誰が為の顔

蒼井どんぐり

『母が語る』

 私は自分のことをいい母親だと思っていません。

 それでも、あの時決めた「顔の提供」を私は誇りに思っています。


 裕二には5歳の頃から、私の夢のために働いてもらってしまいました。


 みなさんもご存知かもしれません。あの国民的ドラマの一場面、主人公の娘が通う幼稚園。その園児役としてのエキストラが裕二の子役の始まりでした。

 当時の私は、「いつも見てるあの作品に自分の息子が出れる!」なんて浮かれてしまって。そんな気持ちに覆われてエキストラの応募をしたことを覚えています。


 そして、裕二が実際に配信されたドラマの向こう側に現れた時、その瞬間の画面に見入ってしまいました。

 周りの人が誰でも知っている。誰もが認めるその世界。

 そんなものと縁のなかった自分。だけど今まさにそんな世界に息子がでている。

 それを見て、自分が何かすごいものに関われている気になってしまった。自分が何者かになれた、そんな気がしたんだと思います。


 でも、同時に裕二も「あれ! あそこいた!」と嬉しそうに画面を指差していました。

 その姿を見た瞬間、彼のことを抱きとめ、「そうだね、ユウちゃん、テレビに出たんだよ!」と泣きながら彼に声をかけました。

 その瞬間からです。裕二には誰もが知る人間になってもらいたい、とそう思うようになりました。


 その時から裕二にはずっと無理をさせてしまっていたんだと思います。

 え、子役の仕事の量ですか?

 ええ、その当時はひっきりになしにあったんです。ちょうど子供の数が減っていた時期でしたので。当時はなかなか撮影の仕事も多かったんです。

 それに、私のような母親も少なからずいました。それこそ、自分の子供たちが自分の届かない世界に触れていることに高揚感を抱いてしまうような。

 今の私でも、昔はそんな気持ちでいたことを否定できないので、人のことは言えないのですが。


 裕二が10歳になる頃には、最初の頃のような笑顔は消えていました。

 仕事には慣れてきはじめていて、昔のように自分が出たドラマを誇ったりもしません。

 ある時、「僕、サッカークラブに入りたいんだけど」と彼が私に相談した時がありました。

 休みがちな学校に久しぶりに行った時、友達がみんな地元のクラブに入っていたことに気づいたそうなのです。そんなみんなとサッカーがしたいというのでした。

 とても苦しそうにいう彼の姿を見て、ああ、裕二はだいぶ無理をしていたんだと、やっと実感したものです。それまでは全く意識していないことでした。親として情けないですよね。


 とは言え、それでもすんなり子役を辞めていいよ、と言えなかったところに私の弱さがありますね。


 当時、それなりに裕二は有名だったんです。

「レオハンドラの恋人」とか見てましたか? あ、やっぱり見てますよね。

 視聴率も高くて、今でも再放送も良くやってますしね。

 その主人公の甥の役をやらせていただいて、知名度も上がっていた時期でした。

 何も才能がなかった私にとは違い、人に誇れるものを持っている息子。きっとこれからいろんな可能性に輝いている。

 私とは違う、何者かになれるかもしれない裕二。その彼の才能をここで潰していいんだろうか。


 今思うと、自分が得た偽の名誉を守ろうとする意思が少なからずあった気もします。でも、その当時は本気で裕二に子役の活動をやめさせるべきか、思い悩んでいました。

 同時に裕二の辛そうにしている姿を見ると、自分が何をすべきだったのか、わからなくもなっていました。


 そんな時です。バーチャルチャイルドアクターの話を知ったのは。


 知ったきっかけは、その時出演させていただいていたドラマと同じ局でやっていた、バラエティ番組か何かだったとは思います。

 今時の成長している起業家や著名人が集まって、未来の日本について討論している番組でした。そこに「バーチャルアクター」の可能性について語る、「オルタネイティヴ・ヒューマン」のCEOの成島さんが出ていました。


 彼が言うには、実証検証として今度は子役のバーチャルアクター、バーチャルチャイルドアクターを作ると。費用は無料、そのための被験者を募集していますという内容です。

 最後に「子役の負担から子供たちを救う」と言って話を締めたせいか、番組の場ではいろいろ揶揄されていましたが。

 でも、その時の私にはまさにこれが裕二も自分も救う手段になるんじゃないかなと、そう思ったんです。


 テレビの放送が終わる前に、すぐ会社のサイトにアクセスして急ぎ申し込みしました。私たちが一番乗りだったらしく、数日後には彼らの会社のオフィスでスキャンをすることになりました。

 今でこそ、どこでも体の3Dスキャンはできますけど、当時はスタジオに行って、大きな機材で行うことが主流だったんですね。

 周りに取り付けられたたくさんのカメラ。ドラマや映画の撮影でも、あんな数のカメラに囲まれたことはありません。

 裕二も、久しぶりに興味津々な様子でした。子役の仕事で指示に従うことはなれていたとはいえ、「こう言うポーズをとってじっとしてて」だったり、「まずは笑顔をとるから笑顔のままでね」みたいな指示はされたことがなかったみたいで。だいぶ楽しそうにスキャンをされていたのを今でも覚えています。


 そのスキャンが終わって数日後には、最初のCG子役、そう「ユウジ」は誕生したんです。

 スタジオの横の一室のモニターで「ユウジ」をみた時、最初は正直不安を覚えました。

 え? あ、いえ、CGのクオリティに対してではなくて。

 とてもリアルだったため「本当にこんなことをして大丈夫だったんだろうか」と不安になってしまったんです。


 画面の中では、私の息子そっくりの顔を持った子供が子どもらしい挨拶や、走り回る様子を繰り返していました。まだあの当時はアニメーションの技術も追いついていなかったので、さすがにそっくり、とは思えませんでしたが。

 それでも、そこに「人」がいる、と感じるには十分だったんです。

 だから、私は何か重大な罪を犯してしまったんじゃないかなと。


 その時です。

「ねえ、母さん。すごいね!」と隣で裕二がモニターを指差しながら言いました。

「これからは、こいつが僕の代わりに演じてくれるんでしょ! すごいね。ゲームみたいだね」と。

 その顔を見て、どうしてでしょう、涙が出てしまったんです。

 久しぶりの年相応の無邪気な笑顔。しばらく私が見落としてしまっていたようなその表情。

 その時、私は裕二はきっと今、本当の顔を手に入れたのだと感じました。その顔を見つめ、私の心もだいぶ救われたと思います。


 それから、「ユウジ」はいろんな場所で見るようになりました。

「初のバーチャルチャイルドアクター」ということで、話題となり、子供向け商品のCMやWebムービーなどによく起用されていたのを記憶しています。自分の息子の顔とよく似た顔が、再び煌びやかな世で活躍していく。


 もちろん、今でもたくさんの非難があることは知っています。

 それこそ子供をバーチャルチャイルドアクターにすることを、「顔の提供」と揶揄した言葉で言われていることも知っています。

「自分の子供の顔を売る、とは子供の権利をなんだと思っているのか」なんて言葉もよく言われます。


 でも、私は、それなら子役の仕事を無理にさせる親も同じなんじゃないかと思うのです。子供の頃の大切な時間だって、子供の持つ権利です。

 子供が自分から望んでいるならいいのですが、それを親が勝手に「子供のため」と言い聞かせ、出演させる。そして、気づかない間に体や心に無理をさせてしまう。

 そちらの方が、よっぽど「子供の権利を侵害」していると思いませんか?


 実際にあの時の私はそうだったからわかるんです。何もない自分の顔のように裕二を表に出していた心境が、私にもあると思うから。

 だから、私は建前で「子供の将来のため」なんて言葉はもう使いません。ただ、裕二のことを思って、裕二をあの世界から抜け出させてあげようとした。裕二の身を優先した。


 改めてですが、今思うとあの時の決断は間違っていなかったのだと思います。

「ユウジ」の顔が、私と裕二を救ってくれたんです。

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