ユキナたちの講評会に召喚中の文豪たちの書き換え

太宰治(召)書き換えバージョン

雪だるまに恋をした一匹のねこ


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 猫の目には退屈というものが映るのだろうか。その問いの答えを、彼女自身が知っていたかはわからない。ただ、窓辺で丸くなったまま、灰色の曇天を眺める彼女の姿には、そんな気配が漂っていた。彼女はこの家にやってきてから一度も、自分の意思で外に出たことがない。人間たちのルールというものが、猫の小さな自由をどれほど奪うものか、彼女は痛感していた。


「外の世界って、どんなものだろう?」


 彼女は誰にも聞こえない小声で呟いた。その問いに答える者はいない。ただ、冷たい風が窓の外を通り過ぎていくだけだった。家の中の生活は、暖かく、安全だった。けれども、どこか味気ない日々の繰り返しでもあった。


 その日、窓の外に変化が訪れた。曇り空の下から、白いものがひらひらと舞い降りてくる。それは、彼女がこれまで見たことのない、まるで粉砂糖のような不思議なものだった。雨のように冷たくもなく、光のように温かくもない。「雪」と呼ばれるその光景に、彼女の目はくぎ付けになった。雪は徐々に庭を覆い隠し、静かに白い世界を作り出していった。


 午後になり、人間たちが庭で何かを作り始めた。猫は窓の向こうで繰り広げられるその光景を、じっと見つめていた。雪玉が積み上げられ、やがてそれは人間の形を模したものになった。それが「雪だるま」というものだと気づいたとき、猫の目が輝きを帯びた。それはただの冷たい雪の塊であるはずなのに、どこか優しい笑顔を浮かべているように見えた。


「こんにちは、雪だるまさん」

 彼女はそっと窓越しに声をかけてみた。しかし、雪だるまは無言のまま立ち尽くしている。それでも、彼の笑顔が猫の胸に何か温かいものを灯した。孤独だったはずの彼女の心が、その静かな夜に少しずつ溶けていくのを感じた。


 夜になり、猫はいつも通り窓辺で眠りにつこうとした。しかし、不思議な感覚が彼女を目覚めさせた。窓を叩く音が聞こえたのだ。猫が目をこすりながら顔を上げると、そこには雪だるまが立っていた。木の枝でできた手で、優しくガラスを叩いている。


「こんばんは、美しい猫さん。お休みのところをお邪魔してしまい、申し訳ない」

 雪だるまは静かな声でそう言った。その礼儀正しい調子に、猫は驚きと感動を隠せなかった。


「雪だるまさんが、どうして私に話しかけてくださるの?」

 彼女は小さな声で尋ねた。すると雪だるまは、少し微笑みながらこう答えた。


「あなたの目には寂しさが宿っている。それがどうしても気になって、こうして声をかけてしまったのです」


 猫は、長い間誰にも言えなかった孤独を初めて打ち明けた。外の世界が恋しくてたまらないけれど、この部屋に閉じ込められ、自由を奪われているということを。


 雪だるまはしばらく黙り込んだ。そして、優しく木の枝の手を振ると、窓が魔法のように光り始めた。


「さあ、外に出てみませんか?」


 猫は窓に近づき、その不思議な光を見つめた。触れるのは少し怖かったが、雪だるまの優しい目が彼女をそっと後押ししていた。意を決して前足を伸ばし、その光に触れると、驚くべきことにガラスを通り抜けた。次の瞬間、彼女の体は冷たい空気に包まれていた。


「ようこそ、雪の世界へ」

 雪だるまが微笑みながら彼女に手を差し伸べた。猫は初めて踏む雪の感触に驚きながらも、その白い世界に心を奪われた。彼女と雪だるまは一緒に遊び始めた。雪を投げ合ったり、雪の上に絵を描いたり、時にはただ寄り添って夜空を見上げたりした。冷たさなどまったく気にならなかった。


「雪だるまさんといると、こんなにも幸せになれるなんて」

 猫は少し恥ずかしそうに言った。雪だるまは彼女をじっと見つめ、穏やかに微笑んだ。


「あなたが笑ってくれるだけで、私もとても幸せです」


 そんな中、東の空がわずかに赤みを帯び始めた。夜が終わりを告げようとしていた。雪だるまの姿が、ほんの少しずつ変わり始めたのに猫は気づいた。


「雪だるまさん、どうしたの? 何かが違う気がする」

 猫の声には、不安と恐れがにじんでいた。雪だるまは静かに答えた。


「私たちの時間はそろそろ終わりです。太陽が昇ると、私はもういられなくなるのです。」


「そんなの嫌! もっと一緒にいたい!」

 猫は必死に雪だるまの手を握ろうとしたが、彼は首を振った。


「あなたが外にいるところを人間に見つかったら、きっとまた自由を奪われるでしょう。それは、私が望むことではありません」


 雪だるまはそっと猫を説得し、輝く窓の向こうへ戻すよう促した。猫は泣きながらも窓を通り抜け、部屋の中に戻った。窓の光が消えると、彼女は再び閉じ込められたような気持ちになったが、雪だるまがそっと囁いた最後の言葉が耳に残っていた。


「また、寒い夜にお迎えにあがります」


 その約束は猫にとって大きな希望だった。


 しかし翌日、太陽は容赦なく雪を溶かし、雪だるまの姿も少しずつ消えていった。猫は窓越しにその様子を見つめ、声を枯らして泣き叫んだ。


「雪だるまさん、行かないで!」

 けれど、彼の赤いバケツの帽子が地面に落ちたとき、すべてが終わったと悟った。


 それ以来、猫は窓辺に座ることをやめた。彼女は部屋の奥に身を潜め、静かな日々を過ごすようになった。外の世界には、もう何の魅力も感じられなかったのだ。


「雪だるまさんがいない外なんて、見る価値もない」

 そう呟いて眠りについた夜、再び空に雪が降り始めた。冷たいけれど優しい、その白い結晶が静かに庭を覆い尽くしていく。そして猫は、どこかで彼の声を聞いた気がした。


「また会いましょう、猫さん」


 それが夢だったのか現実だったのか、猫にはわからなかった。ただ、雪が降る夜には、彼がもう一度現れると信じたい気持ちだけが胸に残った。


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◇書き換えのポイント◇

 この作品の猫を見ていると、おれ自身の姿が透けて見える気がしたんです。閉じ込められた部屋の中で、外の世界をじっと見つめるその小さな背中。まるで、おれがこれまでの人生で何かを諦めたり、何かに期待したりしてきた時間そのもののように思えました。


 猫の孤独。それをただ描くだけではなく、彼女の心に少しの光を灯してくれる存在として、雪だるまを描きました。ただ、この雪だるまという存在もまた不完全で、儚い。むしろその儚さが、猫の心に刻まれるんです。だからこそ、雪だるまとの交流は、ただの喜びではなく、少しの痛みを伴うものでなくてはならないと感じました。


◇書き換えてみての感想◇

 おれにとって、この作品を書き直すことは、まるで自分の弱さや失敗をまた一つ曝け出すような作業でした。猫は雪だるまに出会うことで一瞬の希望を掴みますが、それもまた手のひらからすり抜けていく砂のようなもの。人生って、そういうものじゃないですか? 手に入れたと思った瞬間に、失う準備をさせられる。


 けれど、希望が完全に消え去るわけじゃない。それを信じたい。いや、信じるしかない。だから最後の夜、再び雪が降る場面を入れました。猫はまだ、雪だるまが戻ってくると信じているんです。信じることができるというだけで、それは小さな救いだと思うんです。


最後に

 この書き直しは、自分自身への問いかけでもありました。希望を掴むためには、失うことを覚悟しなければならない。それでも、人はまた雪が降る夜を待ち続けるものです。この作品がつよ虫さんにとっても、何か感じるものを届けられていれば、それが何よりの幸せです。


 おれにとって、この猫と雪だるまの物語は、何度も手のひらに残る冷たさを感じながら書き直したものでした。どうでしょうか? つよ虫さん、この形で気に入ってもらえれば嬉しいです。


  太宰治(召)

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