第10話 手ひどい裏切り


 直ぐに修道院にむかう準備を始めると、屋敷の周りをうろつく怪しい人影を見たという報告がメイドからあがった。


それは、お母様つきのメイドからだった。


そのことでわたしの身を案じた、お母様から夕闇に紛れて、修道院へむかうよう提案がされた。


ヘスペリデス家の全件を握るお父様も、王家の手の者だろうと結論付け、お母様の提案を受け入れた。


へスぺリデス家に戻ったわたしを捕縛ほばくするために監視しているのだろうと結論にいたった。


緊迫してゆく局面でもお母さまは、


「心配ないわ、マリー」


と声をかけてくれた。


けれど、お母様の顔は、青ざめひきつっていた。


わたしは、ムリもないと思った。


お母様にとっては、一世一代の大博打おおばくちだろう。


お母様は、典型的な夫に従順じゅんじゅうなタイプだ。


それなのに、娘のわたしを助けようとあのお父様相手に、人生で初めての進言をなさった。


「娘のことを案じて修道院にお祈りに行く母親ならば、屋敷をでるのは、怪しまれないと思います」


声が震えていらした。


お母様は、わたしのために勇気を振り絞ってくださったのだ。


そんなお母様の行動は、同じ時代を生きる女として、そして、わたしを大切な娘として、思ってくださっていたのだと痛感した。



夕闇のとばりがおりる頃、わたしとお母様は屋敷を出発した。


一番緊張した瞬間だった。


豪奢なつくりのヘスペリデス家の馬車は、そのキンピカさ加減から嫌でも人目をひく代物しろものだ。


「お母様、馬車を変えた方がよろしいのではないでしょうか?」


「どうして?」


「我が家の馬車は、あまりにも目立ちすぎます。一目でへスぺリデス家の者が乗っていると、遠目からもわかってしまします。そうすれば、否が応でも馬車を調べられます」


「大丈夫よ。わたしが乗っていると、窓から顔を出せば、中を調べられることはないわ」


「そうでしょうか?」


「そうよ。へスぺリデス夫人と分かれば、無理に中を調べるものなどいないわ」


果たしてそうだろうか?


わたしが衛兵なら、調べると思うのだけれど……。


「修道院に着くのは、日をまたぐ頃かもしれないわ……」


お母様の言葉にハッとした。


そう考えると、今世では、2日間生き延びたことになる。


凄い進歩だ。


馬車は、夕闇の中をわたしとお母様、従者と御者の四人を乗せて闇の中に吞み込まれていく。





走り出してからかれこれ一時間くらいたち、わたしは代わり映えしない外の暗闇に飽きはじめていた。


「お母様、夜中でも修道院には、入れるのですか?」


ふと、疑問に思いお母様へ尋ねた。


お母様は、聖書から目を上げてわたしの疑問に答えてくれた。


「修道院という場所はね、『女にとって最後の避難場所シェルター』なのよ。俗世間の様々なしがらみから逃れるために、世を捨て、神に一生を捧げ、尽くすのです。言ってみれば、生きたまま、神の御前にゆくようなものでしょう。……そうでもしないければ、女は、自由になれないよ」


お母様の言葉には、なにか鬼気迫るものを感じる。


「だからね、マリー、女性がいつ訪れてもいいように、四六時中、門戸を開いているのよ。時間のことは、心配しなくて大丈夫よ。いつでも、受け入れてもらえるわ」


しかし、山奥の修道院まで、6時間ほどかかる。


まだ先は長く、安心はできない。


「疲れてたでしょう、マリー。すこし、休憩をしましょう」


お母様の提案に、わたしは同意した。


「丁度この辺りに、小屋が1軒だけあるんですよ。前にも来た時に、休憩に借りたのです」


「そんな所ありましたか?」


修道院には、今までお母様の名代として三回ほどしか伺ったことがない。


うる覚えの記憶をたよりに思い出そうとしたが、休憩にうってつけの小屋などあったかしら?


お母様は、外の御者台に、御者と一緒に座る従者に声をかけた。


「ほら、あそこです。ねぇ、あなた先に行って、わたしの名前を告げてください。話は通してありますから」


話を通して……?


一体いつ、そんなやり取りをする時間が、あったのだろうか?


腹の底から黒いモヤモヤが、立ち込めてくる。


嫌な予感がする。


わたしは、自分の直感を信じたい。


でも、まさか、お母様が?


世間的には、良妻賢母で通っている。


ただ、大人しくお父様の言うことに従うだけの人だ。


無論、お母様の生き方を否定するつもりはない。


今の世の中で、それ以外の生き方ができる女性は、ほぼ皆無なのだから。


わたしも、つい何回目までの『前世のわたし』は、それが一番正しい生き方と思って疑わなかった。


でも、繰り返される『結婚初夜の遺産目当ての殺人』を経験したわたしは、自分で自分の生き方を決めることにした。


殺されないようにするため。


でも、それでいいのだろうか?


助かった先に何があるのか?


イヤ、今はこの直感が、当たってしまってもいいように、行動するんだ!


従者が戻ってくると、お母様に耳打ちをした。


お母様は、小さくうなずくと、にこやかな笑顔をつとめていた。


「さぁ、マリー、中を使わせていただきましょう」


お母様の笑顔は、引きつっていた。




小屋の簡素なドアに従者が手をかけた。


「お嬢様、お先にどうぞ」


引こうとする従者の手ごと両手で押さえて、開けるのを阻止した。


「お母様、この中に王家の追ってがいるのではありませんか?」


「なっ何を言うの!?マリー!!」


「では、当家の者が、わたしを亡き者しようと待ち構えているのではないでしょうね!?」


「ひっ!!」


お母様のは、いつにないわたしの迫力に押されていた。


「はなから奥様には、ムリだと思ってましたよ。マリーお嬢様。奥様は、ヘスペリデス家の当主とちがい、『長いものに巻かれる』派なんですよ。愚かですよね。貴女はそうじゃない。でも、賢すぎる女は命取りですよ」


従者コイツか!?


「反応が遅いですよ!ここで、母親もろとも死ね!!」


愛想のよさそうな従者の顔から、表情が抜け落ちている。


「きゃぁあああああああ!!」


お母様は悲鳴をあげ、腰を抜かしている。


お母様の手を引いて逃げようとも思ったが、結局できなかった 。


なぜなら、わたしがお母様の手を掴んだ瞬間、従者は、一歩踏みだし真一文字にお母様の首をかききった。


ぶしゅゅゅゅゅ!


お母様の白い顔が、鮮血に染まった。


初夜のわたしの顔が、自分の血煙に濡れたのを思いだし、ゾっとした。


お母様は、そのまま、横にばったり倒れた。


「なんてことを……」


お母様が哀れだった。


「お母様!!ごめんなさい」


言いながら、走った。


一刻も早くここを離れるんだ。


「薄情な娘だな、マリーお嬢様わ!!」


あっという間に、従者が後ろに迫っているのが、声の近さからわかった。


怖ぇぇぇぇぇぇ!


「マリー!!こっちだ!!」


えっ!?


誰?まさか……


「こっちへ来い!!」


御者の男が、わたしを大声で呼んだ。


このときになって初めてわたしは、御者がいつかの門番と同じ人物だと気づいた。


ああ、この人だ!


「こっちだ!」


根拠はなかったが、この人こそが……


「呼ぶんだったら助けに来て……」


「来てやればいいのにな?マリーお嬢様?」


わたしの背後に、従者がいた。


その手が、わたしの首の前にある。


手には、お母様の血に濡れた短剣があった。


首に冷たい感触が、横一文に触れた。


血が吹き上がるも、わたしは、慣性にしたがい、数歩走った。


学校で習った『慣性の法則』だ。


なんて思いながら、前のめりに倒れた。


今世もダメだったかぁ。


あと、もう少しだったのに。


やおら、わたしを引き起こし、なにかを叫ぶ人がいた。


「しっかりしろ!マリーまた、逝くのか!?」


聞き覚えのあるバリトンボイス。


この声は、あの人だ。


かつての結婚式の参列者。


そしてへスぺリデス家の門番。


今世では、御者。


「次こそ!来世こそ必ず助ける!!」


あぁ、わたし。


本当の味方になってくれる人に、会えたんだ。


またね。


わたしは、名も知らぬオニキスの瞳をもつ味方に微笑んだ。



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