第7話 始動
4人の位置を整理する。
車から降りた沙耶香と後藤が隣り合い、その15m先で2人の男。
両勢力、最初はやや様子見に徹する様で互いに眺め合っていたが、しかし、
「お前らが、あれか。例の不老不死?囲ってる連中で間違いねえよな」
見た目通りチンピラ臭い話し方だ。
やや知性に欠けて聞こえた。
だが、それに応えることを沙耶香にしろ後藤にしろすることはない。
もはや、殺し合うしかないのだから。
しかし、返答が無いことにイラつきを匂わせたチンピラは
「なんだよっダンマリかよ。酷くねっ!なあ、
相方に同情を求める。
「そりゃ返答があるわけないでしょ。それに彼と彼女が聞いていた人物で間違い無いです、
礼儀を重んずる話し方。
どうにも見た目通り、ある意味ステレオタイプな性格である
金髪のチンピラが
無論、彼らが呼び合うこの名は『処刑人』としての偽名。そして、この偽名は彼ら2人の魔術の性質から名付けた。
そして突如現れた2人の世界で会話を成す男たちに「なんだこの人たち」と、沙耶香が困惑を始めたあたりで、
「じゃ、やるか」
そう言い放つと同時、
しかし、その抜かれたサーベルが目を引いた。
その刀身が深く金色に輝くために。
(本物?)
疑問を抱いたのは沙耶香。
事実として刀身は純金でできていた。
そして、わざわざ近寄る
彼はグロックをすでに構え、2度、その反動を感じ、
しかし、その時だ。
その当人の眼の前、薄く広がる防護膜へ。
と同時、靴底でブレーキを掛けた彼。
発射された弾丸2発をその金膜の重量と粘りで絡め取り、溶解する熱が
これこそ彼の魔術の真骨頂。
『金』が『流動』する自在性。
付け加えるが
「ははっ!」
得意なことを見せびらかす子供の様に笑みを見せると同時、
さながら弾速の如く長く伸び、それはこの道を全て埋め尽くし膨大で、しかし、黄金そのものの輝き。派手で、
だが、後藤はそれに怯むことなく微動だにせず、沙耶香はむしろ前に出た。
防護膜によって自ら視界を塞ぎ
だが、沙耶香が突き出た棘のうち、特に伸びた一本をその反射神経で見咎め手を焼く熱を感じつ触れた途端。
その全ての輝きが褪せ、灰と化す。
「ハァッ⁈」
長年掛け不老不死の特異点、特級の魔的概念を殺そうと試みた一族が盧乃木家だ。
であれば、その知識と
だが、己の魔術に十全の自信を誇った
そして正面に
(?)
不可解だ。向こうにこちらを邪魔する気配が無い。
事実その通りで、沙耶香は易々
そして、この場には3人だけ取り残され、
「がぁーっ!!クソっあの
取り乱す彼を、冷静だが、声量の強い
「何も、焦ることはありません。今回の標的はあの女でなく、この男なのですから」
◆◆◆◆
全身の血が加速する。
全身の筋肉の躍動と共に沙耶香はひた走る。ケインの待つ団地へと。
団地に住むのは昼夜問わず人目があるから。加えて住んでる部屋は『工房』とし、あらゆる方面から侵入者を拒む仕掛けも施した。だから、余程のことがない限り大丈夫なはず。そのはず。
だが嫌な予感がした。
先の襲撃者。
日は暮れかかってるがまだ明るいうちに襲撃をかました連中。
あの連中の存在がただひたすらに胸の内の不安を掻き立てる。
そして、ようやく、沙耶香にとって長い時間をかけた心持ちで、やや息を切らしその場へ辿り着いた。が、その様相が少しばかり変だ。
団地の外、丁度4棟の集合住宅が囲む公園にやけに人が多い。
そしてよく見ればこの団地の住人がほぼ全員と見えるほど集められていて、
「あれ、沙耶香ちゃん?」
沙耶香のセーラー服姿を見て話しかけたのは隣に住んでる4人家族の主婦。
息子の小学生2人の兄弟もそのそばにまとわりついている。
「あの、これ、なんですか?」
息切れ切れに尋ねた。
その様子をやや不思議に思ったらしいが彼女は依然としてどこかおっとりした声で答えた。
「何か、ガス漏れ?があったみたいで。今、業者の人が入ってるんだけど。危険だから避難してくれって言われて……沙耶香ちゃんも中に入らない方が良いよ」
あの部屋に住んでるのが沙耶香1人であれば確かにそれで良い。確かに書類上はそういうことにしてある。
だが、実際には魔術的手段と部屋から出ないでもらうことでケインを隠れ住まわせている。
そしてガス漏れ。
そこから連想できることは……
その時だ。
なんの予兆もなく、唐突に集合住宅の1つに怒号が響く。
地面を揺らし腹に響くその音と衝撃細かな破片、その発生源にある光景は、
「え、あれウチの……」
すぐそばの主婦はそのつぶやきだけ残し、あんぐり口を開けていた。まさに開いた口が塞がらない風情。
そして沙耶香も目に捉えたその光景。
大きな穴が建造物に空いていた。
煙と埃を撒き散らし未だモクモクと漂うそれらを見つめて、そして、咄嗟に沙耶香は周囲を見回す。
ケインの存在を探したのだ。
何せ、爆発による破砕は沙耶香とケインの住む部屋を中心にしていたのだから。
嫌な汗が全身を伝う。
困惑する周囲の人の目と声、それが嫌に遠く聞こえて、見えて、そして、気が付くと沙耶香は駆け出していた。
背後で聞こえる様々な人の静止の声を振り払って。
何か、全部が嘘みたいな気がした。
いや、全部自分が招いたことだ。
全部。全部が。
そうなった理由は分かってる。
だが、昂った罪悪感と、そうしなければあんな連中にケインを渡さねばならなかった理不尽がヒステリックを呼び起こし、言葉にならないストレスを訴え、叫んだ。
そして、何よりその憎悪は全て弟の徳人へ注がれた。
絶対に生かしてはおけぬ。
というより奴が提示した交渉も、3日返答を待つという妥協も全ては所詮建前のものだったのだ。
ただ、自分はあの男と、その背後にある強大な存在の掌の上で転がされ続けている。
それに対する怒り、反骨心。
1ヶ月も逃げ延びるなんて真似してやるか。直接命を獲りに行く。絶対に。
だが、今は何よりケインの元へ。
(いや、大丈夫だ)
避難した群衆の中にケインは見つけられなかった。でも、どこか別の場所へ逃げたかもしれない。もし部屋の中にいたとしても奇跡的に爆発の影響を受けなかったかもしれない。
そんな希望的観測で現実逃避を始めた沙耶香は、ついにその爆心地、つまり彼女たちの住まう部屋のある階層へ階段を登り切り、各部屋の前に伸びる一直線の通路を走り、そして目に付く吹き飛んだ扉、剥き出しで穴の空いた天井と飛び散った破片まみれのその空間の中で一際大きな蠢く肉塊を見つけた。
呆然と見てしまう。
「あぁ……」
しかし、そんな彼女を放っておかない黒い影が背後から近付き、その隙だらけに見える背中へ刃物を……反射的に動いた沙耶香の右腕が対処。
彼女がその柔軟性で振り向きざま掴んだのは男の顔面。
その掴まれた男が魔術師であるか、非魔術師であるかはこの際どうでもよい。
どちらであっても沙耶香の素手に触れた時点に運命は決まる。
——吸った
そして、死をもたらされた男はドウッと倒れ、それを震える瞳で見つめる彼女を前後で挟む複数人の男女の衆。
しかしその全てをどうでも良いと断ずる、この世のあらゆる悪鬼より化生じみたその顔が、沙耶香のその顔が、彼らへ僅かに二の足踏ませ、そして
そのあらましは淡々としていた、とだけ言っておこう。
その後、沙耶香は足元に複数の死体だけ残し煙を払って爆心地のその場所へ飛ぶ様に向かうと
「ケインっ!」
蠢く肉塊は確かに彼女だった。
下半身が丸々吹き飛び細長い臓器が剥き出しに伸びて、そしてやや焼け焦げの剥き出した肌。
目は虚なままに、焼けた喉で何か訴えようと、空気を口から吐いている。
(こんなっこんなっ……)
ケインは確かに不老不死である。
実際にまるで歳は取らない、死ぬ事もない。
いや、「死ぬ事もない」という点については定義次第か。
「死」という状態に陥ることはできた。
それから数秒のうちに、その時点で負っていた負傷や病、かすり傷の一つまで全て完治することで彼女は蘇るのだ。
つまり、中途半端に死ねないでいると……
「っ!」
だから、沙耶香は覚悟を決めた。
ほんの少し奥歯を噛み締め、後藤から教わった通り、体の感覚から精神を切り離して、遠ざけ、感情のざわめきを忘れ、しかし、
「ごめん」
それだけ呟いてケインの細い首に触れ一度彼女を吸い殺した。
◆◆◆◆
炸薬の破裂に伴う銃声が閑静な住宅街に鳴り響く。
既に日の沈んだ頃合いで、それまでに6度銃声が響いたこととなるが、しかし住人やら野次馬が出て来ないのは『老人』による工作の賜物だろうか。
そして、たった今放った銃弾で、後藤は敵の刺客の1人、
路上に転がるその死体を、しかし大して眺める事もなく続いて残るもう1人、脇腹をバッサリ切り裂かれ、苦しげに近くの電柱にもたれかかる
苦しげに息を吐き、ほんの少しの身動ぎすら辛そうにするその金髪の若者を見て、後藤が感慨に耽ることはない。
これまでに何度もやってきた。
今回もそうだった。むしろ、楽な相手だった。その証拠に後藤は1つとて手傷を負っていない。
「色々と聞きたいことはあるが……」
「殺す、殺してやる殺っ」
かつて『処刑人』をしていた後藤にとってこんなこと日常茶飯事。
ただ、ほんの少し心が怠く、それはブランクのせいだろう。
だから、銃口を据えて、引き金を、と、引こうとしたら、急にうなじへ強烈なスタンガンを当てた様な衝撃が走り、痛みとも熱さともつかぬその不快な感覚を前に、自分の身体が一切意のままにならぬことに後藤は驚愕。
そして倒れた。
彼に油断したつもりは無い。
事実、周囲への警戒は鋭敏に張っていた。
しかし、それを容易くすり抜けた何者かがいたのだ。
そして、最後、視界に映ったのは、トドメを刺し損ねた金髪の男と、後は2人組。
一方は表情があまりに無機質な若い女。
そしてもう一方は
(盧乃木徳人っ)
しかし、その視界の中の彼の表情は喫茶店で見せた微笑が欠片も無く。まるで深淵の底を覗く様な、深い悲しみとも憎悪ともつかぬ様子を見せる一方で、その真意は窺わせぬ……
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