第九話 王妃フリーデ


私はこのハイディルベルク王国の王妃フリーデ。第一王子ジークムントの母である。


私がこの地位についたのは、もう二十年以上前のこと。そう、二十年以上、この国の最高位の女性でいる。



最初は、ここまで望んでいなかった。



娼婦をしていた母は妊娠したとき、父親が誰だかわからなかったらしいが、それでも私を産んだ。高級娼婦であったなら、出入りする貴族が父親の可能性もあったけど母は下町の娼婦だった。

大して高く売れるわけではないので、1日に何人かの相手をしていた。それでも、生んでからもそうやって私を育ててくれた。


私がまだ幼いとき、母が嬉しそうにひとりの男を連れて帰ってきた。また客だろうと思い部屋を出ようとしたら、母は「この方が、お父様になってくれるのよ。」と言った。

それからすぐに、下町のボロ屋から小綺麗な屋敷に移り住んだのだ。


最初は夢かと思った。そこは子爵家で、どうやら母は子爵様に見初められ後妻として迎えられたらしかった。

1日1食まともなものが食べられればいいほうだったという今までの暮らしからは想像できないくらい、贅沢な暮らしだった。


しかし人とは欲深いもので、その家で貴族の教育を受けてから、子爵は下位貴族だと知った。この暮らしで下位というなら上位貴族とはいったいどんな暮らしをしているのだろうか。

立派な宮殿に住んで侍女に傅かれ、煌びやかなドレスや宝飾品をまとって、食べきれないくらいの食事に色とりどりのデザート。きっとお風呂には色とりどりの薔薇の花びらが浮かんでいるに違いない。



私はそれを夢に見るほど憧れた。




貴族は必ず通うという貴族学園に入学する頃には、私は立派な淑女になっていた。高位貴族に嫁ぐため、必死で学んで身につけたのだ。

そしてなんと、私の入学の年にはこの国の王太子が、同じ学年にいたのだ。まだ15歳だというのにしっかりと鍛錬された逞しい体つきで、紫色の瞳はとても優しげだった。


次期王間違いなしのこの国唯一の王子……これは、これ以上の人はいない、と思った。



私は王の妃になることに決めた。母譲りの男をたらし込むテクニックが役に立つと思った。

姿を見掛ければ話しかけて私という存在を認識してもらう。話すときはなるべく近寄り、手や腕に触れたりときにはしなだれかかって密着する。

貴族の女たちはそんなことしないから、珍しいでしょう? 気になるでしょう? もっと触れてみたいって、思うでしょう?



しかし、しばらくそうして接していても、一向に靡く気配がなかった。



それは、公爵家の令嬢だとかいうあの女、ガブリエレ・フロイデンタール。あの女が邪魔だったからだ。でなければすぐに私の虜になっていたはず。


ガブリエレは何かというと、王太子殿下に失礼です、淑女は慎みを持って、婚約者のいる男性に近づくな、などと口うるさく言ってきた。


それを誇張して王太子に、公爵令嬢にいじめられた、と泣きつけば「ガブリエレはそんなことしない。君の勘違いじゃないかな? きちんと話を聞いたの?」と逆に詰め寄られてしまった。



ほんとうに、あの女、邪魔。



そうこうしているうちに、学園を卒業するまであとわずかとなってしまった。

王太子狙いだったし選ばれると信じて疑わなかった私は、簡単に誘いにのる下位貴族の令息とちょっと遊びはしたが、ほかに嫁入り先になるような家は探していなかった。


焦った私は、母に言った。



どんな男性もイチコロ、みたいな魔法ないかな――と。



すると母は、次の日の夜に、小さなガラス瓶を持って部屋にやってきた。



これは、誰でも落とせる魔法の薬よ、と言って差し出された瓶を、私は受け取った。


快楽だけを求める強力な媚薬、らしかった。



私は王太子を学園の会議室に呼び出した。


まずはお茶を、と薬の入ったお茶を淹れて渡し、飲ませようとした。


さすがに警戒したかと思ったが、毒にならされているし少量ならば問題ないと思ったのか、私の入れたお茶を口にした。


強力な媚薬だ。ひと口でも効果はあった。


急に苦しみだした王太子に近寄り、椅子に座る彼の膝元に触れて胸元がよく見えるような姿勢で心配そうに潤んだ瞳で見上げた。



そこからは、あっという間だった。



王太子は私の制服を剥ぎ取り、激しく求めてきた。意識があるのかないのかわからない様子で、何度も何度も精を放たれた。


もののように扱われながらも、顔がにやけるのを止められなかった。


何度達したかわからないくらいぐちゃぐちゃになった状態のとき、会議室に人がやってきた。それが誰だったか今ではもう覚えていないけれど、私はその人物に助けを求めた。


王太子のほうから求めてきて無理やりの行為であると印象付けるために。


その人物が扉を開けていたことで、近くにいた教師が気づいて慌てて王太子を私から引き剥がした。



傷ものにされた。目撃者もいる。 



しかし、なんとかこの出来事を無かったことにしようと働きかけてきた王家。そうはいかない。

私は取っておきの切り札を手に入れていたのだ。




腹にあの時の子がいる――。




これで私は妃になれる、と思った。






そのときの子が、第一王子ジークムントだ。


それから、醜聞を世に知られたくなければ側妃ではなく王妃として迎えろと強く働きかけた。


私を娶るしかなくなった王太子は、侯爵家の籍を用意し、そこから私を妃にした。


表向きには、私たちは、身分差を超えた純愛ラブストーリーの出演者だ。

豪華な結婚式は、これ以上ないくらい私の心を満たした。




だけど私は、愛されなかった。



体を繋げたのもそのときだけだった。



私との結婚後、側妃として、かねてよりの婚約者であったガブリエレを召し上げた。



そして側妃にも男児が生まれた。




でも……



それでもいい。



第一王子を授かったのは私なのだから。




私は必ず我が子を王にしてみせる。




今後この国の王家は、私の血筋で満たされるのだ。






「だからあなたが邪魔なのよ。」





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