第六話 妖精王
エルメンヒルデは、ついに妖精王と会うことができた。長年探し続けた妖精の王。話に聞いた通りとても美しく、その姿に魅入り、感激していた。
なぜ今回エルメンヒルデが妖精王に会えたかというと、騎士団の噂通り、ここには妖精がいる。妖精たちの棲家があるのだ。
妖精王は、各地を回っていることが多いので一箇所にはとどまっていない。今回は、たまたまエルメンヒルデたちが来たと同時に、妖精王もこの深淵の森の妖精の棲家の様子を見に来ていたから遭遇することができたというわけだ。ここで会えたことはかなりの幸運だ。
妖精王は美しいものを好む。そのため、深淵の森に入ってきた美しい人間、エルメンヒルデを見て話してみたいと強く思った。
それには護衛の3人が、こちらも皆美しい顔をしてはいるが邪魔だったので、霧で目隠しをした隙にエルメンヒルデだけを連れてきたのだ。
「美しいな」
「えっ? あなたが、ですの?」
「ふっ、面白いことを言う」
「あら、失礼をしてしまいましたか?」
「いや。あなたが美しいのだ、乙女よ」
「あ、ありがとうございます。妖精王様のようにおきれいなかたにそう言っていただけるなんて、嬉しく、思いますわ」
きれいなもの好きのエルメンヒルデだったが、自身も、一推しの母フィーネに似てそれはもう大変美しかった。
薄く緑が入った見事な銀髪に白くしっとりとした肌。ラピスラズリをはめ込んだような見事な紺碧の瞳。細く締まったウエストから、程よい豊満さを誇る胸、そしてスラリと伸びる四肢。
誰が見ても美しい女性だ。
「私は美しいものが好きだ。だからあなたを好ましく思う」
「まあ、私もですわ! きれいなものが大好きなのです!」
「そうか。気が合うようだ」
変なところで意気投合する二人。美しいもの好きのきれいな妖精王と、きれいなもの好きの美しいエルメンヒルデ。お似合いである。
「ずっと、ずっと妖精王様にお会いしたかったのです」
「嬉しいことを言う。ユストゥスでよい」
「ありがとうございます。ユストゥス様。私はエルメンヒルデ・シュティルナーと申します」
「ああ。エルメンヒルデ」
そう言って微笑み合った。
エルメンヒルデは自分がいかに妖精たちのきれいな姿に魅入られているかを延々と語る。
ユストゥスは、微笑みをたずさえそれを聞いていた。
「だから、噂を聞いてはその地に赴いていたのです。5年前の夏、ロイドリンゲンの南で会えた妖精さんから、妖精の王の存在を聞いたのです」
「ああ、ブフリンゲンの森の子らか。あの辺りにはちょうどその頃行った記憶がある」
「まあ、そうだったのですね! 惜しかったですわ。ニアミスというやつですわね」
「ふっ、そうだな」
その後も、世界中の美しい景色の話や花は左右対称もいいが非対称のアンバランスな美しさがまたいい、など美しいものや人について語り合う。
ユストゥスとエルメンヒルデの話は弾むばかりだったが、そろそろ戻らないと護衛たちが心配して深淵の森ごとどうにかしてしまうかもしれないので、エルメンヒルデはそのことをユストゥスに告げて元の場所に戻してもらった。
「誰もいないな」
「そう、ですわね。きっと探し回っているのかと」
「そうか。では――」
ユストゥスが目を閉じて手のひらを天に掲げ、光を放つ。
しばらくすると、ヴィリが現れた。
「お嬢!」
「ヴィリ、よかったわ」
「無事か?!」
突如打ち上げられた怪しい光に、エルメンヒルデの手掛かりがあればと飛んできたヴィリ。エルメンヒルデを発見するなり怪我がないか異常がないか体中を確認していく。
「……大丈夫よ。どさくさに紛れて触りすぎじゃないかしら?」
「いやそんなことないです。無事の確認です。ずっと、ここに?」
「いいえ。あ、こちら妖精王のユストゥス様」
「えっ妖精王?! ……ほんとうにいたんですね」
エルメンヒルデしか目に入っていなかったからか、木の影で見えなかったからか、妖精王を急に紹介されたものだから、さすがのヴィリも驚いて声を上げた。
「ええ。ごめんなさい、話が弾んでしまって」
「すまないな。私が連れ出したのだ」
「連れ出し、たんですか……。ああ、いや、そういうの困るんで……」
「もうしないと誓おう」
「あー、はい。それなら、まあ……わかってくれたなら、って、ええー……??」
突然の妖精王との会話に、ヴィリもどうしていいかわからず対応に困ったようだったが、その後すぐに打ち解けた。
「いやー話がわかるね妖精王!」
「ユストゥスでいい。ヴィリ」
「ははっ! 仲間が増えて嬉しいよ!」
何の話をしていたかはアレだが、どうやらエルメンヒルデの美しさについて意気投合したらしい。
しばらくしてグレータとイーナも合流し、2人も妖精王に驚いたがエルメンヒルデがついに妖精王に会うことができたので大変喜んで、勝手に連れて行った妖精王を許した。
そして、日が暮れる前にハノーファーまで戻ろうということになったのだが、エルメンヒルデは別れを惜しんで泣きそうになっている。
するとなんと妖精王は話の中から、きれいなもの好きエルメンヒルデがいち推ししている、エルメンヒルデの母であるシュティルナー侯爵夫人フィーネに興味を持ったので一緒に行きたいと言い出した。
「妖精王を、連れて行くのですか?」
「え、ええグレータ。それは、ユストゥス様が行きたいとおっしゃるなら……」
「お嬢……あんたほんっと顔がいい男に弱いな」
「語弊があるわ! ただ顔のいい人に弱いわけじゃないの。見てちょうだい! この美しさよ?!」
「わかります」
「きれい!」
「そうでしょ? さすがねグレータ、イーナ!」
女性陣は満場一致だ。
ヴィリは「妖精王を? 王都まで? さすがに問題になるんじゃ……?」などとぶつぶつ言っていたが、エルメンヒルデの念願叶って会えた妖精王だ。それに自身ももっと話してみたいと思ってはいたので、ついてきてくれるならまあそれもいいか、と結局賛成した。
4人はそのままハノーファーまで戻り、宿で合流したシュティルナー家の人たちを驚愕させてからとりあえず今夜は休もうということになり各自部屋へ戻った。
妖精王は、朝にまた来るといって一旦別れた。
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翌朝、出発の準備をしていると、妖精王が戻ってきた。深淵の森のお土産に、とたくさんの薬草や珍しい木々の実を持ってきてくれた。
宿に滞在したのは結局2日だけだった。
「馬車は4人乗りですがどういたしますか?」
エルメンヒルデの侍女が聞いた。馬車は2台あるが、今回はすぐ妖精どころか妖精王に会えたから滞在は短期間だったが、下手したら探し回って一か月、なんてこともあった。そのための準備が、片方の馬車に積まれているのだ。
エルナは荷物の管理もしているのでそちらに一緒に乗る。もう一台は4人乗りなので、4人では広く感じる馬車も5人乗ったらさすがに狭い。
ひとり増えたユストゥスをどうするか、と思っていたが本人から提案があった。
「私は妖精だからね。実体があるようにも無いようにもできるよ」
「便利だな」
「ヴィリ、妖精の王様なのだから、言葉遣いは気をつけたほうがいい」
「俺はもうマブダチなんですー」
「マブダチ?」
「ああ、いいよ気にしないで。君たちも美しいからね。楽にして」
「私もマブダチ!」
「うん、いいよ」
「マブダチ……?」
マブダチの意味がわからず困惑しているグレータをよそに、さっさと打ち解けているイーナとヴィリであった。
馬車にはエルメンヒルデと護衛3人、そして空いた空間にユストゥスが、見えないが乗っている。
王都まで約一週間。楽しい帰り道の始まりだ。
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