20万PV記念特別編〜瀬戸と白川の温泉物語〜その4

 僕が先にお風呂から出ようとすると、普通についてきた。


 別にニヤニヤもせず、無表情で。

 僕がそんな紫苑の顔を見ていると、不思議そうに見返してきた。


「どしたし?」

「いや、普通に出てくるんだなって」

「あ〜、恥ずかしいけど、まぁ、別に気にしないし。寧ろ瀬戸君にとってはご褒美かな〜?」

 とか言ってニヤニヤし始めた。

 自信家なのはいいことだけど、何とは言わないけど持ってないのに自信持ってたら、すごい哀れなんだね。

 僕はその事実に気づけて感動した。


「確かに、ご褒美だね」


 そう言うと、突然タオルでサッと身体を隠した。

 ホント、何なんだよ。




 それからベットで寝転んで、二人で話をした。

 別に「将来〜」みたいなそんな重い話じゃなくて、学校の話とか、勉強の話とか、友達の話とか。


 友達の話と言っても、紫苑はほとんど須藤か木村の話だけど。

 ホントに女友だちいないんだな。

 いても2人って、そういえば言ってた。



「なんかいいよね、こういの。ホントに二人って感じで」

 時間は22時くらいで、海の音だけが静かに聞こえていた。

 月明かりで紫苑の顔がよく見える。


「今度は草津にでも行こうよ。私達、また二人で」

「温泉旅行もいいかもな」

「きっと何しても楽しいよ、私達二人なら」


 そう言って、「シシシ」と笑って見せると、天井を向いて手と足を開いたり閉じたりし始めた。


「なんだか、眠くないね」

「そうな」






 僕達は、なんとなく外に出た。

 海の香りがする中、二人で歩いた。


 手を繋ぐことも、見つめ合うことも、話すことも特になかった。


 ただ、二人で歩くだけ。


 道も適当に。


 それでなんとなく、辿り着くところを楽しみにするだけ。



 そうやって歩いていると、飽きたのか、ある時紫苑が後ろを向いて止まった。

「戻ろっか」

 と、その時小さく言った。



 それから旅館に戻って、今度はお風呂にも入らずにベットに飛び込んだ。


「瀬戸君、近くにいる?」


 いないはずないのに。


「いるよ」

「何だか、怖いね」

「そうな」

「私達、ホントにこのまま一緒にいられるのかな」

「わかんないよ、そんなこと」


 わかるはずがない。

 未来のことなんて。



 でも、紫苑が外から戻りたくなった理由が、何となくわかった。

 きっと、怖くなったんだ。


 先に進むのが。

 未来へ進むのが。


 今が、一番いいから。

 先に進むのが、怖かったんだ。


 だから後ろを見て、戻ってきたんだ。


 珍しくネガティブなんだな、なんて思う。

 紫苑なら堂々と、前に進みそうなのに。

 紫苑にも意外と、繊細なところはある。

 その繊細なところに、触れたのかも。

 二人だからこそ、触れたのかも。



 そう思うと何だか、愛しくなってきた。

 そんな繊細で哀れな彼女が。


 大事なことに迷わず、どうでもいいところに迷う。

 これはむしろ紫苑らしいのかもしれない。



 だから僕は何となく、勝手に紫苑のベットに入り込んで後ろから抱きしめた。

 気持ち悪いけど、なんだか紫苑もそれを待ってるような気がして。


 すると紫苑も、黙って僕の手に手を添えた。


 あぁ、安心する。


 こんなときにまで、僕の手を触ったりつねったりしてくるんだから。

 なんだか別に今後も、問題ない気がしてきた。


「痛いからやめろよ」

「やだ」

「なら離すから、紫苑も手、離してくれよ」

「私から離れるのもダメだし、手を私が離すのも却下」

「そうかよ」

「瀬戸君も手、私からずっと離しちゃ駄目だよ?」

「わかってるよ」

「これらからも、ずっと、ね」

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