⑬姉の采配とカイエの入院時の騒動

「お姉様は怒らなかったんですか?」

「怒りはしたわ。私も一発頬をはたかれた。でもそれで一旦終わり、ということで、トリールはすぐにこの私の曖昧な状況を何とかしてくれようとしたの」


 私は大きくため息を付きながら。


「お姉様って本当にカイエ様のことが大好きなんですね」

「私も大好き。だからこそ、あのひとを裏切っているのが苦しくて苦しくて…… しかもあのひとが授かれていない子供まで身籠もってしまって……」


 よろめきやすい、心が強くないこのひとの性格を良く分かっていたのだろう。


「それであのひとに私の所在がわかったということだけは告げた、それ以上は話さない、ってその後私に言ったの。まあ実際、その頃の私はやっぱり妊娠中のつわりだの何だので、あんまり考えている余裕もなかったのだけど……」

「一人でどう乗り切るつもりだったんですか? 前の時には周囲の人々がいたのでしょうに」

「ええ、もうそんなこと頭から飛んでいて。そういう私のことをよく分かっていたんでしょうね、トリールは。少し経って、帝都近郊で産科の医師を代々出しているという方のところに入院させてくれたの。ただし私一人だけで」

「一人だけで」

「娘には子供を産むことを気取らせてはいけないって。子供は自分が引き取る、あの人の子供だし、と」


 嗚呼!

 それはそうだ。

 子供の前で何故か母親が父親ではない誰かの子を妊娠しているなんてことは気取らせない方がいい。

 幼いからと言って安心してはいけない。

 幼いからこそ、心の底に焼き付いてしまうことも多いのだ。

 どんどん大きくなっていく母親のお腹を目の当たりにしていたら、楽しみにするなり、自分を放ったらかしにされたことに機嫌が悪くなったり、様々な問題が出てくるだろう。

 そしてその記憶は、大きくなってから「あの時の子供はそもそも誰の?」と思ったら、母親不信になるのは容易に想像がつく。

 とはいえ。


「お姉様が引き取るってことにはすぐに了承できたのですか?」

「したくはなかったけど…… 無理でしょう?」


 切なそうな瞳で彼女は私に微笑んだ。


「だってあの方との子供ですもの…… そりゃあ、自分の手で育てられるなら育てたいわ! でも、……でも! トリールがそう言うなら、私にはどうにもできないし、……それが一番子供には良いと思ったのよ」

「お姉様を信用なさっている?」

「ええ、誰よりも」

「でも、継子虐めするかもしれないのですよ?」

「トリールはそんなことはしないわ」

「自信があるんですね」

「マルミュットさんは出産までの長い期間に、トリールがどれだけ私のことを思って動いてくれていたか知らないからそう言うのよ…… 週に一度はやってきて、必要なものを揃えてくれたり…… そう、あと、一度居場所が分かってしまったあの方をちゃんと諭して下さったし……」


 お義兄様!

 まだそんなことしていたんですか!


「ちょっとそのお義兄様が来た辺りを詳しく」


 苦々しい口調で私は問うた。


「まだ割と入院して経たない頃だったかしら。後で聞いたんですけど、先生、あの方の昔からのお友達なんですって。トリールも先生も言わなかったからその時初めて知ったのだけど。先生の口からひょい、とヒントの様なものがこぼれてしまったんですって。で、乗り込んできたという次第」

「その時カイエ様はお義兄様に会われたのですか?」


 いいえ、と彼女は大きく首を横に振った。


「何やら騒ぎが起こっていると思った時に、あの方の声が聞こえたから、ああ知られてしまった、と思ったの。でも、私達お別れしたのよ。会っては駄目に決まってるでしょう? それにここで会ったら、せっかくここまでお膳立てしてくれたトリールに、私は顔向けできないわ。だからその時先生に向かって、駄目です来させないでください、来たら私窓から飛び降ります、って叫んだの。病室が二階にあったから。先生慌ててあの方を友達ではなく医者の顔で押さえてくださったわ」


 ……本当にこのひとは、流されやすいというところ以外は憎めない性格なのだと思わざるを得ない。

 特にお姉様への義理立てときたら。

 本当に、何でお義兄様になんて心が揺れてしまったのだろう、と私はふつふつとお義兄様への怒りが湧いてくるのを感じた。

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