月光町騒乱
佐楽
かぐや姫をさがして
第1話
夕方5時を告げる町内放送がずっと鳴っている。
燃えるような空が異様に不気味に見えて、影の町をあてどなく歩き回った。
人の生活している気配はあるのに人影ひとつない世界を一人彷徨ううちに心細さでいっぱいになり、古びた電信柱の下に蹲った。
普段あまり泣かないが、さすがにこの状況では涙が止まらない。
誰か、誰でもいい。
なんなら妖怪とかでもいい。
「坊主、迷子かい」
そんな風に泣いていたら頭上から声がかかったので顔を勢いよく上げて目を見開いた。
自分よりずっと年上の、精悍な男性が自分を見下ろしている。
服装はいわゆる任侠映画で見るような派手なシャツと白いスーツで子供心ながらに怖い人という印象を与えた。
しかしそれでも誰かに会えたという安堵感から警戒心は全く感じなかった。
こくこくと頷くと、男性は俺の手を引いて立ち上がらせ歩き始めた。
「こんなとこにガキが一人じゃ危なっかしいからな。ついてきな」
前を歩き出した男について歩き出す。
男の長い影に縋るようについていくうちに涙も引いて落ち着いてきたので、小さく口を開いた。
「おじさんは誰?」
その質問にはいろいろな意味が含まれていたがそれを汲み取ってかどうか男はフッと笑っていった。
「そうだな、いろんな名前があるがアニキとでも読んでくれや」
「アニキ…」
口の中で小さく繰り返しているうちに、アニキとの距離はどんどん離れていく。
まるであの炎の塊のような夕日に飲まれていくように彼の姿がちいさくなっていく。
「待って!」
手を伸ばしてももう影すら掴めない。
どんなに叫んでも彼は振り返ることすらしない。
やがて彼の姿は見えなくなった。
※※※
…ジリリリリ
黒電話調の呼び出し音が鳴り響く。
ぼう、とまだ虚ろな意識のなかカウンターのテーブルに突っ伏していると店の外から女の声がした。
「でーんわー!鳴ってますよー」
うう、と顔を上げると傍らに黒縁眼鏡と並んで置いてあった携帯電話がけたたましく鳴り続けている。
よろよろと目覚まし時計を止めるように画面を一瞥してから通話に出ると同僚の声がした。
「葉月、お前電話にはすぐ出ろよ。社会の基本だぜ」
「あー…悪い。何?」
「招集。すぐ本部に来い」
通話を終えてから眼鏡をかけて、はぁと一息つきカウンターの中へと入って水道からグラスに水を注いで呷り腰の装備を確認して店の扉を開けた。
地下にある店から薄汚れた階段を上がると、朝の日差しが目を刺した。
夜型の人間には辛い洗礼だと思う。
白味を帯びた空ではギャアギャアと鳥が舞い、時折下りてきてはゴミを漁っていた。
お世辞にも綺麗とは言えない町だがそれでも育ててもらった町だ。
この町で育ったものはこの町で最期を迎えるという。ならばきっと自分も最期はあの鳥に貪り食らわれでもするのだろう。
まるで天を衝く柱のような本部ビルに入り、エレベーターで目的のフロアにつくとすでに部屋の中は構成員で溢れていた。
なるべく集団から離れて部屋の隅に突っ立っていると、暗闇の広がるような壁の一部が開いて巨躯が出現した。
威厳たっぷりに革張りのソファに体を沈めた人物は白兎の頭を持っていた。
赤いので目が血走ってるかどうかはわからないが、怒りを全身から迸らせながら男はどすの聞いた声を上げた。
「娘が、かぐやが失踪した」
背後のモニターに、女性の顔が映し出される。
親に似ず、かわいらしい人間型の顔立ちの少女だ。
年齢は17歳。なるほどと悟られぬよう心の内でうなづいだ。
「2日前、ワシに出かけてくると一言メッセージがあった。それ以来帰ってこん。今どこにいると聞いたが友達といるから探さなくていいと返って来てそれ以降連絡がとれんようになっておる。由々しき事態や」
聞いている構成員たちの見えないため息が感じられた。
「敵対組織にでも捕まったかもしれん。そんなナメた真似するど阿呆共は然るべき処置がいる。容赦すな」
バン、と肘掛けを叩くと背後に掲げられた「ナメられたら殺す」と書かれた一枚板の看板がガタガタと揺れた。
それを眺めながらぼんやりと思う。
これは早とちりでもして暴走するやつを止めるのが最重要任務だなと。
所属する超次元指定暴力団因幡組はかなりの勢力を持った組織である。
よほどの命知らずでもない限り無用な手出しなどされない。
しかし無駄に忠誠心の高い奴が暴走して手を出したら相手も黙ってはいられないだろう。それが暴力団というものの面子である。
全面抗争は避けねばならない。
厄介だと思いながら葉月は早く煙草が吸いたいと思った。
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