第9話 舘脇六蔵/六波羅舞美々

 盧乃木沙耶香ののぎ さやかという1人の『処刑人』を殺し、『ケイン・レッシュ・マ』を奪い取るその計画は、実のところ1年という短期間で綿密かつスピーディーに進められてきた。


 その大詰めとして、他の派閥の息がかからず、盧乃木沙耶香を凌駕しうる刺客の招集が始められたのは咎人狩りの始まる3ヶ月前。


 声をかけられたのは3者。

 その3者が皆その招集を承諾した理由は、報酬が非常に彼らの望みに則していたのみならず、話が行った時期にしろ、話の持って行き方にしろ、その全てが、各々心のツボを突く適切さゆえ。


 その辺りの心の隙間へ取り入るやり方は盧乃木徳人ののぎ のりひと天賦てんぷの才と言えた。


◆◆◆◆


——咎人狩りの行われる3ヶ月前


「やあ、璃子りこ


 朗らかな笑みを浮かべた青年。

 紺の着流しは、洋服に慣れた現代人からみれば堅苦しい代物だが、首がほっそり長い割にタッパがあり、見事着こなしていた。


「ろ、六蔵ろくぞう様……」


 対し、璃子りこと呼ばれた女性。

 青年より多少若く、まだ幼さを残す彼女もまた和装。

 ただ、その上に割烹着かっぽうぎを着ているので、青年のようなカジュアルさは欠片もない。

 ただ、顔が小さく、小動物のような愛らしさはある。


 そして恭しくうやうやしく礼をして脇に避けようとする彼女。

 場所はある日本家屋、その坪数は豪邸のそれであり、ここいらでは有名な資産家の家。

 その丁度庭に面した縁側で、すれ違った2人。

 枯山水の寂寥せきりょうとした空気がそうさせるのか、そこだけ世界から隔絶して見えた。


「避けなくて良いよ。今は璃子に話があるんだから」


「は、はぁ、何でしょうか?」


 璃子はオドオドした風が抜けない。

 これは、第一に2人の立場がそうさせる。

 かたや六蔵は魔術師の家々の中でも相当の格と歴史を持つ舘脇たてわき家当主が息子の1人。

 その名が示す通り、彼は現当主舘脇 宜嗣たてわき のりつぐの6人目の子であり、その魔術の才から一時は次期当主へ、との声も上がったほどだ。

 兄達の中で、これと同等の才覚は次男の源次のみが備え、今となってはこの源次が次期当主と決まっているので、六蔵としては気楽な物。


 加えて天性の人たらしの気質から、互い同士では険悪な兄達とも、のらりくらり、上手くやっている。


 そんな彼が当主である父に呼ばれたのが、つい2時間前。


「いや、咎人狩りが近々行われるらしくてね。どうも主催者から討ち手として参加しないか打診が来てるらしい。んで、次期当主内定済みの源次兄さん出すわけにいかないし、他の兄貴じゃ力不足。だから、俺にお鉢が回ったわけ」


「……なるほどそんなことが……」


 璃子はとりあえず話の内容に納得した。 

 戦後の魔術師が二分された時代に、遅れ『革新派』に参入した舘脇たてわき家は今の魔術師社会で少々肩身が狭い。

 それを踏まえてのことだろう。

 だが、肝心な事が璃子りこは聞けてない。


 いち使用人に過ぎぬ彼女になぜそんな話をするのか、ということが。

 今は話の最中で抜けるわけにいかないが、これから彼女は夕餉ゆうげの準備を進めなくてはならぬ。

 魔術師の家では珍しくないが、この家に電化製品と呼べるものは一切無く、電気すら引かない徹底ぶり。

 その有様を六蔵は璃子りこの前で「馬鹿だねー」とこぼすことがあり、しかし、舘脇たてわきという権威に怯える璃子りこはいつもヒヤヒヤしている。


「その、それで、その話をなぜわたくしに?」


「そりゃ、もちろん。君にも一緒に来て欲しいから」


 六蔵は吸い込まれるような眼で見つめた。

 これこそが彼の人たらしたる由縁かもしれぬ。だが璃子りこは続け、問う。


「……それは、どうしてですか?」


「どうしてって……だってまだ修練は欠かしてないんだろ?」


 その言葉を聞いて璃子りこは幼き日の苦い思い出を想起。

 あれこそまさに若気の至り。

 当時の、権威や権力というものをまるで知らなかった幼さゆえの過ち。


 その過ちゆえ璃子りこの今の立場や針の筵のような日々があり、その過ち故に彼女が唯一自身の天稟てんぴんと自覚し、何より嫌悪する剣の道へ進まざるを得なくなった。


 だが、その天稟てんぴんを今、六蔵に求められている。

 いの一番に口添えし、当時自分の命を救ってくれた六蔵に。


「それは、そう命じていただければ……」


「命の危険はあるから、自分で決めて欲しいかな」


 ここで六蔵の魂胆を話そう。

 そもそもだが、璃子を護衛に引き連れ咎人とがびと狩りに臨む事は当主、舘脇宜嗣たてわき のりつぐの決定として動かない。


 当主曰くいわく


「余す所なくあの女を使え」


 との言葉。


 舘脇たてわき家は魔術師らしい魔術師の家系。

 だから『外象魔術』のノウハウではいかなる家にも引けを取らぬと自負するが、一瞬を争う攻防に弱い性質。

 それを実践としての武術でカバーするのがこの家の特色だが、しかし魔術行使する最中はどうしても隙を生む。

 であるなら、優秀で使い捨ての効く護衛を付けるべきと、当主、宜嗣のりつぐの考え。

 無論、使い道はそれだけでは無い。


 そして、ここに璃子りこの意が入り込む余地はなかった。


 それでも六蔵が璃子りこの意思を尊重する風を装うのは、彼女が必ず自分に付いてくるという確信故。

 六蔵は生まれながらこういう側面がある。

 人を弄ぶもてあそぶ気質とでも言おうか。


 そんな六蔵の意思を璃子は汲み取ってか、まるで気づかないのか知れぬが、自分がただ誰かに求められたことに心の内で喜びを覚え、


「付いていきます。微力ながらお供させてください」


 と、口をつく。

 その口調、まなこに普段のオドオドした風は見られず、六蔵は満足げに頷いた。


◆◆◆◆

 

——同じく咎人狩りの行われる3ヶ月前


 六波羅 舞美々ろくはら まみみは筋金入りの死霊術師ネクロマンサーだ。


 こうやって名乗り上げると大概、霊を扱った諜報戦ちょうほうせんや口寄せ、降霊による情報収集と、謀略向きの魔術師としてイメージを持たれがちだが、六波羅舞美々ろくはら まみみはその逆を行く。


 謀略向きのあれこれが出来ないわけではないが好まない。そして荒事にちょうがある。

 そんな一風変わった魔術師。


 そんな彼女の住まう拠点は中東の、ある市街地。いや、街として風体を保っているかは怪しい。

 宗教的な解釈、民族問題、単なる貧困などあらゆる負の連鎖で紛争に見舞われたこの街は、今、人っ子1人見当たらない。

 しかし銃撃戦の跡は綺麗さっぱり補修され、綺麗そのもの。

 人の痕跡を僅かに忍ばすコンクリートジャングル。


 ただ、この街における明白な事実は、これが六波羅舞美々ろくはら まみみの所有物であるという事。

 彼女が諸々の交渉の末、実質的にそうなるよう話を付けた。

 しかし、それがまかり通るほどこの地域の治安が良いわけは無い。

 その為、彼女は己の拠点を様々な手で隠蔽いんぺいしており、それでも人が入り込むことあらば、それは六波羅舞美々ろくはら まみみがそのように仕組んだまで。

 この街は彼女の掌の上と言い換えて良い。


 そんな彼女は今、この街の東側。元はスラムを形成した地区の雑居ビルを根城としている。


 その3階。

 蛍光灯が点滅を繰り返し、血の匂いでむせ返るコンクリート剥き出しの部屋。

 元はクリニックとして使われていたため古いながら医療機器が一揃いする点、そして元は闇医者でもやってたのか、冷蔵庫に臓器のストックが残っていた点で六波羅舞美々ろくはら まみみはこの部屋を愛用する。


「あーイライラする、イライラするなぁ。もう。めんどくさい。大事なことは何でめんどくさいのか。ものすごくストレスフル……」


 部屋の中心の事務机へ鎮座する何か。

 それを両手で弄りながらぶつぶつ呟く女。 


 それが六波羅 舞美々ろくはら まみみ


——いや、女か?


 とにかく性別の見分け辛い容姿をしていた。

 例えばガタイの良さや、髭など男性らしい特徴は皆目無く、撫で肩で全体的に線が細い。

 では、女性的かと言えば、顔は一面真っ白な雪のようで、中性的。

 身体つきもどこがとは言わないが、ストンとストレート。

 髪はパツッと切った姫カットで黒髪だが、インナーカラーで赤を入れアクセント。

 だが、何より特徴的なのは羽織ってる白衣より覗く手足の肌がややまだら模様っぽくなってることか。


「ああ、めんどくさいめんどくさい」


 例えるなら違う人間の皮膚を癒着させ馴染ませたパッチワーク。

 それらがこの人間の見た目。

 しかし、生殖器の都合から、今、この時だけは、この魔術師を彼女と呼ぶことにする。

 

 そんな風に彼女がぶつくさ呟く部屋へ生首が扉を開け来訪した。


 比喩では無い。


 扉をギギっと押し開けたのは、手首が2本、その生首の根本から左右対称に生え、それを普段はアシカのようにペタペタ、時には指の一本一本を昆虫の足のように使いカサカサ移動する異形の生首。


「今忙しいから入るなって言ったよね」


 ソレを目のクマのせいで一層迫力増す眼力で睨み付ける舞美々。


 正面から受け止め、少し萎縮した表情の生首は、顔付きが彫りの深いイケメンという事実が返って笑いを誘うと創造主たる舞美々は語る。

 だが、それでも言わねばならぬと判断したのか


「1つ、お耳に入れていただきたいことがありまして」


 よく通る声で言った。

 舞美々がペトルスと名付けたそいつがそこまでいうなら、余程のことと考え直し、やりかけの作業を放り、白衣脱ぎ捨てペトルスと部屋を出る。


 彼女は白衣の他に何も身に付けていなかったので、今、全裸だ。


 そして、先まで舞美々が向き合っていた机の上には、頭頂部の頭蓋骨を切り開き、脳味噌が露出する生首が残され、舞美々の背中と扉の閉まる様をビクビク淀んだ瞳で眺めていた。


 そして廊下を渡り、階段を下ろうとしたあたりで


「話って?」


 皮膚が剥き出しの六波羅舞美々がペトルスに尋ねる。寝不足で不機嫌そう。

 だから、2階のリビングルームで音楽でも聴きながらついでに聞こうと彼女は思ったのだが、気が変わった様で歩きながら話す。


「咎人狩りが行われます。参加して欲しいそうです」


「……私に?」


 それは何の冗談だ、と舞美々は思う。

 『革新派』と名乗っておきながら、支配者が変わっただけでそれほど新鮮なことをしなかった魔術師連中に嫌気が差し距離を取った自分に、咎人狩りの討ち手なんて、権威の象徴みたいな真似させるとか……


「断る」


「分かりました。では、正式な要請の書類と、報酬について、一応その詳細を……

「さっさと出して」」


 食い気味に言う。

 すると、これはどういうことか。

 ペトルスがその口をガパッと開けて、やや丸まってるが、折れ曲がってない角2サイズの茶封筒が押し出てくるではないか。


 明らかにその生首の中にしまえる大きさでないが、舞美々が作った作品は不思議でいっぱいなのだ。

 それこそ魔術ゆえに。


 そして、踊り場で立ち止まり、ひとしきり中身を検め、そしてある項目に目を通し、その瞬間彼女の視線が釘付けになった。

 その頬が裂けそうなほど口角を釣り上げ、


「……くひひっ」


 気色悪い笑みをこぼす。


 そして、


「咎人狩り、やっぱ参加するわ。準備とか任せたからね」


 それだけ言って封筒に中身を押し込み、ペトルスに咥えさせ2階のリビングの、その重い扉へ入室。


 残されたペトルスは、ふと主人の意図を模索した末、階段へ引き返す。

 そして、この3階から2階に降りてくる道すがらだが、実は廊下や階段にいたのは六波羅舞美々ろくはら まみみとペトルスだけでは無い。

 天井を這うように移動する手首、壁に頭を打ちつけ泡を吹く全身ラバースーツの筋肉肥大しすぎの大男、生物と呼んで良いのか判断に困る異形もいた。


 この街で、これらの住人は当たり前にいる物。


 時折り六波羅舞美々はこの街へ人を迷い込ませ躊躇なく殺し、そしてこのような異形の化け物アンデッドに組み換え擬似的な魂を放り込むことがあった。

 六波羅 舞美々ろくはら まみみは趣味と実益を兼ねたアンデッド製作のスペシャリストなのだ。


 多くの魔術師はアンデッドがどれだけ生前の姿を保つかこだわる価値基準に対し、真っ向から反する彼女の作品群はまさにゴシックパンクと呼んで差し支えない。


 極端に趣味は悪いが。

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