第二章 浮気した義兄のもとへ問い詰めに行ってみた

①義兄オネストの帰宅

「……ただいま、え、マルミュット?」

「はいこんばんは、お義兄様。お姉様はちょっと今日急に調子を崩してしまって、帰りは明日か明後日になるということで、私を寄越しまして」

「ああ…… そうか…… 明日は休みだからあれとゆっくりできると思ったのにな」


 お義兄様、オネスト・ナザリスはため息を付きつつ、帽子をテーブルに置こうとして――慌ててクロゼットの部屋にと移動した。

 そこで上着と帽子を取ると、ブラシを当ててからきちんとハンガーなりに掛ける。

 おそらくは最近ついた習慣なのだろう。この慌てっぷりは。


「メイドもたっぷりお休みが取れた様だし、お客が来たということで、張り切って今日はお食事の用意をしている様ですよ」

「って君、泊まっていくのか?」

「はい、留守番ですからね。まずいですか?」

「若い娘さんがお姉さんが居ない時の家に泊まり込むのはどうかと思うがな」

「いえいえ今日はとことんお義兄様からお話を聞きたいと思いましてですね」

「話?」

「お姉様からじっくりしっかりと私の知りたいことを追求しても構わないと言われましたので。あ、お義兄様が私のこと苦手なのは良く知ってますけど」

「いや、苦手とかそういうのは」

「隠さなくてもいいですよー。お義兄様の好みは家庭を守るしっとりした女性で、私の様にずけずけと知識をひけらかしたり学問に勤しむ様な頭でっかちではないですからねえ」


 そう言うと、お義兄様は黙って鞄を書斎へと置きに行った。


「よろしいんでございますかお嬢様、旦那様にそんなことおっしゃって」


 私達の言葉の調子に驚いたのか、この家の現在の住み込みメイドのミニヤがひょいと顔を出してきた。


「いいのよ。ただ今日は早く休んでね」

「いやー、お休みいただいた上にまたそれとは、ここの待遇が良すぎて困ってしまいますわ」


 実家のエルダより少し若い程度の彼女は、あちこちの家を雑役女中として回ってきた職歴も長い女だ。

 家事に加えて子供の世話にも長けたメイドというのは重宝されて一所に落ち着いてしまうことが多い。

 ――ので、こういう人材を見つけるのはなかなか苦労が要った様だった。


「解っておりますよ、どんなお話をされようが他言無用で」

「お姉様からそう言われている?」


 はい、とミニヤは大きく頷いた。

 お姉様の肝いりなら大丈夫だろう。


「じゃあ、食事のあと、お茶をたっぷり淹れられるように用意を頼むわ」

「ええ、マルミュット様のお好きなジャムを挟んだ焼き菓子もたんと用意してございますよ」


 お義兄様が書斎から出てきたら食事にする、とミニヤは言って厨房へと戻っていった。

 それにしても。

 私はこの家の中を見回す。

 先日もそうだったが、すっかり子供の居る家のにおいに満ちている。

 手先が不器用なお姉様なのに、あれこれと肌着を縫ったりおくるみを編んだり、そんな作業が途中になっている箱が棚に幾つか置かれている。

 この幾つか、という辺りが実にお姉様なのだけど。

 そして先ほどの、クロゼット部屋。

 おそらく今までは常に帰ってきた時にお姉様がたたた、と近寄って上着と帽子を預かってもらったのだろう。

 まだまだその習慣が抜けきっていない様だ…… というより、戸惑っている様に感じる。

 さて、どんな話が聞けるのだろう?

 楽しみになってきた。



 食後、お茶の用意をしておくとミニヤは「おやすみなさいませ」と言って下がっていった。


「もうミニヤを休ませるのかい?」

「まあまあ」


 私はそう言うとお義兄様と自分にたっぷりと茶を注いだ。

 無論ジャムを挟んだ焼き菓子もたっぷりと皿に盛ってある。


「お茶に何かしら加えますか?」

「いや、そういうのは自分でやるよ」

「お義兄様前からそうでしたったけ?」

「僕だって学校時代は皆一人でこなしていたんだ」


 それはそうだ。

 中等学校の寮もやはり自分のことは自分で、なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る