第34話 第4章 少女冒険者 嵐の前の恋と戦いと9

 その言葉を受け、ゼップさんギルドマスターの表情も真剣になる。

「そこまでか。今のノルデイッヒここは?」


「ああ。うちの若い衆わけえしも出来るだけ借家を引き払って、ここの二階に入ってもらってる。良ければ隣にあるわしの家に来ねえか? 女房も若い兄ちゃん姉ちゃんが来てくれれば大喜びさね」


「分かった。ありがたく世話になるよ。みんなもそれでいいか?」


「はいっ」

 みんなと一緒に元気よく返事をしたが、私の心は複雑だった。ノルデイッヒこの町は…… おばあちゃんのいたノルデイッヒこの町は…… どうなってしまったのだろう……


 ふと見ると、クルト君も複雑な表情をしている。私の心を察してくれているのだろうか……


 ◇◇◇


 トマスさんの奥さんアンナさんは肝っ玉母さんという感じの人だった。


 食べきれないほどの料理を並べて待っていてくれた。


 トマスさんはあきれ顔。

「こんなに作って、もし、うちに泊まってくれなかったら、どうするつもりだったんだ?」


「ふん」

 アンナさんは堂々としたものだ。

「その時は無理矢理引っ張ってでも連れてくるつもりだったよ」


 更に両腕を広げると、

「さあ、食えっ! それ、食えっ! どんどん食えっ! 足りなきゃどんどん作って持ってくるからね」


 みんな唖然あぜんとしているが、アンナさんは構わず続ける。

「おおっと、じじいどもは酒がいいよね。持ってくるからどんどん飲みなっ!」


「あ、いや、アンナさん、酒はありがたいのだが……」

 ゼップさんギルドマスターが話をさえぎる。


「なんだい。ゼップさん」


「酔っ払う前に言っておきたいことがある。トマスも聞いてくれ」


「何だ? あらたまって?」


 ゼップさんギルドマスターは私の腕を引っ張った。

「すまん。デリア。ちょっと来てくれ」


 え? え? 何を?


 ゼップさんギルドマスターは私を指すと言った。

「この娘はデリア。ロスハイムうちのギルドの受付嬢兼冒険者だ。正式な名前は『デリア・ファーレンハイト』」


 トマスさんとアンナさんの表情が一気に硬くなる。

「ファーレンハイト? ファーレンハイト商会の娘か?」


「そうだ」


 ◇◇◇


「ふっ、ノルデイッヒのギルドうち不倶戴天ふぐたいてんの敵ファーレンハイト商会の娘だってかいっ!」

 アンナさんの口調はとてもきつい。


 な、なんでまたこのタイミングでそんな話をするんですか? ゼップさんギルドマスターッ!


「そんな奴に食わせる飯はないねえっ!」


 あわわわ、私一人がこの家から追い出されたらどうするんですか? ゼップさんギルドマスターッ!


 ◇◇◇


「……とでも言うかと思ったかい?」


 へ?


「舐めてもらっちゃあ困る。こちとら何十年、この仕事やってると思ってるんだいっ! え? ベルタさん恩人の秘蔵っ子の孫娘ちゃんよ」


 ベルタさんって、おばあちゃん? おばあちゃんが恩人? 


「まあ、深刻な話はいやでも明日するんだろうし、今日は楽しく飲み食いしようや。そら、みんな食べろっ! じじいどもは飲めっ!」


「おうよっ! 飲まないでかっ!」

 トマスさんが先陣を切った。


「いただきまーす」

 若い人たちの中で最初に食べ始めたのはクルト君だ。

「うん。美味しい。みんなも食べなよ」


 そう言ってもらえると他の子も食べやすい。それに、食べ盛りの子たちだ。


「いただきまーす」

「いただきまーす」


 みんな、夢中になって食べる食べる。もちろん、私もだ。


 でも、私は見てしまった。部屋の片隅で、ゼップさんギルドマスターがそっと給仕をするアンナさんに頭を下げているのを…… きっと、私のことでお礼を言ってくれているだろうなあ。


 などと思っていると、何とクルト君と目が合った。珍しい。いつもは目を逸らすくせに。


「デリア。気持ちは分かるけど、ここはゼップさんギルドマスターの好意に甘えよう。見なかったことにして」


 恋愛関係はこちらが苛立つほど鈍いのに、こういうことは鋭いよ。ふふ。まあ、いいけどね。


 ◇◇◇

 

お腹一杯食べた私たちパーティーメンバーは全員倒れるように眠り込んだ。


 大酒飲んだゼップさんギルドマスターとトマスさんも倒れるように眠り込んだ。


 アンナさんも片付けなんかゆっくりやればいいんだよと言って寝てしまった。


 翌朝、早起きした私はカトリナちゃんに出くわした。あ、パウラちゃんもいる。さすが、女の子たちは違うと思ってたら、何とクルト君にカール君、ヨハン君の男の子三人組も起きて来ていた。


 みんなで頷き合うと、昨晩のお片づけを始めた。カトリナちゃんやパウラちゃんとおしゃべりしながらお皿を洗うのは楽しい。男の子たちは部屋の拭き掃除や掃き掃除をしている。


 そこに寝ぼけ眼のアンナさん登場。

「あれっ? 何やってんだい、あんたたち、そんなことは私がやるんだからまだ寝てな」


「いえ」

 私は笑顔で言った。

「私たちがやりたいからやってるんです。やらせてください」


 カトリナちゃんとパウラちゃんも笑顔で頷く。


「まったく……」

 アンナさんが言う。

「こんないい娘に育ってくれちゃあ、天国のベルタさんも一安心だろうね」


「あ」

 私は思い出した。

「おばあちゃん、亡くなっちゃったんですね。私は死に目に会えなかったけど」


「ああ、眠るように亡くなったそうだよ。苦しまずに逝けたようだ」


「そう。良かった」


「ただねえ、ベルタさんが亡くなった後のファーレンハイト商会が…… おっと、こいつあ、後で亭主が話すことだ。ごめんよ」


「はい……」

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