生きてく中で
そういえば最近、変わったことが一つある。朝ご飯はパン以外受けつけてなかった紫苑が、ご飯を食べ始めた。
実に、くだらない。
だかしかしそれも、意外と大きな変化だったりする。
紫苑が変化をすることなんて、滅多にないから。
小さな変化でも紫苑にとっては、大きな変化。いやそれでも僕からすると、知らない人間の好きな人ぐらいどうでもいいのだけれど。だからいちいち、紫苑に苦言を呈する程でもないのだけれど。
「あ〜、それは、イギリスから帰ってきて日本のパンの不味さを実感したから」
とかなんとか、当の本人の紫苑は適当に答えてた。
「クロワッサン、美味しかった」
「わかる!未知の食べ物は死ぬほど美味しくなかったけど、既知の食べ物は日本より美味しい」
「マカロンとか?」
「マカロンとか!」
また行きたいな、なんて僕も心の中で思う。口に出さないのは、言わなくたってどうせまた連れて行かれるから。
「行ってきまーす!」
僕より馴染んでる僕の家に、紫苑が嬉々として叫んでドアを閉める。この作業も、慣れたもの。
「瀬戸君も言えばいいのに」
無表情。僕の顔を覗き込みながら。
「そういう紫苑は、だんだん家で仮面剥がれてきてるから付け直したほうがいいと思うよ」
「それはいいの。故意に剥がしてってるし」
恋だけに!とかしょーもないことを言う美少女。恋は全然関係ないし。
「妹が、紫苑先輩って意外と静かな人なんだね、とか言ってたぞ」
「いいんだよ。いずれバレるし。それに私、ネガティブな人間だし」
全部をどうにかなると思ってる人間がネガティブだって。超ウケる〜〜。
ホンモノのネガティブを教えてやろうか。
「そうな」
「思ってないでしょ」
「そうな」
「それは思ってる」
あ、バレてきてるのは僕もか。
「お互いのこと、お互いにかなり理解してきたね!」
と言って嬉しそうに笑う美少女。可愛な〜、なんて表情筋を変えずに思う。
「見惚れてる?」
「見惚れてないよ」
心情、読まれてる。まずい。理解されてるってことは大抵、僕の考えてることもバレるってことだ。意外と頻繁に紫苑に見惚れてたり、抱きしめたくなったり、哀れに思ってることも、バレるんだ。
僕だけが知る哀れさが、いいのに。
本人が気づいてないのが、最も哀れで愛おしいのに。
「なんだかさ、登校のこういう何もない時間がお互いの理解を深めたと思うと、感慨深いよね」
僕を見ずに前を向いて、どちらかというと上を向いて、紫苑が言う。ネガティブな人は胸を張らないし、上なんて向かない。だからやっぱり紫苑は、ネガティブなんかじゃない。
「そうな。こういう少しの時間が、一番大事だと思う」
「ね。私達って元々、散歩っていう少しの時間から始まったから、尚更。これからもずっと、こういう時間を、大切にしていきたい。休み時間とか、登下校とか。短い時間でも話しかけてくれたら、私はそれで、それだけで嬉しいから」
有象無象とは別だよ!なんて僕を覗き込み、さらに笑顔を付け加える。可愛い。
紫苑といることで、僕が、存在していい人間になる。何も為せない、何も生まれない生産性のない人間ではなくなる。
だからって別に、紫苑を利用して自己を確立してるわけじゃない。紫苑がいることによって、自己が確立されてる。因果性の問題。
「私、思うんだよ。生きてく中で、感じとらないといけないけど、感じとるのが難しいモノ。それが、愛だって」
紫苑が空に絵を書いてるかのように、指をクルクルさせる。
「なんで生きてるか、わからなくなるもんな」
「存在論に反するからね」
誰からも認知されないから、生きてるか死んでるかわかんないということ。
「ずっと私を、愛してね」
「紫苑は僕がいなくても、認知されるだろ」
「木とか草に認知されても、ダメなの。私は瀬戸君に認知されないと、駄目」
「朝から話題が重いんだよ」
そう言うと何が面白いのか、美少女がケタケタ笑った。美少女名乗るならもっと、こう、お淑やかに笑えよ。
「ほら、電車来るから早く行こ!」
「そうな」
さっと出された冷たい手を、ちょっと悩んでからとった。
「木村、サッカー部辞めるんだってよ」
「なんで?」
「しらね」
紫苑のパンがどうこうの話の次にどうでも良さそうな話題。須藤はどこでそういうの聞いてくるのやら。
「あ、木村来た」
僕が言うと、木村が顔を上げた。
「部活やめるんだってな」
「おん」
「なんで?」
「辞めたくなったから」
シンプル。答えるのもダルそう。文化祭のときから木村は、だいぶ人間像が変わった。前はキラキラしてたのに、最近は僕みたいになってきた。
「白川に毒されたんじゃね?」
「そうかもな」
聞くと、僕の知らない間に紫苑と木村は仲良くなっていたらしく、よくメッセージ交換なんかしてるらしい。
「白川と関わったやつ、だいたい何かしら変わってるもんな」
「人の彼女を毒呼ばわりかよ」
「どう見ても毒だろ。キレイな花ほど毒があるってやつ」
キノコのそれの扱い。
兎にも角にも、木村の辞めた理由を知りたいなら、木村に聞くより紫苑に聞いたほうが早そう。紫苑、人の秘密とかベラベラ話すし。やっぱり紫苑って、結構なクズ。
「あ、それと、転校生と関わんなよ」
ふと、木村が言った。
「関わらないけど、なんで?」
「自分が一番可愛くないと嫌、みたいな奴だから」
「白川のこと目の敵にしてそうなやつだな!」
須藤がガハハ!なんて笑う。
「僕に言わずに、紫苑に言えよ」
「あいつに俺が直接言っても面白がって関わりに行くだけだろ。瀬戸が言わねぇと」
確かに僕も、対抗心燃やされたら困る。絶対巻き込まれるし。朝は「有象無象の愛はどうでも〜」とか言ってたけど、ワガママだから絶対に人気を取られるなんて許せないはず。
「学校生活、忙しいな」
疲れたように僕が言うと、二人に無視された。忙しいぐらいが皆は、丁度いいのかもしれない。
生きてく中でそういう日のほうが、大事なのかもしれない。
関わってくその人で、どんな時間の方が大事かは決まっていく。紫苑とは、どんな時間でも大事だけど。木村や須藤とは、こんな何もない時間が大事。
生きてく中で、生きてく中で、生きてく中でって考えてると、なんだか余計疲れてきた。
やっぱり、平穏がいいや。
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