⑧母親の写真を持つ男とはどういうものか

「何が?」

「その部分にどうしてお姉様が興味を持つの?」

「あら、死んだ母親のことを想っているって美しいことじゃない」

「そんな心にも無いこと」


 ふふ、とお姉様は笑った。

 まあ確かにそれを良しとする場合もある。

 ただそれは背景による。


「お姉様その時、何か一言二言当たり障りの無い言葉をかけたのでしょうね」

「どうしてそう思う?」

「だってその写真の母親の姿は若かったのでしょう? その場合考えられるのは二つ。一つは決して裕福でないから若い頃の写真しか無かった。もう一つは母親自身が若い頃に亡くなった」


 私は一旦言葉を切って、頭の中で急速に考えをまとめた。


「前者の場合、若い頃のでもいいから写真を常に持っていたい、ということは極度の母親好きということになります。だいたい普通の裕福ではない母親好きだったら、そういうことをするのではなく、むしろ最近来た手紙とかを持ち歩く方が自然じゃないですか?」

「そうね」

「なのに姿が映ったものが欲しいということは、母親の気持ちでなくて姿を常に身近に感じていたいってことじゃないですか。だとしたら、もし結婚したとしても、母親のことを常に考えてる人ですよね」

「続けて」

「後者の場合、既に母親は亡くなっているから結婚してからその存在にあれこれ悩むことは無くとも、常に若い頃の母親の姿と結婚する相手を比べてしまう、もしくは似た人を捜し求めてしまうという可能性が高いと思うの。どっちにしても、一般的に女性としてはお付き合いあまり嬉しくない相手じゃないですか?」

「そうね。一般的にはそうだと思うわよ、私も」

「お姉様の趣味は一般的ではないと?」

「そうね、……うーん、趣味というか」


 お姉様は軽く目を伏せた。

 数秒。

 そしてぱち、と開くと。


「ねえマルミュット、そもそも結婚相手に愛情を持つことはあったとしても、別に恋をする必要は無いんじゃなくて? そもそも貴女自身、先輩に恋しているの?」

「うーん…… 好きですが恋じゃないですね。そもそも恋というのがどういうものか今一つ解りづらいし」

「でしょ? あれは確実に本能だと思うのよね。それまで近くに居たひとの内面を知って唐突にときめくということもあり得るけど、まあその場合も、最初は居ても悪くないと思える外見が必要じゃない。生理的に受け付けない人に対して恋はできないと思わない? たとえば、学校時代にとある級友は中等の球技大会を見に行くのが好きだったのね。その時に汗にまみれて笑い合う姿を見て、どきどきすると言っていたのよね。汗の匂いを嗅いだらぐっとくるとか。でも私はそれを聞いて思わず退いてしまったし」


 あははは、とそこで思わず私は笑ってしまった。


「貴女笑うけど、結構第二にはそういう子が居たのよ」

「ああ…… まあ、第一中等は球技大会ではそう強くはなかったですからねえ」


 そうだった。

 この類いの大会が中等では第六以外の五校で行われていたのだが、大概熱心だったのは第二か第三だった。

 第一と第五はそもそも興味が薄いか、チームプレイが苦手な者が多かったし、第四はそもそもルールがちんぷんかんぷんで退場になることが多かった。


「第二は熱心な生徒が多かったし、大概その花形選手は体つきとかもしっかりしていることが多かったから、女学校から声援がよく飛んでいたのよね」

「お姉様は付き合いよね」

「球技自体は面白かったのよ」


 人はどうでも良かった、というのがよく解る言い草だ。


「で、話したことも無い選手達にときめいている友人が不思議で、まあさりげなくどういうところが? と聞いてもみたんだけど。どうも言葉では言い尽くせない何かがあるらしいのよね」

「あー、そうらしいですね」

「じゃあそのひとと結婚したいかと聞くと、それとこれとは話が別、となる訳よ。そのあとの結婚する相手の条件になれば、大体私も納得できるのね。家柄が近いだの資産がそれなりにあるだの、姿形は『悪くない』程度がいいとか」

「程度『が』ですか」

「第二の女子はシビアだったからね。結婚して後々老いた時のことまで考えていたのよ。どうせ老いた時には外見なんか大した問題じゃないし、閨にしても薄暗いから生理的にどうこうでない限り大した問題じゃないってね」

「さすが」 

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