第七話 帰還と混乱
楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、ハノーファーを発ってから一週間、エルメンヒルデ御一行は王都へ入った。
帰り道は、各地の名産品を食べたり、特産品を大量に購入し、町や村の財政に貢献した。
妖精王が物珍しそうに人の食べ物に興味を持ったことから、実体化して皆で食べ歩きをしようということになったのだが、彼の半端ない美しさがあまりにも目立つので、結局宿に戻って部屋で食べることになったりした。
エルメンヒルデと合わせて見ると、それこそこの世のものとは思えない美しさで道行く人が皆、二度見するのだ。
エルメンヒルデを気に入ってついてきた妖精王は、彼女と離れたがらないため宿でも同じ部屋に泊まろうとした。
そのため、同室はだめだと言い張るヴィリと謎の攻防戦を繰り広げる。
「ユストゥス、人間の男女は夫婦や家族でない限り一緒の部屋で寝ないんだ」
「ほう、そうなのか?」
そう聞いておきながらもエルメンヒルデたちの部屋へ入ろうとする妖精王。
「ちょいちょいちょいちょい」
「何だ?」
「だから、お嬢の部屋はだめなの!」
「ヴィリはだめだろうが、私はいいだろう」
「はあ?」
「私は人ではない。妖精だ」
「え、ええー……。」
だいたい毎回、宿の部屋割りで揉めた。
ヴィリ曰く、「人間だけど俺だってお嬢と同室がいい!」だそうだ。知らんがな。
そんなこんなで愉快な旅を終えて王都に入ったエルメンヒルデたちは、まずはシュティルナー侯爵邸に戻った。
いつもより早い帰還に、出迎えた兄は大層喜んだ。
「おかえり、エル」
「兄様、ただいま戻りましたわ」
シュティルナー侯爵家の長男オスヴァルト、次期侯爵である。2人は再会の抱擁を交わした。
「今回はずいぶんと早かったな?」
「ええ兄様。聞いてくださいまし! わたくし、ついに妖精王に会えましたの!」
「会えたって、ほんとうか?」
「さすがエルメンヒルデの兄だ。美しいな」
「なっ!」
急に姿を現した妖精王に、さすがに驚きを隠せなかったオスヴァルト。少し後ろに飛んだ。
「兄様、こちら妖精王のユストゥス様ですわ」
「妖精王……!」
エルメンヒルデが紹介すると、オスヴァルトは妖精王を見て感激した。
「おお! ついに、ついにお会いできたのだな! いやほんとうに、よかったなエル!」
「ええ、ええ兄様。ありがとうございますっ」
幼少期から妖精に異常なほど執着していたエルメンヒルデ。妖精の話を聞きつけては探しに行く彼女を見送っていたオスヴァルト。
何度か、本物の妖精を見たといって喜んで帰ってきたことがあった。そしてその後の何度目かの遭遇で、今度は妖精と話せた、と興奮して帰ってきた妹だったが、なんと次は妖精王を探すと言い出した。
妖精に、「妖精王はこの世のものとは思えないくらいきれい!」と言われたという。
長いこと探し回っていた妖精王に会えたと喜ぶ妹を見て、オスヴァルトも自分のことのように喜んだ。
「妖精王よ、お初にお目にかかる。エルメンヒルデの兄であるオスヴァルト・シュティルナーだ」
「ああオスヴァルト。あなたも大変美しいな。私のことはユストゥスと呼ぶといい」
オスヴァルトの母譲りの美しさは、エルメンヒルデと同様に妖精王に気に入られたようだ。
「ありがとうユストゥス。しかしすまない。話したいことは山ほどあるのだが、エルメンヒルデに火急の知らせがきている」
「ほう?」
「まあ、何ですの?」
「第二王子殿下から、エルメンヒルデが戻ったらすぐに来るよう連絡があった」
「すぐに?」
「ああ。父上はもう見舞われたが、どうやら突然、王の症状が悪くなったらしい」
「そんなっ」
聞いて、エルメンヒルデに戦慄が走る。火急で、王宮に、症状が悪化、王の容体が……。
エルメンヒルデはすぐに、グレータを連れて馬車で王宮へ向かった。
「エルメンヒルデ様……」
「ええ、ええそうねグレータ。……大丈夫。私は大丈夫よ」
容体が急変……どの程度なのか、とても心配で落ち着かないエルメンヒルデだった。
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王宮に馬車が到着すると、すぐに来訪を告げ回廊を足早に、まずはハルトヴィヒのところへ向かう。第二王子の執務室前にいる兵士がすぐに気づいてエルメンヒルデの訪れを知らせた。
「エルメンヒルデ、早かったね。おかえり」
「ただいま戻りました。ハルトヴィヒ様、陛下のご容態が思わしくないと。どれくらいなのですか?」
「ああ。戻ったばかりですまない。……とにかく、会って差し上げてくれないか。すぐに向かおう」
「わかりました」
2人は、王子宮からすぐに出て王の元へ急いだ。
王の間に着くなり扉を開けさせ部屋に入った。すぐにダイニングスペースを抜けて寝室へ入り、声を掛けずにそのまま寝台に駆け寄るエルメンヒルデ。
寝ているようだった王の手をそっと握る。すると、微かに瞼が開いた。
「エル…メンヒルデ……」
「ええ……ええ私です、陛下っ」
掠れた声でエルメンヒルデの名を口にする王。もう、声を出すのもつらいような、ひと目でわかるほどの衰弱振りだった。
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