第12話 逃亡作戦


 わたしは、三人のメイドに着替えを手伝ってもらっていて、違和感をかんじた。


三人いたわたしの御役付おやくつきのメイドが、シンシア一人しかいないからだ。


御役付きとは、へスぺリデス家人かじんの一人一人についている専属の使用人のことをさしている。


今は、御役付きではないメイドが二人混じって手伝ってくれている。


きっと、いちはやく暇乞いとまごいをして、めていった者がいるのだろう。


ここにいるのは、我が家への忠誠心のある者と、よそへ移る手立てがない者だろう。


わたしの御役付きのメイドとしてたった一人残ってくれたのが、シンシアだけのようだ。


けれどシンシアならば、その気になれば、よそでメイドの職にくことは可能なはずだ。


まじめで、よく気が付く、働き者だから。


今だってわたしの着心地がいいように、なにも言わなくてもコルセットを絞めすぎないでいてくれる。


わたしは、ハッと気づいた。


へスぺリデス家で、普段着ているこんなドレスを着て表に出れば、即刻そっこくみつかって、殺されかねない。


ならば、どうやって屋敷から出るか?


フっとそばにいるメイドに目がとまった。


そうだわ!!


「ねぇ、シンシア。頼みたいことがあるんだけれど」


「ハイお嬢様。なんでもおっしゃってください!マリー様のためならなんだってやります!!」


「ありがとうシンシア。最後に厄介やっかいごとに巻き込んでごめんなさい」


「なにをおっしゃるのですか!お嬢様!?」


「あらためて考えてみると、シンシアとは、長い付き合いになるわね」


「はい。初めて奉公にでて、ごやっかいになったのがこちらでした。初めての御役付きは、マリー様でした。とても嬉しかったのを昨日のことのように覚えています」


「シンシアには、わたしの世話をしてもらう御役付きのせいで、いろいろ面倒をかけましたね」


「そっそんな、もったいないお言葉です」


「シンシア、わたしの御役付きとしての最後のお願いをきいてほしいの」


「はい。なんなりと」


「シンシアのメイド服とこの服を取り換えてほしいの」


「えええええっ!」


シンシアの驚きは、ムリもない。


でも、信頼できて背格好せかっこうのにているシンシアにしか頼めないことだ。


わたしはメイドにふんして、家を出ることを思いついたのだ。


われながら名案だわ。


そうだ、シンシアにわたしに成りすましてもらえれば、修道院に行くまでに時間稼ぎができる。


……いや、それはだめだ。


王家側の人間に踏み込まれたときに、シンシアの身の安全があやぶまれる。


そこまでは、させられない。


メイド服を借りるだけにしよう。


わたしが助かるために、優しいシンシアを犠牲ぎせいにしたくない。


「シンシア、交換ではなくて、メイド服を貸してほしいの」


「?。お嬢様がおっしゃるのであれば、わかりました。……たしかにマリー様の言うとおりですね。今は、お屋敷の周りに見慣れない男たちが屋敷の中をうかがっていると、話にあがっていました」


「やっぱり、そうなのね」


「へスぺリデス家の皆様が外に出るのは、難しいかもしれませんね」


シンシアは、恐縮しながらも、わたしの作戦に協力してくれることを約束してくれた。


「暇乞いをして去っていた者たちもいるんでしょう?」


「申し上げにくいことですが……」


閑散かんさんとしている邸内の様子から自ずとわかってしまう。


「たった半日で素早すばやいものね……」


「婚礼の打ち合わせの際にいらしたエリス王女様からの直々じきじき御声掛おこえがけで、邸内の様子を知らせていたものが何名かいました」


「そこまで、手をまわしていたのエリスは!?」


「はい。今にして思えば、お屋敷内の内情を知らせるだけではなく、お嬢様の悪い噂を流すのに手を貸していたようです」


シンシアの控えめな告発は、わたしに衝撃を与えた。


すでに、あの二人は、今世で用意周到よういしゅうとうにことを運んでいたのだ。


シンシアから借りたメイド服に着替えている間に、さらに思いついたことがあった。


馬車も、家族専用の馬車ではなく、辻馬車を呼んでもうことにした。


無論、顔見知りであることが条件だ。


着替えを手伝ってもらっていた他のメイドに、有能な執事を呼びに行ってもらった。


すぐさまやってきた執事に馬車の件を頼むと、


「心当たりがあります」


と短く告げ、優秀な執事は、部屋を後にしようとした。


ドアを閉める直前に


「お嬢様は、ずいぶんとしっかりされましたね」


「そうかしら?」


「はい。お嬢様のことを我々は、信じております。決して、王家のいうような方ではないとわかっているつもりです」


「ありがとう」


「だからこそ、……口惜くちおしいのです。どうか、修道院まで無事にたどり着いてください」


わたしにまた一人、味方が増えた。


わたしは、この転生の中で、わかり始めたことがある。


鵜呑うのみにする』と『信じること』は、似ているが、違う。


『疑うこと』と『考えること』もまた、似ているが違う。


それは、過去のわたしの集積が、今のわたしをつくっている。


同じわたしにみえても、殺されてきた過去のわたしが積み重なって、今のわたしを形成している。


弱くても、愚かでも、小さな存在のわたしたちは、一つの目的にむかって力をあわせて、大きな一歩を形づくった。


でも、まだ不十分なんだ。


わたしたちは、何のために生き延びようとしているのか?


生き延びた先に何があるのか?


はたまた、殺害されるルートしか残されていないのか。


わたしは、答えのでない堂々巡どうどうめぐりの思考をしながら、使用人用の出入り口で突っ立っていた。


辻馬車が、静かにすべりこんできたが、わたしはドアを開けてくれるのをまっていた。


「オイ、辻馬車風情ふぜいにドアの開け閉めまでやらそいうっていうのか?お嬢ちゃん。早く自分で乗れ」


御者ぎょしゃの男に言われて、ハッとした。


そうだ、わたしは、メイド。


へスぺリデス家の奥様の名代で、修道院にマリーお嬢様の無事を祈りに行くのだ。


「すみません。ぼっーとしていました」


御者は、こちらをちらりとも見ようとしない。


不愛想ぶあいそうこのうえない。


顔もよく見えない。


つばの大き目なハンチングをかぶっているせいだ。


そそくさと乗り込むと、以外にも優しげな鞭の音がかすかにして辻馬車は、静かに走り始めた。



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