第22話 第3章 少年冒険者の戦闘、告白、そして、これから3

 族長チーフテンゴブリンの返り血を浴びて、デリアは呆然として、膝をついてしまった。


「デリア。ごめんね。ちょっとだけ待ってて」

 

 すぐにでもデリアに「治癒キュア」をかけてあげたかったが、ここは我慢。同じ失敗を繰り返す訳にはいかない。


 僕は両足を踏ん張り、倒れた族長チーフテンゴブリンからスピアを抜く。


 それから、さっきから倒れたままの他の四匹のゴブリンのところに向かう。氷はすっかり溶けているようだ。


 僕は慎重に一匹ずつスピアで他の四匹のゴブリンの心臓を貫いていく。他の四匹はデリアの「冷凍アイス」で既に絶命していたらしく、ピクリとも動かなかった。


 ここで気を抜いたら、今までの努力が台無しだ。僕は五感の感覚を研ぎ澄まし、周囲の状況を観察する。


 確認一回目「異常なし」。


 確認二回目「異常なし」。


 確認三回目「異常なし」。


 よし、いいだろう。僕は全力疾走でデリアに駆け寄る。

「ごめんね。デリア。待たせて」「治癒キュア」「治癒キュア」「治癒キュア」。


 デリアはゆっくりと立ち上がる。

「クルト君…… クルト君は大丈夫なんですか?」


 僕は頑張って笑顔を作る。

「大丈夫。ごめん。今回はちょっと油断して、デリアにも大変な思いさせちゃったね」


「そんな。むしろ、クルト君を守れて、嬉し…… ふっ ふっ ふあ~」


 安心して気が抜けたのだろう。デリアは眠そうだ。


「もう陽も暮れてきたし、ゴブリンが隠れ家にしていたあの廃屋で休ませてもらおう。古そうだけど、屋根があるだけマシだと思うよ」


「ん……」


 デリアは本当に眠そうだ。


 ◇◇◇


 ゴブリンが隠れ家にしていた廃屋は、確かに屋根はあったが、真ん中に大穴が開いていた。


 しかし、大穴を開けたのはデリアの「雷光サンダー」なんだから、これはどうしようもない。


 デリアはぐっすりと眠っている。僕はその横で火をき、水筒の水を飲みながら、糧食を食べた。


 屋根の大穴から見える夜の空は晴天だ。満点の星が瞬いている。あっ! これはっ!


 ハンスさんの言ってたあれじゃないかっ! 「野営の星空の下」「多少苦戦した戦いで、二人が力を合わせて、敵を倒した後」!


 だけど、緊張の解けたデリアはぐっすり眠っているし、今回の苦戦の原因は僕が確認ミスを怠り、族長チーフテンゴブリンの死んだふりに引っかかったからだ。


 これを告白の機会とするのは、僕自身が納得がいかない。


「はあ~あ」

 僕は大きな溜息を吐いた。


「やっぱり、こんなんじゃあ駄目だよな。もっとしっかりした状態でデリアに告白しないと……」

 思わず独り言の愚痴も出る。


「いえ。私は今の状態で聞きたいです。クルト君の告白」


 ◇◇◇


「えっ?」

 驚いて思わずデリアの顔を見ると、満面の笑顔。

「デリアッ、起きてたの?」


 デリアは笑顔のままむっくり起き上がる。

「ちょっと前から起きてました」


 僕はドギマギし始めた。

「むっ、無理しないで。もっ、もっと、寝てていいのに……」


 デリアは一転真面目な顔になる。

「そうは行きません。私はもう昔のようにクルト君に守ってもらう立場じゃないんですっ! パーティーの仲間なんだから、夜の見張りも交代でやるんですっ!」


「そ、そう」

 僕はデリアの勢いに圧倒された。


「そんなことよりっ!」

 デリアは僕の方に向き直り、顔を近づけて来た。

「私は、クルト君の『告白』を聞きたいのですっ!」


 やっ、ややや、やばっ、トリップしそう……


 バンッ


 デリアに背中を叩かれた。わあ。


「トリップしそうになったら、私が呼び戻しますっ! さあっ! 続きをっ!」


 ◇◇◇


「ぼっ、ぼぼぼ、ぼくはっ」

「はい」

「デッ、デデデデ、デリアがっ」

「はい」

「す……」

 駄目だ。トリップする……


 バンッ


 わあっ、また背中を叩かれた。


「完全に聞けるまで、何度でも呼び戻しますよー」


 ◇◇◇


「ぼっ、ぼぼぼ、ぼくはっ、デッ、デデデデ、デリアがっ、す……き……」

 あ あ あ トリップする……


 バンッ


 何かだんだん叩く力強くなってない?


 ◇◇◇


「ぼっ、ぼぼぼ、ぼくはっ、デッ、デデデデ、デリアがっ、す……き……です……」 


 ようやく僕が全部を言い終えると、デリアは僕の目をジッと見据えたまま動かなくなった。


 やっ、やめっ、緊張するよ。また、トリップする……


 ◇◇◇


 ガバッ


 デリアは僕に抱きついた。僕は硬直したまま、トリップした。

「クルト君。やっと言ってくれましたね。全く待たせるんだから。クラーラさんも言ってましたよ。あんなとこまでグスタフさん師匠に似なくていいんだってね」


 僕はトリップしたままだ。


「いいんですよ。トリップしたまま寝ちゃってください。星の位置からすると、今はちょうど真夜中です。ちょうど夜の見張りの交代の時間ですよ」


 何だか気が遠くなっていく……


「うふふ。おやすみなさい」


 ◇◇◇


 翌朝は陽光で目が覚めた。


「あ、起きましたか?」

 僕の顔をデリアが覗き込む。それも笑顔で。やばいって。


「トリップしないで下さい。はい。お水」

 デリアは僕に水筒を渡してくれる。ふう。少し落ち着いた。


 僕は思い切って言ってみた。

「あ、あの。デリア」


「はい」

 デリアは笑顔で答えてくれる。


「そっ、その…… 討伐クエストはもう達成されたよね。報告期限は三日後だから、まだ、日程に余裕はある。きょ、今日はこの廃屋で休養がてら、すっ、少し話さないか」


「はい。私もクルト君といろいろお話したいなと思ってたんです。気が合いますね。うふふ」


 うーん。トリップしないように。トリップしないように。


 


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