第十二話 復帰パーティー(前編)
煌びやかな装飾が眩く光るホールに、色とりどりで華やかな衣装に身を包む高貴な者たちが集まっている。
もうだめかもしれないと言われた王が奇跡の生還を遂げたのだ。突然、死の淵から蘇った奇跡を、今日このとき、皆で祝うために国中の貴族が集まった。
「シュティルナー侯爵家、ローマン・シュティルナー侯爵、侯爵夫人フィーネ様、ご令息オズヴァルド様、ご令嬢エルメンヒルデ様、ご入場!」
シュティルナー一家の入場だ。
今回の完治に妖精王が関わった話は伏せられている。
社交界でも有名な、シュティルナー侯爵家の運営するシュトール商会。その買い付けのため各地を回っているエルメンヒルデ令嬢が、今回出かけた北の地より持ち帰った薬によって完治した、ということになっている。
そう、エルメンヒルデの妖精探しは、ごく近しい人しか知らないのだ。
エルメンヒルデは、通常の商会の業務で各地を回っていることになっている。もちろん、実際にいろいろな地でいろいろなものを買い付け、王都と各地のパイプを繋いでいるものほんとうのことだ。
どこにも見向きもされないような地で見つけたコショウの実は、エルメンヒルデによって日の目を見て今ではなくてはならないスパイスになった。そのおかげで、その地ではコショウの栽培が活性化され特産品となり、周囲の村が潤った。
ある村の石切場で稀に掘り出される白い土を焼き物にしてみたところ、とても美しく艶やかな作品が出来上がった。その希少価値のある焼き物に貴族は群がり、今では大変な高値で取引されている。
エルメンヒルデは有能な、シュトール商会商品開発部の部長なのだ。
「エルメンヒルデ様、この度は大層なお手柄でしたそうですね」
「ほんとうに。まさか病気をこんなに早く回復させる薬があるなんて」
「私も驚いているのです。専門的な知識はありませんでしたから、そのような効能がある薬だとは知りませんでしたわ」
妖精王に毒を見抜く力が、治癒する力があることは知らなかった。そもそも王が毒のせいで伏せっていたのも知らなかった。皆が病だと思っていたのだから。
エルメンヒルデが今回の旅で妖精王に会えたことによりこの国は救われた、と言っても過言ではないだろう。
「そうなのですか?」
「ええ」
「ではどのように――」
追求をどのように躱そうかというとき、皆が集まっているホールにファンファーレが響いた。王族の入場だ。
「国王エグモント陛下、王妃フリーデ様、第一王子ジークムント殿下、第二王子ハルトヴィヒ殿下、ご入場です!」
会場から拍手と歓声が飛ぶ。
実に、2年振りに王家が揃って皆の前に現れたのだ。感激するものの一方で、それを面白く思わないものもいるようだが。
「長きに渡り国務を離れていたが、この度復帰することができた。これも皆の協力あってのことだ。感謝する。今日この日を新たな出発の日とし、今後一層国のために尽力することを誓おう。皆、楽しんでくれ」
王の挨拶が済むとホールには音楽が響き渡り、第一王子と婚約者であるグビッシュ侯爵家のイゾルデ令嬢がファーストダンスで会場に華を添えた。
「エルメンヒルデ」
「ガブリエレ様」
側妃ガブリエレはエルメンヒルデの婚約者であるハルトヴィヒの母である。2人は良い関係を築いていた。
「この度はおめでとうございます」
「ふふ。すべてあなたのおかげですよ」
「今回のことは、ほんとうに幸運でした」
「ええ。あなたの幸運に感謝します」
2人が笑い合っていると、エルメンヒルデの母である侯爵夫人フィーネがやってきた。夫人と側妃は従姉妹同士でこちらも仲良くしている。
「ガブリエレ様」
「フィーネ、会えて嬉しいわ。あら、エルメンヒルデとお揃いの花飾りなのね?」
「ええ、気づきましたか? 先日、新たに商会で取り扱いを開始したものですの」
「ふふっ、相変わらず抜け目ないわね。明日から注文殺到だわ」
「ありがとうございます。あとでいろいろとお持ちいたしますね」
側妃と侯爵夫人が話していると、エルメンヒルデに声を掛ける男がいた。第一王子ジークムントだ。
先ほど婚約者であるイゾルデと披露したダンスは、なかなか無能王子なりにさまになっていたようで、会場は今沸き上がり、それに続けと皆が踊っているところだ。
「エルメンヒルデ嬢」
「第一王子殿下」
「ジークムントと呼んでくれといつも言っているだろう?」
「お父上のご回復、心よりお喜び申し上げます、殿下」
「うむ……」
第一王子がなにかとちょっかいを出してくるのはいつものことだ、とエルメンヒルデは軽く受け流しながら会話していた。
「楽しそうですね、エルメンヒルデ様」
「イゾルデ様。先ほどは素晴らしいダンスでしたわ」
「ありがとうございます。第二王子殿下とは踊らないのですか?」
「殿下の挨拶が終わりましたら踊りますわ」
「そうでしたの。私てっきり……」
含みのある物言いをするイゾルデ。
実はエルメンヒルデとハルトヴィヒには、不仲の噂が流れているのだ。主に第一王子・王妃派が言っているだけでそんな事実はないのだが、エルメンヒルデが頻繁に王都を離れることが噂の種となっている。
「ハルトヴィヒとは上手くいっていないのか?」
「……なぜですか?」
「そんな噂を聞くからな」
「噂……第一王子殿下。噂が事実とは限りませんから、鵜呑みにされないほうがよろしいですわ」
「事実ではないと?」
「ええもちろんです。ハルトヴィヒ様にはとてもよくしていただいておりますわ」
「そうか……」
自ら声を掛け、エルメンヒルデを気にした様子でなかなか離れようとしない第一王子に、イゾルデは苛立っていた。
イゾルデは第一王子の婚約者として、第二王子の婚約者であるエルメンヒルデと何かと比べられてきた。
容姿が、成績が、王子妃として、仕事能力が……外野は何かとうるさかったのだ。
家格は同じ侯爵家。だが、令嬢として、女としての格はエルメンヒルデのほうが上だと見る人が多いのだ。
そう、婚約者である第一王子でさえも。
「ジークムント様、父が挨拶したいと申しておりましたわ」
「ああ、そうか」
「では、失礼しますエルメンヒルデ様」
「ええ」
エルメンヒルデは見事な礼をして第一王子たちを見送った。
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