1995 1.17 5:46

口羽龍

1995 1.17 5:46

 1月16日の神戸。今日も寒い日が続いている。神戸はいつものように今日が過ぎていった。そして、明日もまたいつもの日々が続こうとしている。だが、明日は1月17日。この日を、神戸の人々は忘れてはならない。


 1995年1月17日、5時46分、この日、神戸で震度7、マグニチュード7.3の大きな地震が起こった。それは後に、阪神・淡路大震災と言われ、それによって6000人以上の命が奪われた。神戸の人々はその日を忘れることなく、起こった日、その瞬間に追悼式典を開いてきた。多くの人が追悼の祈りに包まれる。だが、そんな阪神・淡路大震災を知らない人々も徐々ではあるが、増えてきた。だけど、語り継がなくてはならない。決して忘れる事の出来ない出来事だから。


 達也(たつや)は阪神・淡路大震災を知らない子供だ。復興した神戸で生まれ育った。そして、追悼式典に行った事がなかった。


 達也はリビングに降りてきた。リビングでは、達也の母、佳奈(かな)がテレビを見ている。母はウサギのぬいぐるみを持っている。テレビでは焼け野原になった街の映像が流れている。達也は首をかしげた。ここはどこだろう。


「お母さん、このウサギのぬいぐるみ、かわいいね」


 達也の声に気付き、佳奈は振り向いた。佳奈は少し涙を流している。どうしてだろう。


「そうでしょ。お母さんの妹のぬいぐるみなんだよ」

「ふーん」


 達也は佳奈の妹に会った事がない。どこにいるんだろう。会いたいな。


「今から25年前の今日におばあちゃんからもらったんだよ。だけど・・・」


 すると、佳奈はより一層涙を流した。このぬいぐるみに悲しい思い出があるんだろうか?


「どうしたの?」

「25年前の明日、1月17日に何が起こったのかわかる?」


 達也は固まった。何が起こったんだろう。ひょっとして、悲しい出来事だろうか?


「わからない」

「そうか・・・、この日は、神戸の人々にとって絶対に忘れてはならない日なの」


 佳奈は強い口調だ。その日を語り継いでほしいような表情だ。


「この日って、何があったの?」


 達也はまだ幼稚園児だ。何が起こったのか、全くわからない。その時はまだ生まれてないし、誰からも聞いた事がない。


「話してほしい?」

「うん。聞かせて?」


 佳奈は25年前を振り返るように話し出した。




 1995年1月16日、当時小学1年生だった佳奈は両親、祖母と妹の佳織と幸せに暮らしていた。父は会社員で、母は専業主婦。裕福な家庭で笑顔であふれていた。


 佳織は6歳。今年の4月から小学校1年生だ。かわいい妹。佳奈に続いて嬉しい知らせだ。2人とも大きくなったら幸せな家庭を築いてほしいな。


「佳織、来年から小学生だな」

「小学生! 小学生!」


 佳織ははしゃいでいる。4月から小学校に通うのが楽しみでしょうがない。早く4月になってくれないかと願っている。


「嬉しいか?」


 父の佳次(けいじ)は笑みを浮かべている。ここまで育ててきた可愛い妹。あと少しで小学校に入学するまで成長してくれた。これからもっとえらい子になってほしいな。


「うん! いっぱい勉強したい! そして友達たくさん作りたい!」


 佳織は夢に描いている。小学校でたくさん友達を作って、楽しい小学校生活を送るんだ。そして、6年後、笑顔で卒業式を迎えるんだ。


「そうか! 楽しみだよな!」

「楽しみ!」


 と、祖母の千代(ちよ)がやって来た。千代も笑みを浮かべている。あと少しで入学式が見られる。ここまで順調に育ってくれた佳織。もっと生きて卒業式も見たいな。


「佳織、今日はな、おばあちゃんからプレゼントがあるんだよ。嬉しいでしょ?」


 千代は両手を後ろに置き、そのプレゼントを隠している。佳織はわくわくしていた。祖母の後ろには何があるんだろう。


「嬉しい! 何?」

「ジャーン!」


 千代は両手を前に見せ、プレゼントを見せた。そこには白いウサギのぬいぐるみがある。


「ウサギのぬいぐるみだよ!」

「よかったな!」


 佳次は佳織の頭を撫でた。佳織は満面の笑みを浮かべた。佳次も笑みを浮かべている。


「かわいい!」


 佳織はとても喜んだ。以前から欲しかったウサギのぬいぐるみ。もらったのだから、もっと頑張らなければ。


「気に入ってるようだね」

「何かあったら、お姉ちゃんがついてるからね!」


 佳奈も笑みを浮かべている。かわいい妹もいよいよ小学生だ。何か不安な事があったら、相談してほしい。だって、姉だから。


「ありがとうお姉ちゃん!」

「優しいお姉ちゃんでよかったな!」

「うん!」


 佳次は佳織の頭を撫でた。佳織は喜んでいる。撫でられるのが嬉しいようだ。


「さて、明日はランドセルを買いに行かないとね」

「そうね」


 それを聞いて、佳織は喜んだ。ランドセルを背負って小学校に行くのが楽しみでしょうがないようだ。


「ランドセル! ランドセル!」


 次第に佳織ははしゃぎ出した。それを見て、佳次と千代は喜んだ。


「ランドセル楽しみか?」

「早く背負いたい!」


 佳織は佳奈のようにランドセルを背負って小学校に登校するのが夢だ。


「そうだな! 明日、一緒に行こうか?」

「行く!」


 母、詩織(しおり)は提案した。その提案に佳織は乗り気だ。自分の目で自分のランドセルを見たい。


「そうか! よし、明日はみんなで見に行こう!」

「よかったね、佳織!」


 千代は佳織の頭を撫でた。千代にも撫でられて、佳織はより嬉しそうだ。


「ありがとう!」


 佳織は満面の笑みを浮かべた。佳織の笑顔は、いつも以上に輝いている。この輝きは、一生忘れられないだろう。


「いよいよ佳織も小学生だね」

「小学校の6年間でどれだけ成長するのか、楽しみだね」


 佳次は右手を詩織の肩にかけた。ここまで育ててきた佳織もいよいよ小学生だ。佳奈もそうだけど、6年間の小学校生活に期待しよう。


「期待しよう!」

「うん!」


 そして、夜は更けていった。その時、彼らは知らなかった。明日の早朝、神戸で大きな地震が起こる事を。




 それは1月17日の5時46分に起こった。神戸は震度7の強い揺れを感じ、多くの人はその揺れで目を覚ました。まさか、神戸で地震が起こるなんて。誰もが想像できなかった。


 5人もそれで目を覚ました。家具が揺れ、今にも落ちそうだ。落ちてこないように、早く地震が収まるようにと願う事しかできない。


「な、何だ?」

「地震だ!」


 5人はベッドにこもり、じっとしている。家具が倒れてくるかもしれない。気を付けよう。


「大きいぞ!」


 その時、佳織と詩織の寝ているベッドにタンスが倒れてきた。佳織と詩織はタンスの下敷きになった。


「うわぁぁぁぁぁ!」


 ようやく揺れが収まった。今にも家は崩れそうだ。それを知らない佳奈と佳次は彼女らの部屋にやって来た。まさか、佳織と詩織がこうなるとは。


「佳織ー! お母さーん! おばあちゃーん!」


 佳奈と佳次は千代の部屋にやって来た。ドアを開けた瞬間、2人は驚いた。千代はタンスの下敷きになり、意識がない。早く助けないと。だけど早く逃げないと。生きなければならない。


「佳奈、あなた、早く逃げて!」


 突然、詩織の声が聞こえた。詩織はまだ意識があるようだ。


「それでも・・・」

「いいから逃げて! このままではみんな死んじゃうよ! あなたは生きて!」


 覚悟は決めていた。すぐに救助が来て、助けてくれるだろう。2人は早く逃げて、確実に生きてほしい。


「そんな・・・」

「ぐずぐずしないで! 早く逃げて!」

「う・・・、うん!」


 2人は大急ぎで家を出た。直に救助が来るだろう。そして、みんな無事で会えるだろう。


 家の外に出て、佳次は呆然となった。これが、神戸なのか? 昨日までの街並みがまるで嘘のようだ。家が倒壊し、所々では火事が起こっている。まるで空襲のようだ。どうしてこんな事が起こらなけれならないんだろう。


「えっ・・・」


 佳次はその場に崩れ去った。大きな地震で何もかも失った。これからどうすればいいんだろう。


「これが・・・、神戸なのか? まるで地獄絵図だ」


 と、佳次は火の燃える音に気付き、振り向いた。なんと、家が燃えている。中には佳織と詩織と千代がいるのに。早く助けてほしい。みんな火災で死んじゃう。


「か、火事だ!」


 その頃、隣の人も逃げ回っている。その人の家も火事だ。我が家の火事はそこから燃え移ったんだろうか?


「わっ、うちの家でも!」

「佳織、お母さん、おばあちゃん!」


 佳次は叫んだ。だが、家からは反応がない。みんなどうしたんだろう。意識がない。もう死んだんだろうか? 不安でしょうがない。


「早く助けて!」

「佳織・・・、お母さん・・・、おばあちゃん・・・」


 次第に、佳奈も泣きだした。どうして、こんな事でみんな失わなければならないんだろう。ひどすぎる。とても現実とは思えない。


「どうして神戸がこんな事にならなければならないんだ・・・」

「信じられん・・・。どうしてこんな事に・・・」


 佳次は泣き崩れた。こんな事で3人も命を落とすなんて。どうか夢であってほしい。だけどこれは夢じゃない。現実の出来事だ。


「佳織! お母さん! おばあちゃん!」


 佳奈も泣き崩れた。こんなの現実じゃない。早く夢から覚めてくれ!


「どうして・・・。ランドセル、欲しかったよな・・・」


 その後、全焼した家の中から、ウサギのぬいぐるみが見つかった。それ以来、佳奈はそのぬいぐるみを見るたびに、あの日を思い出してしまう。




 達也はその話を真剣に聞いていた。25年前に神戸でこんな事があったなんて。苦しかっただろうな。


「そんな話があったんだ・・・」

「いつも思ってたんだけど、だからみんな朝早くから起きてるのよ」


 達也はいつも気になる事があった。去年の1月17日はなぜか朝早くから起きて、ニュースを見ている。こんな朝早くから、何だろうと思っていた。


「そうなんだ」

「そうだ、明日の朝、祈りを捧げに行かない?」


 達也は驚いた。こんなに朝早くから出かけるのは初めてだ。だけど、これはいい経験になるかもしれない。


「行ってみようかな?」

「よし、じゃあ、明日の午前4時半に起きてね」


 佳奈はいつも1月17日になるとこの時間に起きている。そして、5時46分になると黙とうしている。だけど、明日は達也と共に黙とうしよう。


「う、うん」

「早いけど、起こすからね。おやすみ」

「おやすみ」


 達也は2階に戻っていった。早めに寝なければ。明日は早く起きなければならないので。




 翌朝、1月17日の4時半。達也は佳奈がゆすって目を覚ました。達也は目をこすっている。


「おはよう」

「おはよう」


 2人は2階から降りてきた。すでに朝食ができている。みそ汁のいいにおいがする。それで達也はすっかり目を覚ました。


 それに続くように、夫の継夫(つぎお)もやって来た。継夫も眠たい目をこすっている。継夫も神戸で生まれ育ち、阪神・淡路大震災を経験している。そして、毎年黙とうをしている。


「いつもより早いね」

「だって今日は阪神・淡路大震災のあった日だよ。今日は追悼式典に行こうと思ってね」


 継夫は思い出した。そうだ、今日は阪神・淡路大震災のあった日だ。年齢とともに、徐々に忘れていくんだろうか? 絶対に忘れてはいけない日なのに。


「あっ、そうだね」


 達也はすでに朝食を食べ始めている。それに続くように、佳奈も朝食を食べ始めた。


「僕も行こっか?」


 突然、継夫が提案した。佳奈と達也は追悼式典に行こうと思っていたが、まさか継夫も行くとは。


「そうだね。家族で行こう」


 佳奈は決めた。今年は家族みんなで追悼式典に行こう。そして、みんなと黙とうをしよう。




 5時40分ごろ、3人は追悼式典の行われる小学校の校庭にやって来た。まだ日の昇ってない早朝だが、多くの人が集まっている。彼らの多くは阪神・淡路大震災を経験した人で、その多くは身内を失った。


「ここだよ」

「みんな集まってるね」


 3人はみんなの集まっている場所にやって来た。その中には、『1.17』と並べられた炎が燃えている。


「みんな、あの日、あの瞬間を忘れないためにここに集まってるんだ。達也は知らないだろ?25年前、この神戸が戦争みたいに焼け野原になった日を」

「昨日、初めて聞いたんだ。こんな事が神戸であったなんて」


 達也は、佳奈が昨日話してくれたぬいぐるみにまつわる思い出を思い出した。どうしてこんな事が起きなければならなかったんだろう。


 そして、時計の針は5時46分を指した。阪神・淡路大震災の起こった時間だ。


「黙とう!」


 それと共に、3人は目を閉じ、黙とうした。そこにいる人々もみんな目を閉じ、黙とうをしている。みんな、阪神・淡路大震災の事を思い出している。そして、亡くなった人々との思い出を浮かべて涙を流している。


「佳織・・・、お母さん・・・、おばあちゃん・・・」


 亡くなった佳織と詩織と千代の事を思い出した佳奈は、いつの間にか涙を流している。何年たっても忘れられない。


「お母さん、泣いてるよ」

「今でも忘れる事ができないんだ。そして、それを語り継がなくてはならないんだよ」


 そして、黙とうが終わった。それと共に、みんな目を開けた。3人も目を開けた。


「達也、この日、この時間を忘れるなよ」

「うん」


 達也はその光景をじっと見つめている。かつて、神戸で阪神・淡路大震災があったんだ。それから神戸は日に日に復興していき、その面影は徐々に薄れてきている。だけど、それを知らない僕たちは、それを語り継がなくてはならないんだ。これから生まれ来る子供たちにも。

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1995 1.17 5:46 口羽龍 @ryo_kuchiba

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