⑦義実家は何をしてくれたか

「何日か滞在していたんですよね」

「ええ。取るものも取りあえずという感じだったから、夫の服を貸したりしつつ、お義父様がおいでになるまでの間、私達本当に心強かったわ。さすがに一週間もすれば仕事もあるし、ということでお帰りになったけど……」


 ふっ、と視線を飛ばした彼女の表情が緩む。

 つい「楽しかったんですか?」と聞きそうになる自分を抑える。


「それから確か、向こうのご実家の方に寄せられたとか」

「ええ。私の実家はもう無かったし、向こうからしたら娘は孫でしょう? 初という訳ではないし、後継ぎの男の子でもないから、もしかしたら手切れ金渡されて母子二人追い出されるとか、マリマリだけ連れ去られることも考えたのだけど、お義父様は実家の離れに私達を住まわせてくれたの。そのままずっとそっちに居てもいいとも思ったのだけど……」

「何かあったんですか?」

「何かあった、というか。何もなくて。何もしなくて良い生活にどうしたものかと思ってしまって。私ほら、ずっと帝都とかその近くに生まれ住んでいたでしょ。だから少しの暇があればどうする、っていうのがどうしても帝都のそれなのね。だけど向こうの実家は、北の地で、ちょっと買い物に出るにしても一騒ぎという様なところだから」


 それからひとしきり、彼女はその北の地の様子を語った。


「だから、生活そのものはそれ以前に比べて物珍しいし、帝都とも鉱山とも違う少しばかりの面倒くささも、当初はある程度面白く感じていたのよ。ただね」

「ただ?」

「やっぱり話相手が居ないっていうのは辛かったのよ」

「実家の方々とかとはお話しなかったんですか?」

「うーん……」


 彼女は曖昧に笑った。


「向こうの使用人達が何の折に帝都や鉱山の話とかを聞こうとしてくることはあったのだけどね。ただそもそも、うちの人がこの実家でちょっと……」


 またも言葉を濁した。

 わざわざ遠くの鉱山に勤めに出ていたという辺り、もしかしたら実家では評判が良くなかったのかもしれない。

 そうなると、まあ彼女に話しかけてくる縁者というもの自体少なかったのかもしれない。


「それでまた、帝都に出てきたと?」

「ええ。まあ、お義父様にしてみても、別にあの地で使い物になる訳でもない私なら、充分なお金を送って帝都に住まわせてやっても変わらないと思ったのじゃないかしら」

「そうですか?」

「ええ、それにあちらではお義父様、私に結構冷たい感じがあったし……」

「冷たい?」

「当初は良かったのよ。送ってくれた辺りまでは。だけど何故か、離れにはまるでおいでにならなくて」


 へえ、と私は首を傾げた。

 どういう人なのか、全くその辺りは分からないので、後でお義兄様に聞いてみよう。


「それでさっくり送り出してくださったし。まあきっと私のことも不似合いな嫁と思っていらしたのではないかしらね」


 そうだろうか?

 少なくともこの美しい女性と可愛い子供が居るだけでも目の保養というか一枚の絵、活人画でも見ている様な気になるのではないだろうか?


「それで帝都方面に出てきて、トリールとまた交友が始まったの」

「お姉様ずいぶん喜んでましたね」

「私もとても嬉しかったの。また一緒に買い物に行くとかできるとか思っていなかったし。そう言えばトリールとお茶の淹れ方についても話したことがあったわ」

「お茶ですか? コーヒーではなく?」

「コーヒー?」

「いえ、……あの時期ですね、お姉様が何かとお義兄様から朝のコーヒーが苦すぎるとか凹んでいたんです」

「うーん……」


 彼女は少し考え込む。


「トリールは手順を知っていても、手際とかこつとかが…… 寮に居た頃から今一つだったから……」

「もしかして、いつもカイエ様が淹れてらした?」

「そうね、私達の部屋ではいつもお茶なり新しい飲み物を試す時には淹れるのはいつも私だったわ。お湯の温度とか、ちゃんと確かめるのに何故か今一つになってしまうって――でもそういうことに、あの方、文句つけてらしたのね」


 そう言って苦笑する。

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