隊長がそれを拒んでいるのだ。



「我々は野宿にも慣れていますし、これくらいの道のりではさほど疲労しません」


「お金は使わなければ経済は回りません。我が家では使うところでは惜しみなく使うよう言われています。ですから、あなた方の明日の体力向上のため、きちんとした寝床を提供しますわ」


「ですが……」


「まーまー隊長、いいじゃないですか。お言葉に甘えましょうよ」


「そーそーいいんだってほんと、侯爵家お金余ってんだから」



見かねた隊員のひとりと、その隊員と意気投合していたヴィリが2人を止めた。



「お前な、甘えるって――」


「はーい、早く宿で休みたいんでー。私が決を取りまーす。野宿するより宿のふかふかベッドで寝たい人ー? ……はい、決まりね! 宿行こ!」


「さすがねイーナ」



まだ反論しようとする小隊長を遮って、とにかく早く休みたいイーナが第五の4人に問いかけると、皆が手を上げた。

いつの世も、どこの世界も多数派が正義なのであった。


小隊長も、もうこれ以上反論する気はないようで大人しくついていった。



「シュティルナーさま! まあまあようこそおいでくださいました!」


「リュミネーさん、またお世話になります」


「本日は、……十一名さまですね! ありがとうございます! 馬車と騎士さまの馬はあちらでお預かりいたします」



出迎えてくれたのは、エルメンヒルデ御用達の宿屋の女主人リュミネーさん。

すぐに、指示された従業員が馬車を停めに、馬を休ませに連れていく。



「ここの宿は、馬たちの休息場がしっかりしているの」


「そう、なのですね。助かります」



きちんと馬のことまで考えているエルメンヒルデに、小隊長は感心したように言う。

それなら馬も、野宿で木に繋がれるより休めるだろう、と改めて宿屋へ誘ってくれたエルメンヒルデに感謝した。



「ありがとうございます。シュティルナー侯爵令嬢。走り通しだった馬たちも、喜びます」


「どういたしまして。明日もまた一日中の移動ですからね。ゆっくり休めるに越したことはありませんわ」


「はい」



そして、リュミネーさんに案内され宿の中へ入っていく一同。



「お部屋割りはどうしますか? 貴人室がおひとつと、あとは3人ずつでよろしいですか?」


「そうね、」



部屋割りは、揉めに揉めた。


エルメンヒルデが貴人室に泊まり護衛でグレータがつくのはいつものことだが、残りがヴィリ、魔法少女、筋肉マン、病んでる魔道具師だ。混ぜるな危険である。

意外にもイーナは、筋肉ディルクとの同室は嫌がらない。どちらも大人しくすぐ寝るからだ。

ハイノは夜な夜な実験するし、ヴィリはお酒を飲んで絡んでくるからうっとおしい。

もういっそのこと、2人部屋をひとりで使うのがいいんじゃないかと思ったが、そんなに部屋は空いていなかった。


仕方なく、エルメンヒルデ・グレータ、イーナ・ディルク、ハイノはひとりにして、ちょうど仲良くなった騎士もいたことから、ヴィリは騎士たちに混ざってもらうようにした。



「お、いいね相棒。夜な夜な語り合おうぜ」


「おー、酒は何が好き?」


「俺はねー、わりと炭酸効いてるやつとか好きだぜ」


「いいね、ホッピーでハッピーになっとく?」


「「ははははは!」」



意気投合し過ぎである。



「ヴィリ、わかってると思うけど、」


「はい、わかってますお嬢。ハッピーはほどほどに」


をほどほどにね。ハッピーはいいわ」



一応、釘を指すエルメンヒルデだったが、結局翌日のヴィリは、同室の騎士と酒を煽りまくった結果やはり二日酔いになっているのであった。



「エルメンヒルデ様、ヴィリはもう置いて行きましょう」


「そうね」


「じゃーなヴィリ! お嬢様のことは俺がムキっと守っとくからな!」


「学習しないねーヴィリ」


「大丈夫? これ、二日酔いに効きそうな薬。飲んでみる?」



皆が言いたい放題の中、ハイノがまるで心配しているかのように振る舞い薬を差し出してくる。



「……いや、ハイノ………お前薬師じゃないよね……?」


「そうだけど、実験の一環」


「えぇー……」



親切心ではない。実験体としてだった。





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