第17話 六波羅舞美々の手の上で

 六波羅舞美々は魔術師として如何なる人物か。

 六蔵と璃子が把握していることは


・腕利きの死霊術師ネクロマンサーであること


・戦闘向きの術者であること


・人の寿命を超え生きていること


 主にこの3点。

 どの派閥にも属さぬはみ出し者として、彼女は魔術師界隈で名が通る。ならば敵も相応に多いはずが、術の情報はいたって少なく、戦闘面に関してはほぼ出回らない。


 それなりに経験を重ねた術者なら手の内の秘匿など当然のことだが、ここまで徹底されたなら、結論は1つ。


 手の内を見た者は皆死んでいるという事。


◆◆◆◆


 ——9日目、20:16


 とりあえず対象を閉じ込め、思念で意思疎通を果たす『場』の最低限の機能は取り戻した。


 この中にいるのは六蔵の他、璃子、気絶した標的沙耶香に加え、六波羅舞美々。


 このニヤつく女に交渉の手は、はなから無い。

 この場に余裕たっぷりで来た事実と事前情報に基づく精神性の破綻ぶりがその可能性を潰す。

 そして後顧の憂いを断つ為か、こちらを仕留める気満々の様で……


 そしてここで1つ、六蔵は思考と並列して『場』を調べる中、最悪の情報を得た。

 それは先程、後藤沙耶香が『耨歹・咬邵廟』に残した破壊の痕が深刻という事。

 舘脇の魔術は 型通り策がハマれば無類の強さを誇り、不測の事態に弱い二面性。

 『分析』を経て正攻法で壊されたらまだ良かったが、それをあんなふうにされては……


(しかし……)


 漁夫の利を攫いに来たこの女は完全な『耨歹・咬邵廟ぬがつ・こうしょうびょう』、受肉した悪魔で畳み掛けたい。

 得体が知れないから保険はかけておきたい。


—— 一息


 これより先は敵の性質が分からないまま綱渡りを敢行する。

 だが、ここにある唯一の勝機……いや、希望的観測。


 それは物理攻撃に頼る相手は璃子には御し易い相手であること。

 アンデッドにしろ、先の肉の肥大化による攻撃にしろその点では変わりがない。

 むしろ先の標的より容易いぐらいだ。


 そして時間を稼がせ『耨歹・咬邵廟ぬがつ・こうしょうびょう』の修復を済ます。


——修復はすぐに終わらせる


 それができると判断する才覚と経験が六蔵にはあった。


——この思考を璃子も共有


 整った。


 だから間を置かず詰めにかかる璃子。

 スーツケースを開く暇は与えない。


 肥大した片腕は沙耶香を抑えたまま、虎視眈々と、六波羅舞美々はまず璃子の動きを眺め、まるで隙が無い事に気付いてフリーの左腕をすぐさま璃子へと伸ばす。

 

 砲撃に似た速さで——


 太く、長く伸びた大蛇に似て形成を逐次繰り返し、床スレスレ這う璃子を捉えようとし、掠りもしない。


 璃子の速度は落ちず、のみならず使い慣れた一刀は迫る腕へ切り込ませ、鰻を切る手捌きに似て鮮やか。


 瞬く間の至近へ、それは鋼鉄すら両断する璃子の剣技の即死圏内。狙いは眼孔。


——再生する敵は厄介


 その知識の元、肉を形成し再生することを見越し脳を突き意識を奪う必要性からその手を選び眼球とその奥の脳へ切先の突き刺さる感触を覚え、


嘿嘿嘿嘿ふへへへ……」


 人形じみて整った顔が笑い、急ではあるが六波羅舞美々は、破裂。


 その肉、余さず全てが破砕、周囲へ血肉と骨を撒き散らす。

 それに触れてはならぬと勘が囁き、寸前でその射程から逃れた璃子。

 足元に広がる血肉の池。

 見た目のグロテスク、破裂の威力以上に魔術的な意味で碌ではない。


「自爆……」


 遠くで押さえ付けられた標的沙耶香が支えを失い床に落ちる音を聞き、それを気にすることなく、床に残骸のまま残った六波羅舞美々を璃子は警戒。


 なるべく距離を取ろうと、


——足が動かない


「え、」


 血だ。

 凝固した血があり得ないほど粘度と強度を保ち、璃子をその場へ止め置く。


「っ!」


 肉体をここまで崩し生きられる魔術師は聞いたことがない。

 だが、その散らばる肉が集まり、璃子を囲み壁状に迫り出し覆ってゆく、さながら肉の牢獄をなしてゆく。


 それはドーム状に直上まで光を閉ざそうと——一部をすかさず切り取り固着した靴を脱ぎ、飛び出す璃子は、転がることなくその外へ。

 焦る事なく呼吸は乱さず、


「生捕は無理かぁ……」


 一声。

 ちょうど目の前、六波羅舞美々の所持品たるスーツケースのその場所に、今は倒れ、開き、そこに収まっていた中身が立ち上がる。


 それもまた、六波羅舞美々だった。


「あの身体じゃ無理だね」


 今、璃子の背後にある肉壁も六波羅舞美々の気配、目の前の地雷系ファションの女も六波羅舞美々。


 同一人物が増えた認識は、璃子よりむしろ六蔵の方が第六感により確信を持つ。


「あなた……」


 璃子が問おうとして言葉が続かず、それを悦に浸る目で眺め、


「じゃ、そろそろ本気でお相手しましょうか」


 六波羅舞美々が言い放つ。


——9日目、20:17


◆◆◆◆


——璃子が死ぬまでに起こったことを話そう


 背後から迫る、その肉壁が触手のようにヌラヌラと、粘液と血の滴るその腕を高速で射出したそれを、目で捉えることなく璃子は紙一重の機微でかわす。


「いいね、いいねっ、ふふふっ」


 肉壁を背に躱しながら一直線に迫る璃子に、しかし、何が面白いのか笑う六波羅舞美々人の形を保った方

 拍手する余裕すら……


 それが不気味で強がりに見えず、先に背後の肉を片付けるべきかと思考を傾げかしげ始めた璃子を単純にして、物理的ではあるが効果的な手が襲う。


 触手が、背後から璃子の頭、両脇を掠めた瞬間——しかし躱されると織り込んだ動き——触手は丁度彼女の両耳スレスレにあてがう様に口を形成、それが大きく開いて、


「RAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaahhhhh!!!!!!!!!!!!!!!!」


 絶叫、と表現するのが生易しいシャウト。

 人の可聴域ギリギリの高音にして、間近で立てるサイレンの音を聞く以上の不快は璃子の鼓膜を容易く破いた。


「いっぃ!」


 人のどう足掻いても鍛え切れぬ箇所を突いてきた。


「やっぱり、人間ってのはどうしようもなく脆いなぁ!」


 その声を璃子が聞くことはない。

 両耳から血を垂れ流して、しかし、超人的身のこなしは突如変化した平衡感覚へ適応を、


——背後から迫る肉壁


 まずそれを


——細かく刻んで、


 足、舞美々の凝固した血が床を這いずり鋭いスパイク状に伸びて、それが素足を切り刻み、


(あ、駄目だコレは……)


 なら、せめて刀の投擲で手傷を負わせに。そう思い、肉壁の対処を一時中断、振り向きざま前を見て——生首が迫っていた。


 具体的には、先まで目の先にいた人型の六波羅舞美々の首が長く伸び、璃子の目前で歪んだ笑みを、


——反射的に鼻から上を切り飛ばし、


 しかし、人間の肉体構造と同等の概念が無いのか、口が肉食動物のように大きく開いて、璃子の喉元を食いちぎりに来て


——間一髪で左手を食い込ませた


 コマ送りの様にその光景はゆっくりで、音の消えた世界、獣に似た鋭利な歯、耳元まで裂けた口が、白い皮膚を、肉を、骨を肘から先を食いちぎってゆく。

 その瞬間、六波羅舞美々の長く伸びた首を璃子は切断。ボテッと落ちて。


——息が、荒い


 それが自分の息だと気付くのに璃子は遅れた。しかし、思考より早く、彼女はどうにかその場からかけずる様に抜け出て距離を取り


——痛いという感覚はアドレナリンのせいか鈍くて……


 ただ肉体の一部の喪失、切り刻まれ最早まともに歩けない足が……


(ああ、もう六蔵様の役には……)


 自分はこれ以上は生きる意味を失うのだ、そういう重さが心に。


——しかし、その瞬間の璃子が六波羅舞美々の追撃を躱せたのはそれが彼女の本質だったからか


 生まれながらの剣士。

 生まれながらの一刀如意いっとうにょいの境地。

 所有されることを望んだ一振りの刀としての彼女。


 そして


——9日目、20:18

——『耨歹・咬邵廟』の修復が完了


 その瞬間、璃子の身体が、エスカレーターの上で修復作業を終えた舘脇六蔵の元へ転移。


「ありゃ?」


 口元から血を垂らし、転がり、上下で分かれたままの生首の六波羅舞美々、それらが全く興味の外であった六蔵に初めて注目を注ぎ、


「ああ、そういう……」


 口の部分だけがボソリと呟いた。

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