第36話 第4章 少女冒険者 嵐の前の恋と戦いと11

「……」

 ゼップさんギルドマスターはしばしの沈黙の後、頷いた。

「分かった。受け入れよう。だが、もう一つだけ聞きたい。ファーレンハイト商会が契約している傭兵はどうしてそんなに格安なのか? 普通はギルドの依頼よりかなり高くつくはずだろう」


「ああ。それは」


「?」


「ベルリヒンゲン団と契約したからだ」


「ベルリヒンゲン団だとっ!」

 ゼップさんギルドマスターは私たちがビックリするような大声を出した。

「『盗賊兵士』だろうっ! あいつらはっ! あまりの所業のひどさに王軍が直々に討伐して、潰滅したはずだっ!」


「ああ。そのとおりだ」

 それに対し、トマスさんの受け答えは冷静なままだ。

「だが、残党がかなりいる。そいつらが再結集したんだ」


「!」


「より性質タチが悪いのは、以前と違って統率するリーダーがいない。どいつもこいつもてめえの欲望に忠実なだけだ。門番や護衛を請け負った奴は『袖の下』をせびるのが当然になっちまった。集団としての規律は本当に緩いが、それすらも嫌な奴らはノルデイッヒこの町の周りで野盗になった」


 何てことなの。おばあちゃんが守ってきたノルデイッヒこの町はおばあちゃんが病でせただけで、ここまでひどくなっちゃたの。


 私は言葉を失ってしまった。ゼップさんギルドマスターはそんな私を悲しそうな目で一瞥すると、最後の質問をした。

「どうして…… どうして、ファーレンハイト商会はベルリヒンゲン団あんな奴らと契約したんだ?」


「…… 安いからだ。ベルリヒンゲン団の残党はとにかく食っていかなければならなかった。だから、ファーレンハイト商会の提示する条件の劣悪な契約を受け入れた……」


 場全体がシンと静まり返った。


 ◇◇◇


 しばしの時間を経て、ゼップさんギルドマスターが重い口を開いた。

「…… 分かった。だが、この問題はでか過ぎる。わしとトマスだけでなく、オーベルタールとファスビンダーのギルドとも協議が必要だろう。更にカロッテ村の村長むらおさの協力もほしいところだ。そこまでやっても事態の改善には相当の時間を要しそうだが……」


 みんな、しきりに頷いている。そんな中、クルト君は目を閉じて、腕組をして、何か考えているようだった。


 トマスさんはもう一度ゼップさんギルドマスターに頭を下げると言った。

「お前さん方、明日にはロスハイムに帰るのだろう? その時はノルデイッヒうちの若いのも連れて行ってくれないか?」

 

 ええーっ 後ろで聞いていたノルデイッヒのギルドメンバーから驚きの声が上がる。それはそうだよ。あまりに急な話だ。


 トマスさんはそんなギルドメンバーを一喝する。

「馬鹿野郎っ! おまえらの実力でノルデイッヒここの周りにたむろしている性質たちの悪い野盗どもに勝てるとでも思ってんのかっ! こちらの方々はなっ! としこそはおまえらとそう変わらないが、十年後にはこの地方最強のパーティーになると言われてるんだよ。よく勉強させてもらってこいっ!」


 だが、そう言うトマスさんのまなじりには少しだけ涙がにじんでいた。


 ◇◇◇


 その晩はトマスさんの家で私たちパーティーに加え、ノルデイッヒのギルドメンバーとの「お別れ夕食会」が開かれた。


 六人いた女の子たちはみんな泣き出してしまっていた。そんな彼女たちをアンナさんは優しく励ます。

「何、泣いてんだいっ! これが今生の別れって訳でもないだろうっ! 元気にして頑張ってれば、また、会えるさっ!」


 その言葉に女の子たちはまた泣き出す。アンナさん、慕われていたんだなあ。


 さすがに男の子たちは泣いてはいないが、みんな、神妙な顔つきだ。緊張もしているのだろう。


「なあ、トマスよ」

 仲良く並んでちびりちびり飲んでいたゼップさんギルドマスターは隣のトマスさんに語りかける。


「何だ?」


「もういっそ、ノルデイッヒここのギルドを閉鎖して、トマスおまえさんとアンナさんもロスハイムうちのギルドに来ねえか? トマスおまえさんたちなら大歓迎だぜ」


「ふんっ」

 トマスさんは鼻を鳴らした。

「じゃあ言わせてもらうが、わしとゼップおまえさんの立場が逆だったらどうなんだ? ゼップおまえさんはやはりわしに若いもんを引き取ってくれと頼むだろうが、てめえはロスハイムを離れたか?」


「…… 悪かった。わしでも離れねえだろうな」


「ははは。分かってくれてありがとよ。実はよアンナ女房だけはロスハイムそっちに行かせようとも考えたんだがな……」


「ほう」


「『そんなことになったら、あたしは爆弾抱えてファーレンハイト商会の傭兵詰所に殴り込みをかける』だとさ」


「すげえな」


「ああ、すげえ。だが、おまえのとこの女房も同じようなこと言うんじゃねえのか?」


「ちげえねえ」


 お二人は肩を叩いて笑い合った。


 それをきっかけに場は砕け始め、ノルデイッヒのギルドメンバーは思い出話を語り始めた。


 私たちメンバーはその話に聞き入っていた。


 ◇◇◇


 翌朝出立前に、私たちはノルデイッヒのギルドに立ち寄った。


 アンナさんがこう言ったからだ。

「もうこれで、ノルデイッヒうちのギルドは実質休業になる。悪いけど在庫品を買って行ってもらえないかい」


 かくて、私たちパーティーメンバーは以下のものを買うことになった。


 カール君とヨハン君は新品のスピア


 パウラちゃんは「ターンアンデッド」の「魔法マジック」。


 私はカトリナちゃんが使っていて、自分も欲しくてたまらなかった「混乱コンフュージョン」の「魔法マジック」。


 そして、カトリナちゃんは初めての中級魔法マジックメガ火炎ファイヤ」。


 クルト君も初めての中級魔法マジックメガ治癒キュア」だ。


 これが何と全て、アンナさん曰く「タダって訳にもいかないから、通常の半額でいいよ」とのこと。


 破格の値引きだ。でも、特に中級魔法マジックは高い。多分、手持ちのお金では足りない。


「立て替えといてやる」

 ゼップさんギルドマスターの一言。やったー。

「ツケはキッチリ払ってもらうからな」


 へいへい。また、借金返済のためのクエスト受注ですね。まあ、憧れの「魔法マジック」が半額で手に入ったのでよしとしましょう。


 そして、トマスさんは言った。

「最後までしんみりした別れは性に合わねえ。最後は笑っていくぞ。わあっはっはっは」


「わあっはっはっは」

 みんな唱和した。だけど、みんな、まなじりの小さな涙は隠しようがなかった。

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