⑥さりげなく閨を拒否されていく義兄

「何だって浮気相手の作ったものがそのままにされていると思ったんです?」

「いや、別に物に罪は無いだろう?」

「ありますよ」


 そういうことが解らないのか、と本気で私は呆れた。


「あの方が作ったものの方が、お姉様が作ったものより質も趣味も良かったのですよね? 気に入っていたのですよね?」


 私は鼻で笑った。


「だったら尚更じゃないですか。何だって自分との家事の差を見せつけられる様なものを置きたいと思いますか」

「そういうものなのか?」

「私くらい出来ないならもういい加減どうでもいいですが、お姉様は何かしら試行錯誤していたんですよ。しかも倹約のために苦手な自分自身が。なのに、そんな自分のミスを突きつけられる様なものが目の前にあって、何が嬉しいんですか。そりゃ、隣の猫にあげた方がいいですよ」


 義兄は黙った。


「で、その冷戦が終わったのは何故ですか?」

「僕が風邪を引いたからだ」

「風邪ですか」

「ついいい加減な格好で出勤したり、食欲がいつもより失せて体力が落ちてたり…… 彼女のことが心配で眠れなかったり、体調が落ちてたのは知ってた。そこに風邪を拾ってしまったらしい。結構な熱が出たんだ」

「それは大変な」

「さすがにトリールも親身になって看病してくれたよ。まあまだ最低限の言葉しか僕には言わなかったが……」


 メイドが居たら自分ではしなかったよな、と私は思った。


「何度も何度も悪夢にうなされて、少し熱が下がってきた時、たぶんこう頼んだんだ。頼れるのはお前しかいない、頼むから僕とあのひとを救ってくれ、と」

「都合がいいですね」

「だってそうだろう、もう僕にはどうしようもなかったんだ。もう頼れるのはトリールしかいなかった。だからもう本気ですがったんだ。そうしたら彼女はこう言ったんだ。『貴方の妻として考えるのは今の私には難しいから、貴方のお母様になったつもりで考えてみます』って。僕はそれを聞いた途端、色んな意味で一気に眠気が出てきてしまって、後はぐっすり眠ることができた。そして風邪もよくなってきた」

「お母様になったつもり、ですか」


 なるほどその言葉はこの母恋しの義兄には効くだろう。

 しかしこの義兄は気付いているのだろうか。

 お姉様がそう言ってしまった時点で、姿形が実の母に似ているカイエ様と、行動を母親に近づけたお姉様の存在が微妙にすり替えられていることに。


「それから少ししてようやく治った後、話もする様になって、だんだん雰囲気が良くなったきたな、と思った時に久しぶりの床で少し誘いを掛けてみたら、トリールはこう言った。『あのひとがお産でじっと耐えている期間にそういうことはやめてあげて』と。『もし自分がそういう時に貴方は私に無理にとせがむのか?』とも。その問い方が怒るのではなく、また優しいものだったから、僕はもう何も言えなくなってしまった。そう、まるで母親に諭される様に言われてしまったら、もう欲に目がくらんで手を出すことはできないじゃないか」


 なるほど! お姉様はそこで母親を持ち出したことで、自分に手を出させない様にしたのか。


「それで、今はどうなんです?」

「今?」

「今は夫婦生活はあるのか、ということです」

「いや、今はともかく息子の夜泣きがあってね、トリールはそれどころじゃない。そうじゃなくとも、子供と一緒に居る彼女を見ていると、そういう気にはなれないよ。むしろ息子と一緒に彼女に甘えたいとまで思ってしまう」

「しないのかい?」

「……さすがに自分の息子に嫉妬はできませんよ」

「カイエ様から聞いたんですが、息子を手放す時に一度お義兄様に会わせてもらったということですが?」

「ああ、その時はもう謝るしかなかった。全ては僕のせいだ、僕が悪かった、と。そして彼女も『何処で間違ってしまったのでしょうね』と言ってくれて…… それで僕等の関係は完全に終わったんだ」

「終わったんですか」

「そう。今の僕はただひたすら妻と息子のために働いて、息子の成長を楽しみにする父親として力一杯尽くすしかない、と思っている」

「カイエ様のことは今でも想っているのですか?」

「……全く忘れきったとは言えない。だけど忘れようとしてはいる。それにトリールがそれからというもの息子と一緒に居る時には優しいから、僕はそれで満足して、毎日仕事に行けるんだ。と言うより、もう僕にはそれしかないと思わないか?」


 そうですね、と私達は言うしかなかった。

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