②女子が帝大に入れないということは

「え」


 思わず私は問い返していた。


「だから、私達女は帝国大学に入ることができないでしょう? 予科ですら」

「え、ええ。だから女子専門学校があるんですが……」

「何で?」


 はた、とそこで考えもしなかったことだと思いついた。

 お姉様は続ける。


「小さい頃からお父様の研究とか書籍とか色々見ていたのは貴女も同じでしょう? 面白かったでしょう? 私もよ」

「ええ、確かに面白かったです。だから今、女専に行っているんですが……」

「でも女専を出たところで私達貴族でもない者は政治の場に出ることができないじゃない」

「せ、政治?」


 お姉様の口から出てくるとは思わなかった単語に、私は本気で驚いた。

 確かに色々私よりずっと優れた頭を持っていると思っていた。

 今だって、お父様の研究する姿を見ていたならば、もしかして窮理学の方面に進みたかったのか、と思ったりもした。

 それが政治?


「あのねマルミュット、私にとって一番楽しいのは何だと思う?」

「え……」


 言われてみれば、今一つそれが浮かばない。

 私は首を横に振る。


「分からないわ。だってお姉様の得意なものとか苦手なものは分かるけど、好きなことは……」

「何でもいいわ。人を適材適所に置いて物事を進めることよ」

「適材適所……?」


 今一つ言っている意味が分からない。


「それがこの帝国で最も大きなものは何かと言えば政治よ。国内であれ外交であれ。適切な人材を任命して動かして、より良い結果を出す。――そして、逆に最も小さな単位は、家庭」


 私ははっとした。


「もしかして、お姉様が第一を選ばなかったのは、選んだところで行き着く先が見えていたから?」


 お姉様は頷いた。


「でも、それまだ…… 十二とか三とかの頃ですよね?」

「ええ。でもうちではお父様の弟子達があれこれ色んなことを喋っていたでしょう? その中に今何処其処で何が起こっている、だけど上手くいかない。何で? 誰それの采配がまずいからだ、とか何とか言っていたわね。私はその采配を振るという役割に憧れたのよ。だけどある学生に『いいなあ私もやってみたいなあ』と言った時、何を言ってるんだ、という顔になったのよね。その学生はこう言ったのよ。『お嬢ちゃん、それは無理だよ、まず偉い役人にならなくちゃならないけどそのためには帝大を出なくちゃならない。でもお嬢ちゃんは女だから、帝大に入れないんだ』ってね。ごくごく軽く、ぽんぽん私の頭をはたいてそう言ってたわ」


 ふっと遠い目をし、苦々しげにお姉様は吐き捨てる。


「実際お父様に聞いてみたらそうだったし、学生の誰かしらに入学規則を持ってきてもらったりもしたのよ。無論私が入りたいから、ということは言わず、幼馴染みの男の子が目指したいから、とか何とか言ってね。私は隅から隅までそれを読み込んだけど、入学試験を受ける資格は『中等学校卒業程度の学業を修めた、乃至は卒業資格検定試験に合格した帝国本土の戸籍を持つ男子』とね」


 私は調べたことすらなかった。

 第一では既に「上に行く」と言えば女専に行くということだった。


「聴講をすることは今では多少できるでしょうけど、それも教授が構わないと許可したところだけらしいし、そもそも第一女学校のカリキュラムは悲しいかな、第一中等のそれには及ばないのよ」


 お姉様は本当にその辺りをちゃんと調べた様だった。


「女専は専門学校なのよ、あくまで。そこで例えば医者の資格を取ったりはできるけど、あくまでそれは実際に治療する医者になれる、ということであって、それ以上の研究をするための人材を養成するところじゃないの」


 私には今一つその違いが判らない。


「そして何より政治と経済に関する科が無いでしょう?」

「あ」


 確かにそうだった。

 私も色々な科の授業を取ったりしているが、確かに政治や経済に関する場所は無い。

 たとえば、政治や経済に関する歴史を学ぶことはできても、実際に参加する者に必要な様々なもの――弁論術だの法律だの――を、学ぶための場所は無いのだ。


「だから、私は一番大きな単位の場所でなく、一番小さなところへと方向転換ししたのよ」

「それで第二に」

「私はうちを継ぐんじゃなく、新しい家庭を好きな様に切り盛りしてみたいと思ったから」


 解らないでもない。

 でもお姉様、そんな、極端すぎる!


「それが一つ。でもそれが決定打じゃないわ。もう一つ理由があるの」

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