3(雪姫の回想と)

 物心ついた頃から視界は紅く染められていた。

 私の瞳が紅いから、ではないだろうし実際は紅くもないのかもしれないが印象の中のそこは夕焼けのような紅だった。

 きょうだいたちの紅い瞳がきょろきょろと動くのをずっと眺めていた。そう、私にはきょうだいがいる。皆そっくりな顔をしていたのだ。見たことはないがきっと父と母もそっくりな顔をしていたのだろう。

 私たちはずっと同じ一族をかけ合わされ続けて生まれた存在だ。

 最初はきっとどこか知らない土地から連れてこられたのだろう。

 震える二人にはある薬が投与された。

 そして繁殖をし、種族の特性として何匹も子供が生まれる。

 その子供にも薬を投与し、またかけあわせていく。

 何故そのようなことをするかと言えば単純な話で「強い個体」を生み出すためであるという。

 一体に強い薬を投入したところで劇的な変化はないが代を重ねて薬を投与し続けることでゆるやかな「改良」を行う。

 そして満足の行く結果が出来た際には、高く売られるのだ。


 私たちは改良された奴隷である。


 奴隷はその質が安定しない。体力が無かったりすぐ病気や怪我をしたりとそれなりの金を出して手に入れても使い物にならない場合もありあまりパフォーマンスが良くない。

 ならば、と考え出されたのが質の安定した奴隷を作り出すことである。

 成長が早く妊娠が早い段階で可能な種族を選び少しずつ筋肉を増強し丈夫な体の子供にしていく。ついでに買われやすいよう見目麗しい個体を選び抜いて。

 多少高くはつくが起動にのれば十分良い商売になると「飼い主」は考えていたのだろうがそれはある夜火の海に包まれた。

 住んでいた場所が突如破壊され私たちはどうしたらいいか分からず固まっていた。そこに一人の男が現れ「ついてこい」と言ったのだ。

 私たちは奴隷だがけして手荒い扱いを受けては来なかった。ゆくゆくは商品になるのだし、丁重に育てられてきた。

 だから自発的に逃げ出そうと思いもよらず、ただ男の命令にいつもそうしているように従順に従ったのだった。

 途中、崩れ落ちてきた天井にきょうだいの何人たちかが犠牲になった。

 私は振り返ろうとしたが、前を行く男の「ふりむくな、俺にだけついてこい」という言葉に従い続けひたすらに火の海を掻き分けて駆け抜けた。


 やがて崩れ落ちる建物を見下ろしながら私は触れたことのなかった地面にへたり込んだ。

 ほかのきょうだいたちがどうなったのか確かめようもない。その場には私とその男しかいなかった。


「これからどうするの?」


 私はまだぼう、としていたがこれだけは口から発することができた。

 しかし男は燃え盛るそれが灰になるまで見届けるのかというぐらいずっと炎を見続けていた。


「さぁな。知らん」


 男がとても無責任な言葉を口にした。

 さすがにそれは酷いことだと私にもわかる。


「この先どうなるかわからないのにあそこから連れ出したの?」


 私の非難に男は動ずることもなく答えた。


「どうすることもできるさ、あそこから抜け出せたならな。お前さんが死のうが生きようが俺は知らん」


 男の目線とぶつかる。


「生きるも死ぬもお前が選べ」


 男はそれだけ言うとま白いスーツの胸のポケットから一枚の名刺を取り出した。


「困ったらここのオーナーを訪ねろ。俺の名前を出せば悪いようには…きっとしないだろう」


 私は受け取った名刺をまじまじと眺めながらそこに記された名をなぞる。


「クラブ麗蘭…それであなたの名は?」


「俺の名は」


 ガラガラと建物が燃え落ちる音が響いた。


「アニキだ」




 ※※※



 それから何年か経ったある雨の夜だった。

 私はいつものように開店準備のために店にやってきてそいつを見つけたのだ。

 硬い床に転がっている男は顔にかかった黒髪のせいでよく見えないがまだ若いようだった。

 自分から起き上がる気配はまるでないがとりあえずそいつを退けないと商売にならないので体に触れようと手を伸ばしたそのとき、そいつは寝言のようにその名を呟いた。


「アニキ…」


 私はその名を聞いて思わずぴくりと耳を立てたが、すぐにそれが必ずしも頭に浮かんだ人物とは限らないと思い直した。

 しかしだ。


「…はぁ、仕方ないですね。雨が止むまでですよ」


 そう言ってその男を担ぎ上げて店の中へと入れたのだ。

 それがまさかこんなにも居座られるはめになるてはつゆほども思わなかったのだけれど。


 そいつは今シャワーを浴びていて、私はあのときの私のような目をした少女とソファーをはさんで向い合せになっている。


「で、どうしましょうかねぇ…」


 私がため息をつくと、彼女はどこか申し訳無さそうに服の生地をもじもじといじった。

 そしてぽそりと言葉を発した。


「   」


 残念ながらそれは知らない言語のようで意味は通じない。

 私は首をふると彼女は悲しげにまた目を伏せた。


「言葉が通じないのは厳しいですね…誰か他言語に精通している人は知り合いに…あ」


 そこで私は思い当たる。

 私にはそんな知り合いにはいないが彼にはいるかもしれない。

 私はソファから立ち上がるとシャワールームの扉を勢いよく開けた。


 中ではちょうどシャワーを終えたばかりであろう全裸の彼がこちらを見て一瞬固まった後そこはかとなく体を隠しながらため息をついて言った。


「…何ですか雪姫さん」


「葉月さん、あなたのお知り合いの方に他言語に詳しい方いらっしゃらない?」

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