⑥カイエはもともと押しに弱かった
「でも百貨大店でしょう? お休みは合ったんですか?」
「そこなのよ。休みは週に一回、繁忙期なら月に三回ってこともあったわ。しかも絶対に学校の休みとは合わないのよね。カイエは商家育ちだから、そんなものだと一生懸命だったし、実際売り子としては本当に優秀だったのよ」
「どんなことを?」
「やっぱりあの外見だもの。そこはもう、男性向けの小物売り場に即配属されたみたいね。読み書きその他が確実にだったし、応対も良し。そして何と言っても彼女を見たくてやってくる客も多かったそうよ。特にそうね、私が学校を卒業してオネストとの話がだんだん出てきた、割とまだ自由に色々できた頃かしら、その時には休みともなると無理矢理うちに連れ込んでお茶とお菓子と食事を振る舞ったわ。喫茶室に誘って流行りのお菓子をおごろうとするとやんわり断られて。だったらうちでたっぷり作った菓子を出してもてなす方がいいかと思ったのよね」
お金を稼いでいる身としては、奢られることに多少なりとも抵抗感があったのかもしれない。
その辺りは先輩がよく言っていた。
「学生時代はな、仲がいい奴に程奢られたくないものだと思ったぜ。そっちにその気が無くとも、何か起きた時に恩に着せられる場面が無いとも限らない」
「信用していないってことかしら」
「いや、信用はしている。だけどいつ何が起こって、俺の様な身寄りの無い立場に彼奴が陥ったら? そんな唐突でとんでもない事態が起こったら、どれだけ信用している人間でも変わるかもしれないってことだ」
カイエ様にはそういう思いがあったのかもしれない。
「まあでも、ちょっと心配だったわね、その頃は」
「心配?」
「ご両親が亡くなってからというもの、誰かが居なくなってしまうことにもの凄く過敏になっていてね」
「ああ…… ご両親に可愛がられていたんですね」
「一人娘だったしね。店自体の後始末は親戚筋がつけてくれたし、中には彼女を引き取ろうとしたところもあったらしいのよ。だけどそういうのも断って」
「もう自立できるから、かしら」
「それもあったけど、まあたぶん、その親戚筋から嫁に入れたいってところもあったんだと思うわ。カイエはそこのところは私にも隠してたけど、……隠せないのよね」
お姉様は苦笑した。
「……なんだけど、その一方で仕事とかで新しく誰かと仲良くなることを怖がっていてね。評判の売り子にはなったけど、同僚の中からは妬まれることもあったみたい」
「まあ、ぽっと出の新人がそうなったら、確かに」
「無論皆が皆そうという訳ではなかったんだけどね。それでまた一方で、ちょっと色々ふらつくことがあって」
「ふらつく?」
「元々あのひと、押しに弱いところがあるのよ」
「あ」
そう言えば、とカイエ様と義兄両方の言い分を思い出す。
カイエ様は何だかんだ言って、気持ちはあったにせよ、押されてそのまま流された様なところがあった。
「元々そういうところはあったのよ。学校の時も。良く言えば情が深い、悪く言えば押されると弱い。まあ私も入試の際にはそういうところを利用して押して押して第二に入れた訳だけど。それが学校でも結構あったのよのね」
ふう、とお姉様はため息をついた。
「女学校でも?」
「そりゃあそうでしょう。それこそ一年の時には上級生から可愛い子とばかりに何かとお誘いがあったし。夏の休暇に自分のところへ是非、というのも引く手数多だったし。その都度困った顔で私のところにやってきて、どうしようどうしよう、となっていたのよね。で、私が出向いて先輩なり同級生なり後輩なりに話を付けに行ったことが多かったのよね」
「でもその性格を改善させようとは思わなかったのね」
「性格なんて一朝一夕で変わるものじゃないでしょ。私達がそんなこと、人に言える立場?」
それもそうだ。
「特に小さい頃にしっかりついてしまった性格ってのは一生もののところがあるでしょ」
確かに。
所詮私の性格なんていうのは子供の頃とそう変わったものじゃない。
「ただね、職場で男の客に対していると、時々困った人も出てきたんですって」
「困った人――客?」
「これはまずい! って客にはもう鉄壁の対応にだんだんなっていったんだけどね。……だからこそ、安心できる相手だと、何って言うか…… 安心できるからこそ、言ってくれていることが胸に沁みてしまって、断るのがもの凄く難しくなってしまったのよね」
「成る程」
確かにカイエ様にとって、義兄は当時信用できる人で――そもそも結婚前に「いいな」と思っていた人だった。
しかし――
「そう言えばお姉様、お義兄様と婚約者としてお付き合いしだしたのはその頃でしたよね。カイエ様とぶつかることは無かったの?」
「無かったわ。と言うか、絶対に会わせない様にしていたもの」
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