⑧マルミュットは停車場で自分の婚約者と出会う
一応帝都内、とお姉様は紹介状と住所を別々に渡しながら私に告げた。
そこに出かけようとした矢先。
「おーいマルミっ! 最近居ないと思ったら何処行ってたんだよっ!」
帝都を巡る乗合馬車の停車場で聞き覚えのある声に顔を上げた。
マルミュットをマルミと略するのは一人しか居ない。
「先輩? 何でまたここに?」
「お、行ってしまったなー」
「……誰のせいてすか」
「あはははは俺のせいだな」
快活に笑う。
「いやお前、十日も学校出てきてないっていうからさ、さすがに俺としても心配で」
「それだけですかね?」
「貸した本返せ」
「そっちが本音でしょ。本は今日の用事が済んだら返しますよ。一応旅先で読みふけってましたので二度三度」
「おーそれは良かった。俺もふっと読み返したいと思ったら、お前に貸してるなー、って思い出して女専に来たら北東に行ってるって言うからさあ。って今日も何処か行くの?」
「今日はさすがに帝都の範囲ですがね。付いてきます? 産科の医者のとこですが」
「え、待て俺まだ何もしてないだろ?」
「阿呆ですか」
私は彼の頭を帽子の上からはたいた。
「調べていることがあるんで行くんです。そもそも北東だってそれで行ったんですから」
「ほー、フィールドワークか」
「いえ、家庭のゴシップです」
「ちょ、待てお前それ」
「私当事者じゃないですしー。それに疑問持ってしまったからー」
「いやいやそれでもな」
「先輩も来ます? 今から聞き取り調査の一人のところに行くんです」
「ってお前、それ家庭のゴシップなんだろ」
「だって先輩、うちに婿に来てくれるんでしょ?」
ううう、と先輩は散髪の機会を逃したのだろう頭をわしわしと掻いた。
「だったら一応縁者見習いじゃないですか」
「く…… そう来やがって。だけどなマルミ、俺がお前のとこに行くっても、まだ来年再来年に本決まりになるって程度だろ?」
「だって他に居ます? 私という女に我慢できそうなひと」
「我慢ってのは無いぞ全く。お前面白いもん。大体俺と楽しく話せる女ってお前くらいだし」
「でしょうね……」
「あ、言ったなー」
お互い学生時代の先輩後輩とはいえ、既に官立の研究所に勤めている社会人とは思えない行動だ。
少なくとも往来であからさまに女専生と分かる格好の私にする態度ではない。
彼はアルディム・トリガ。
大陸中央部出身、帝大本科卒業後に研究員となった――私のその、一応婚約者だ。
出会ったのは私が官立第一女学校の最初の学年の時。
向こうは第一中等の最高学年を一年留年していた。
合同祭で研究発表の展示をした時にお互い皆がやりたがらない部門に割り当てられたのがきっかけだ。
研究発表の花形はやはり発表だ。
そして裏方で細かく資料を作る作業はやはり好まれない。
……のだが。
私は学校に入って以来、それまで目にしたことが無い「資料」を読むのに夢中になっていて。
彼はもともとそういう資料を製作するのに夢中で留年した生徒だった。
まあ好かれていない役目となると、出席もまばらになるところで私と彼ばかりはともかく毎度毎度一緒に作業することになった。
それ以来文通する様になり。
長期休暇ではお父様のところに連れていったりしたり。
そんなことをしているうちに大学予科、本科と彼は進んでいき、さくっと分析系の研究所に就職。
「何の」までは職業秘密なので聞けないのだが、非常に充実しているらしい。
向こうがそうやって学校をとんとんと行くうちに私も女専に通う様になり、外でも一緒に行動することができる様になった。
女学校の頃と違い、男女交際も個人の裁量如何となったのだ。
そしてまあ、お父様曰く。
「マルミュットはあの青年を婿に取ったらどうだ? いや、お前とあれだけ楽しく話せる青年は他に無いだろう」
そしてこうも言った。
「お前はトリールと違ってそういうことには不器用だから、絶対に逃すなよ」
気を遣われているのだか呆れられているのだか謎なんだが。
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