⑥義兄の友人の医師の存在
「今でもルリシャの相手が誰だかなんて分からないし、まあ儂も別に知ろうとも思わないしな」
「って言うか、ここいらの誰かしら行きずりの男と関係した母親を持つ子は大概親戚に引き取られたらそこの家長を父親っていうことにするわよ。それでだいたい今まで上手くやってきたわ」
「帝都からってのがなあ」
「せめて領都だったら良かったのにねえ」
「お義兄様は調べたりしたんですか?」
「調べるも何も、何の手がかりもない。それに下手に調べると、夢が壊れるかもしれないだろう?」
ああ…… と私は嘆息した。
確かに夢であるうちは楽しいだろう。
それこそ自分が流れてきた貴族の血を引いているとか考えると。
だがもしそれが全く違うものだったら。
「それでいて、父さんに対してはいつまでも伯父さん意識が強くてね。私達からすればきょうだいも同じなのに」
「そうだな、だから帝都の学校に通っている時も、滅多に戻ってこなかったしな」
「あら父さん、それでも予科の時には来たじゃない。友達連れで」
「友達?」
「ああ。今は確か医者をしていると言っていたな」
「医者」
「確か結婚式にも来ていたわね。……何でも、実家の産科の医院を継がなくてはならないということで、学生時代は好きにやってきたそうで。なかなかいい男だったけど、自分が産科医になったら果たして恋愛や結婚できるのか不安とかつぶやいていた記憶があるのよね」
「おいアルシャそんなこと思っておったのか」
「だってそれでも一応帝都近郊育ちでシュッとした感じの人だったし! でもちょっと軽かったから私の好みじゃなかったけど」
何かそういう人を聞いたことがある気がする。
「……あの、その産科の医院を継いだ人ってエザク・コザータという人ですか?」
「お? 知ってるのかね」
「ええ、まあ……」
知っているも何も。
お姉様がカイエ様を入院させたのがその産科の医院だ。
「軽いが、芯はある男だと思ったがな」
「父さんはそう言うけど、年頃の女の子には結構困ったこと言うひとだったからね! まあだからこそ何でそんな恋愛とか~とか言い出すか謎だったんだけど」
なるほどそういう人だったんだ。
「そんな軽く見える人だったんですか?」
「まあね。君はお尻が大きいから妊娠してもお産が楽だよ! とか、胸の小さい子に、問題は中身だよ! とか笑顔で言ってましたから」
「間違ってはいないんですよね」
ふむ、と私はうなずいた。
「お尻が大きいと、というのは昔から確かに言いますが、まあ逆に骨盤が小さいと出産の時に命の危険がある、の裏返しなんですよね。あと胸にしても実際妊娠するといきなり大きくなる方も居るし。……いえまあ、言い方に問題がある訳ではあるんですが」
「まあ、そうなのよね。実際間違っては居ないと思うんだけど。ほら、昔から言うと言えば、三年子無しは去れっていうとこもあるし。でも確かに三年できないならその後もできないことが多いからなのよね。そういう話もしてはいたわ」
「三年……」
ふと思い出す。
お姉様は結婚して三年なんてとうに過ぎていたはずだ。
そしてその三年の間にしても、常日頃から親戚の奥様方から言われてきたはずだ。
だとしたら、相談したことがあったかもしれない。
でないと、どうもお姉様がカイエ様を入院させた経緯が今一つ分からない。
ここから帰ったら、コザータ医師のところにも話を聞きに行かなくては、と私は思った。
「でも父さん、グレイがカイエをどうしても、って父さんに頼み込んだのはびっくりだったわよ」
「まあなあ、好きになった頼むお願いだ、と言われればなあ…… まあな、ただの売り子だったらちょっと考えたが、あの賢い奥さんの女学校時代の友達ってことだったからな。可哀想な境遇ではあったし」
「そこなんですが、どうもカイエ様は今一つ結婚生活が辛かったようなんですが……」
「あれはねえ、拗ねてたのよ。言葉足らずの奴が」
やれやれ、とばかりにアルシャは肩を竦める。
「妊娠してから放っておかれることが多かったり、周囲の奥さん達からあれこれ言われて拗ねちゃったのよね、それで職場の呑み仲間と騒いでいたわけよ。別に他の女が出来たりはしなかったと思うわ。と言うか無理よ。ここの男には、一度好きになった女から目移りするなんて」
その言葉でグレヤード様に対する評価が私の中でがらりと変わった様な気がした。
なるほど、カイエ様だけの視点では見えないことがあるというものだ。
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