③義兄の第一印象とは
「そ、それは……」
さすがにこのひともそれは躊躇した。
まあ当然だろう。
「お姉様は割と私に甘くてですね、ついでに言うと、私が納得行くまで下手にあちこち調べまくるのが大好きだとご存じなんですよ。研究者としては一次資料に当たれ、というのがまず鉄則ですし」
「い、一次資料?」
「有り体に言えば『生の声』です。当事者の」
無論そこには当事者の主観というレンズが一枚入っている、ということは言わない。
「カイエ様なりお義兄様なりに聞けない限りは、その周辺をあたることになって、推定に終わってしまいそうですから」
「そうなの…… でもどうしてそんなこと聞きたいの?」
あきらめた様な表情で、でもやはり困惑した声で彼女は問いかける。
「うーん…… 私自身、別にカイエ様とお義兄様の恋愛沙汰に関してはどうでもいいんです。感情として理解できないし」
ややこちらに向ける視線に敵意が入った様に見えた。
「あ、誤解なさらず。私は皆さんを非難したくてそう思ってるんではなく、単に私には今一つ解らない感情だから知りたいんです」
「……ひとの惚れたはれたでしょう? 解らないっていうの?」
「残念ながら、私は人へ惚れるより物事とか関係性とか事象に惚れてしまう方なので」
はあ、と今度は深々と彼女はため息をつき、訳がわからないとばかりに首を振った。
「貴女がトリールの妹さんでなかったら頬を一つはたいているところだわ」
「そうでしょうね」
だからこそ私はお姉様の妹、という立場を利用しているのだし。
そもそも知りたいのはカイエ様の感情ではないのだ。
お姉様の真意なのだ。
だがそれはあえて口にはしない。
この明らかにお姉様を信用しきって居る様なこの女性には。
「……そもそも私は最初に出会った時点で、オネスト様をいいな、と思っていたのよ」
彼女はそう切り出した。
「最初、というと、お姉様に紹介されたその時点で?」
「ええ。私の周囲にそれまで居た――仕事の上でね、男性達っていうのは、まあお客様だから売り子の私には軽口叩いたり、口説いたり、時には誘ってくる人も居たわ……」
でも、と彼女は続けた。
「そんな人ばかりではなくて、店の人達は皆親切だったのよ。私の家のことも知っていたし」
「そちらの方から結婚の話は出なかったのですか?」
「身寄りが無くなった売り子に求婚はしてこないでしょう?」
彼女は皮肉げに笑った。
「まあだから、その時はまだ仕事に慣れるのに精一杯だったから結婚なんて夢もまた夢だったし。何年か勤めたら、店の上役の方からそれなりの人へと縁談が来るのかなあ、と思っていたのよ。そんな折りにトリールのお祝いがあって、オネスト様を紹介されたってわけ」
「どういうところが好ましかったんですか?」
「そうねえ、やっぱり他の男達と比べて擦れてないし、私に対しても婚約者の友達ってことで物腰が優しかったし」
まあそうだろうな、と私は思う。
お義兄様は確かに外面がいい。
いや、別に酷い男とまで言うのではないけど、お姉様に対してしたことを考えるとそう思わざるを得ないというだけだ。
とは言え、まあこのひとにだったら初見の男は大概丁寧な対応をするだろう。
特に、第二女学校の友達だった、という紹介だったら。
「それからしばらくして、トリールの結婚式があったでしょう? 確か私と貴女が顔を合わせたのもそこではなかったかしら」
「そうですね、私は私でお姉様の卒業の時にはそういう祝い事が好きではなかったので、会場から常に引っ込んでいたし。でも結婚の披露宴はそうもいかなかったし」
「貴女もその時は第一女学校の制服をびしっと決めてらしたし」
「父はドレスを着ろと煩かったんですがね」
「そうよね、あの時の貴女もとても可愛らしかったのに、どうして、と私も思ったわ…… 淡い緑とかのドレスだったらさぞ映えただろうと。でも第一の制服だったら第一級の正装だから仕方ないのよね」
いや違う。
単純に第一女学校の制服が私にとっての誇りだったからだ。
だけどこう言ってくる人々には今一つ私がどう言っても理解してくれそうにないので、そこは黙って流した。
彼女は続けた。
「そこで私、夫になったグレヤードと出会ったのよ」
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