⑤かみ合わない結婚生活

「だけどその頃は気分は悪いし、一応通いのメイドは居たけど、それは昼間だから彼の朝の支度は常にしないといけないし、夜は夜で遅いのに先に寝ると怒るし、その時に酒の匂いはしているし」

「……駄目じゃないですか」

「と言っても、実際私も彼に構ってやっていられない、って負い目があったのよね。身寄りの無い自分と結婚してくれたひとなんだし、お腹の子の父親なんだし、とか」

「それじゃそもそも旦那さんのことは愛してなかったんですか?」

「どうなんだろう、とは思うわよ。だって、まず結婚ありきだったし」


 まあそれはそうだろう。

 そもそも好き合って結婚するということ自体どれほどの数存在するんだろう、と私は思う。

 学校で出会うもっと上の階級の友達は大概決められた婚約者が居たし、そうでなくとも家の釣り合いが取れた相手と引き合わせされた上で、それなりに仲良くなったら結婚する、というのが普通だ。

 一方で家が貧しい側にも学校が学校で、奨学生として来ていた友達が居たから、そちらからも話は聞いている。

 確かに結婚するのは好き合って、というのが裕福ではない界隈では多いらしい。

 だがその場合も好き好き大好きあなただけお前だけというよりは、「そろそろ結婚しなくちゃ、だったらあのひとが一番いい」くらいの感覚なのだという。


「そして私のようなのは、結婚より仕事を選ぶのよ」


とも言っていたが。

 まあそれはともかく。

 あとその界隈では裕福な層の年の差がある男の正妻愛人後妻というものでも、玉の輿と呼ばれることがあるのだと聞いた。


「だっていくら好き同士でも、それで家族が干上がってしまったらどうにもならないところだってあるのよ」


 その場合の気持ちは、と問うた時には。


「まず食えることが一番、ってのは皆生まれてこのかた、骨の髄まで染みついているものよ。惚れたはれたなんて、そのどれだけ次!」


 まあそう分析していた辺りが私の学校の友達らしかったが。

 大概はそんなことをいちいち考えず、もし好きな人と金持ちを天秤にかけたら大概は後者を選ぶのだと。


「もしかしたら恋愛沙汰はその後でも何とかしなくちゃならないけど、生活は常に厳しいんだもの」


 そう言われると、暮らしに困ったことがない私は何も反論できなかったし――まあ、自分でもそうだろう、と思ってしまっていた。

 だからだろう。

 余計にそんな、家庭を壊す様な色恋沙汰が身近にあったことで、そんな人々の気持ちを知りたいと思ってしまうのは。


「夫は私を好いてくれた様だし、確かに結婚当初はちやほやしてくれたのよ。だけどちょっと想像力が足りなかったのかもね。……でも、生まれたマリマリには夢中になったのよ」

「それはよかった」

「でしょう? 私は両親が早く亡くなったから余計に、自分がちゃんとした親になりたいって思ったのね。だから生まれて、身体の調子も良くなってからというもの、ご近所の皆さんからのお話を聞きつつ、手助けも借りつつ、ともかく一生懸命やっていたつもり。夫も遅く帰ってくることも少なくなったし、確かに子供には目が無かったしね。私はほっとしたのよ」

「やっぱり子供って大きいですね」

「ええそう。だからかしら。マリマリが歩ける様になった辺りでもう一人作ろう、とせがんでくる様になって、また夜の生活に精を出すようになってきたんだけど。ただその時には、今度は一緒に寝る、ってマリマリが少し邪魔に感じてきた様なの」

「え? 可愛がっていたんじゃないですか?」

「昼間はね。でも夜の生活を邪魔されるのは嫌だったみたい。仕方ないから、寝かしつけて、ってやっていたら、色々何というか、気分が失せたとか何とかかんとか」 

「そういうものですか?」

「そういうものらしいわ。男ではないから解らないけど」


 なるほど。

 その辺りはぜひお義兄様に会った時には聞いてみたいものだ。


「まあそんな感じで、良かったり悪かったりしていた結婚生活なんだけど、それが唐突に終わってしまったというわけ」


 そう、彼女の夫の死だった。

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