第十五話 国王エグモント


今日はこの国の王である私の話をしよう。


ハイディルベルクの王、エグモント。それが私だ。



私が王になれたのは幸運からだった。



父王と母が仲睦まじく、父は側妃を持たなかった。そのため、子は私ひとりだけだったのだ。


十になる頃には下の子も諦められていたし、私も勉強はよくできたものだから、何の問題もなく王太子となった。私の時代には、ほかに王太子にふさわしい者がいなかったため、派閥もなく、皆で私を持て囃した。


私が王太子になれたのは実力ではなく、そういった環境のおかげだった。だから驕ることなく良い王になれるよう、悪いところがあれば遠慮せずに言ってほしいと、側近であるローマン(現シュティルナー侯爵)にはよく言っていた。



王子としての勉強は、学園に入る前には終わっていた。王族は学園には人脈を作る目的で通うのだ。将来王になったときに支えてくれる有能な人材を見極め確保するために。


学園にはローマンもいたし、婚約者であるガブリエレも同時期に通っていた。


これから先、王に、王妃になる私たちの束の間の青春だった。



婚約者であるガブリエレ・フロイデンタール公爵令嬢とは、上手くいっていたと思う。


心から愛し合っていた父と母を見てきたので、私も恋愛には憧れがあった。

ガブリエレと会ったのは政略的なものだったが、それでも私は彼女を好きになったし、彼女も私を好きになってくれたのだ。


学園に行く前は、必ずフロイデンタール家に馬車を寄せて2人で揃って行くことにしていたし、クラスも同じだったので机を寄せ合い授業を受けた。昼食は持参した弁当を広げ、人目のないときは食べさせあったりもした。授業が終わると放課後は、ガブリエレは王宮にて講義を受けることが多かったので一緒に帰った。


長い時間を共にし、学園生活を満喫していた。


なのに、なぜ、あんなことになったのだろう……。




私はこの国の王太子で、つまり次期国王だ。


ともなれば、側妃でもいいからと言い寄る女性は後を絶たない。

それもあってガブリエレとの睦まじさを惜しげもなく披露していたのだが、それでも、それを乗り越えてアピールしてくる女性がいた。



その筆頭が、フリーデ子爵令嬢。



彼女の売り込みはすごかった。


クラスは違ったが、事あるごとに話しかけてくるので自然と名前を覚えてしまった。ガブリエレはそんな彼女を、マナーがなっていないと何度も叱っていた。


あるとき令嬢を、うっかり名前で呼んだときは、すごく喜ばれてしまい、しかし悪い気はしなかった。そのあと、ガブリエレに注意されたが。気安く接してはいけない、と。

それも彼女のかわいい嫉妬だと思い、部屋に帰ってからも思い出して顔がにやけてしまったものだ。



ある日フリーデ令嬢が、ガブリエレに嫌がらせをされていると言い出した。


ガブリエレは、フリーデ令嬢が私に声をかけられたことが気に食わなかったのではないか、と。

嫌がらせをするようなことはさすがにないと思ったが、かわいい嫉妬心からガブリエレが何か言ったのだろうと思ってその場は軽く収めた。

そして、ガブリエレに何かあってはいけないからと、フリーデ令嬢にはあまり近寄らないように言った。


すると、ガブリエレが何も言わないのをいいことに、フリーデ令嬢はここぞと私に近づいてきた。これでいいのだ。ガブリエレが嫌な思いをするよりも、私がこうして対処したほうがいい。



朝は相変わらず共に学園へ行っていた。しかしクラスでは机をくっつけて授業を聞くことがなくなった。昼は、友人と食べると言うので私は私の友人と食べた。放課後は、もう王宮でガブリエレが受ける講義は完了していたので、王宮には行かないが公爵邸まで送ろうとしていた。しかし、フリーデ令嬢がよくまとわりついてきていたので気づいたらガブリエレはすでに帰宅していた、などということが続いた。



そしてあの日、事件は起こった。



私が学生会で書類を捌いていたとき、フリーデ令嬢から呼び出されたのだ。ガブリエレのことで、どうしても耳に入れたいことがあるから、と。

私は2人きりになるのはよくないからと、ローマンを連れて行こうとしたのだが、他の人に聞かれてはまずい内容だと、必ずひとりで来るよう言付かってます、と言われては仕方がない。

なので、私が戻らなかったら誰か寄越すように言い残してフリーデ令嬢の元へ向かった。


会議室で、お茶を口にしたことは覚えている。



そのあと、私は、フリーデに…………。




気がついたときには、もう自室にいた。


ベッドの上には、精を撒き散らかした跡があった。


しばらくすると侍従が現れ、私を見てすぐに部屋を出て行くと、母上がいらしてことの顛末を聞いた。



私は何もわからなかった。



フリーデと致しているのを学園で目撃された、と。それが無理やりのようだったと言うのだ。

しかし記憶もなく答えようがなかった。



そんな状態の私を見て、母上は間違いなく薬が盛られたのだと言うが、その証拠も見つからず、数ヶ月に渡り捜査は行なっていたが、その頃になるとフリーデが妊娠しているという知らせがきた。



私はガブリエレにも会えず、フリーデのことも隠蔽できず、そのまま結婚することになってしまった。


父上と母上のように、愛し合って結婚するはずだった。なぜ、私の隣にいるのがガブリエレではないのか……。




どこで間違えてしまったのかわからない。




私が即位すると、それを待っていたかのように、父上と母上は病に倒れ、呆気なく逝ってしまった。




ガブリエレを側妃にすることはできたが、抱いても抱いても心を満たすことができなくなった。




こんなはずでは、なかったのに。




なぜ、







なぜ……。





後悔が心を占める。



しかし、それでも私は前を向いていかなければならない。皆を導く王でなくてはならない。


妃のことについては、何がいけなかったか……後悔しかないが、国の平和には、国民には関係のないことだ。


私は次代にもこの国の平和を残す義務がある。


今やることは、過去を嘆くことではない。


しっかりと見極め、次の王を決めることだ。



そのためにも妃たちと腹を割って話し合うのは避けられないだろう。




私は願う。次代の王には、お互い支え合っていける相手がいることを。





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