第十七話 ヘルシン症
ある知らせが王宮に舞い込んだ。
西のデンシュルク帝国国境付近のアーヘン村で疫病が発生した、と。
現在は西を任せるデューレン辺境伯家で対策にあたっているが、なかなか規模が大きいとのことだ。
病の詳細は、感染するとはじめは風邪のような症状でだんだん熱が上がり、数日経って熱が下がってくると、体中に発疹ができるというものだ。発疹が薄く出たものはその後徐々に回復していくのだが、発疹が強く出ると、咳がひどくなり、肺を患って息を引き取るという。
初期症状で、特定の薬草を口にすれば重篤化しない病だが、その薬草がなかなか手に入るものではない。
辺境伯からの要請は、その薬草があれば回してほしいとのことだった。
厚生省に持ち込まれた依頼書はすぐに王の元へ回された。
「ヘルシン症か」
「厄介なことです。国庫にある薬草は100……か。アーヘンで食い止められれば問題ないが……」
「そうだな。これは至急で処理するように」
「はっ」
書記官が、国庫を開く書類を持ちすぐに出て行く。
「人もやろうと思う。どちらにしろ薬草を集める必要があるだろう」
「そうですね。第五を?」
「そうだな。大人数で行くに適した場所ではないからな」
「ではそのように」
伝達官が礼をして部屋を出ていく。
第五とは、王宮騎士団に属する第五小隊のことで、少数精鋭の部隊だ。
ヘルシン症に効くとされる薬草は、それが発症した地に生えてくる。国庫にある薬草は、前回病が起こった地で採取したもの。今回もまた、病が起こった地で採取する必要がある。しかし病は治まったわけではなく、現在も拡大中だ。少数で動くことに慣れているものに、予防措置を施して向かわせるというのが良案だった。
「しかし薬草を採取するにしても、まだ成長が足りないかもしれんな」
「通常、効能が出るまで数ヶ月はかかることが確認されている……。最初の地が見つかればいいが。……陛下、妖精王に相談してみましょう」
「おおそうだな、あのお方は緑の妖精王。何か打開策があるかもしれぬ」
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伝言を受け取ったエルメンヒルデは、妖精王と共に急いで登城した。
「ヘルシン症の薬草か」
「薬効が出るまでに時間がかかるが、なんとかならぬか?」
「そうだね、ローマン。私がいればすぐにも育たせることは可能だよ」
「是非、お力を貸していただけないだろうか」
王が頼むと、妖精王は少し思案して言う。
「エルメンヒルデが共にというのなら、どこにでも赴こう」
「あらまあ」
妖精王は、エルメンヒルデを優しげな表情で振り向いた。エルメンヒルデはその顔を見て、なんてきれいなのかしら、などとどこか的外れなことを考えていた。
「いやしかし、伝染病のある地に娘を送るのは……」
「エルメンヒルデには私がついている。病などに侵されはしないよ」
「そうなのですか?」
「うん」
「すごいですわ!」
「そう?」
「はいっ」
エルメンヒルデに褒められたのが嬉しかったのか、満面の笑顔が可愛かったのか、妖精王は頬を染めた。白い肌なのですぐにわかる。
「うむ……」
「大丈夫ですわ、陛下。私も行って参ります」
「……そうか。すまない……ありがとう、エルメンヒルデ」
こうしてエルメンヒルデは、今度は西に旅立つことが決まった。
王宮を出て屋敷に戻ると、一同に召集をかけた。エルメンヒルデの部屋に集まった面々は、思い思いにくつろぎながら聞いていた。
「と、いうわけなの」
「了解しました、エルメンヒルデ様」
グレータはしっかり直立し、聞いている。
「西かー。エル様ー、何が美味しいの?」
「そうね、食べ物はわりと、デンシュルクのものが流通してたわね。肉や野菜を串焼きにしたものが美味しいと聞くわ」
イーナはソファに転がりながらクッキーを食べている。
「おおお! 筋肉には肉だからな!」
ディルクは鉄アレイを両手に持って、腕を上下している。
「あとは、温泉があるかしら」
「温泉! 混浴で?」
「ヴィリ……」
「……そんな、虫ケラを見るような目で見るなよグレータ」
温泉と聞いて、すかさずエルメンヒルデの入浴姿を想像し目の色が変わるヴィリだったが、グレータにあまりにも冷たい目で見られたので少し背筋が冷たくなった。
「硫黄は実験で重宝するからね。たくさん持って帰ろっと」
「ハイノ、持ち運びには充分注意してね? 前みたいに、途中で馬車ひとつ爆発なんて嫌よ」
「はーい。」
以前も魔道具を作るからといって、旅先からいろいろ持ち帰ったときがあったのだが、危険物をわりとぞんざいに扱ったことがあり、危ない目に遭ったことがある。
今回はエルメンヒルデの護衛5人勢揃いのようだ。女剣士のグレータ、魔道具士ハイノ、短刀使いヴィリ、筋肉モリモリ槌使いのディルク、そして魔法士イーナ。
騒がしい旅になること間違いなしだった。
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出発の日。
エルメンヒルデ一行が王宮に着くと、本日一緒に出発する王宮騎士団第五小隊の騎士が5人揃っていた。
まずはデューレン辺境伯家に行って詳しいことを聞いてから、アーヘンへ向かい、国庫の薬草を届け、現地で新たに生えているであろう薬草を探すことになる。
一同は、旅をする仲間と各々挨拶を交わしていた。
「エルメンヒルデ」
「ハルトヴィヒ様」
見送りにきたハルトヴィヒ。王と、シュティルナー侯爵もいる。
「よい結果を期待している」
「はい」
「怪我などしてくれるなよ」
「はい、お父様」
王と父と挨拶を終え、ハルトヴィヒと向き合うエルメンヒルデ。
「気をつけて行っておいで」
「はい。行ってきます」
2人は婚約者同士らしく、抱き合って、頬にキスをして別れた。
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※架空の病気です。
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