第8話 悪夢の初夜からの脱出


 わたしが目にした景色は、ベランダの手すりと暗い茂みが見えかくれしている。


この景色は、オイジュスと揉みあっている場面シーンだとすぐに分かった。


やはり、初夜に戻されていた。


今世の三日月は、雲に隠れて薄暗い。


せめて、夫のオイジュス王太子と争いう前の状況なら、なんとかできそうだったけれど。


今世のスタートは、背後をオイジュスに取られ、いつものベランダから突き落とされそうになっている。


この状況だと、『わざと怒らせて、隙をつき背後をとって、逆に突き落とす』の前世の勝確定パターンに持ち込もうかと考えた。


でも、なんだか上手くいかない予感がする。


前回は、オイジュスと揉みあい、いっしょに落ちてわたしは助かるが、結局、牢獄にいれられて獄中での毒殺、と新しい人生ルートが用意されていた。


一進一退いっしんいったいを繰り返しているものの、結局、殺されてしまっている。


う~ん。迷うなぁ~。


前回は、自然な流れで成功したこの部屋からの脱出は、今回はムリな気がする。


一回、冷静になろう。


状況をもう一度おさらいしよう。


……それにしても、ちょっと必死すぎない王太子こいつ!!


「ちょっと!!グイグイ押さないでよ!オイジュス!!」


「なんだよ急に!?騒ぐな!!」


「今、起きたのよ!!」


「!?」


オイジュスは、わたしの言葉に驚いていた。


驚きはしたものの、それまで力いっぱいわたしを突き落とそうとしていた力は急にはやまず、わたしの体をグイっと前に押しだした。


わたしは、反射的に踏ん張れたので、落下せずにすんだ。


幸運だったのは、わたしの体が大きく前のめりになったおかげで、手すりの下が一瞬でもはっきり見えたことだった。


ヤッター!バラの鉄柵がない!!


このことを確認出来た成果は、おおきい。


落下しても、『バラの鉄柵串刺し死』は免れるルートだ!


瞬時に、名案がうかんだ。


わたしは、ひと芝居うつことにした。


これがうまくいけば、過去のわたしたちがしえなかった『奇跡の逃走作戦』ができるかもしれない。


なぜ奇跡かは、簡単だ。


わたしは、自分のたてた脱出作戦を、自分の意思と自分のタイミングで、遂行すいこうできるからだ。


サイは投げられたのではない、わたしがサイを投げるんだ。


自分の人生のハンドリングを自分できるのだから。


「わかった!わかったわ!!もう!わかったから押すなバカ王太子!!」


「なんだと!」


オイジュスは、カッとなり、力まかせにわたしを向き直らせた。


わたしとオイジュは、正面を向き合う体勢になった。


やったわ!!第一段階成功!


オイジュス、ありがとう!!単純なヤツで!!!


「あなたねぇ、ここから、みずから進んで落ちてやるんだから、悪口の一つや二つ大目に見なさいよ!ミジンコ王太子」


「なぁ つ!?そんなこと言われたことないぞ!!」


どうせなら、腹いせに長い前世から続く積年の恨みごとを、直接言ってやる。


「あら!?当たり前でしょう!仮にも次期国王様なんだから。み~んな思ってたって言わないわよ」


「ひっひどいや!!」


「どっちがよ!?どうせだ~い好きなエリスお姉さまに入れ知恵されて、へスぺリデス家の遺産相続の権利ほしさに、わたしを殺すんでしょう!!


「どっ、どうして?」


「あと、エリスが、ワンパターンで面白味ないって、王太子様」


なにかは、清らかなわたしたちは知らない。


あと、ここでいワンパターンは、わたしの殺害方法のことだけど。


「なっ!!」


「あと、最後に」


オイジュスとむきあったまま、手すりの上にゆっくりと立った。


夜風に吹かれて、気持ちがいい。


初夜のためにあつらえたネグリジェドレスがたなびく。


ああ~、こんなにかわいいネグリジェドレスなのに。


こんなヤツの為だったのかと思うと、悔しくて悔しくて、一泡吹かせたくなる。


でもこの段階で、『奇跡の逃走作戦』の第二段階は、難なく成功している。


怪しまれてもいない。


ついでに、わたしたちの悔しさを、おもいっきりぶつけてやる!!


「一瞬でもお前みたいなカス野郎を好きになった、今世のわたしと前々々々々世のわたしたちに、謝れバーカ!!」


そして、自分の意志で落ちた。


生きて逃げるための最大のポイントは、真下にただ落ちる。


だからこの時点で、『奇跡の逃走作戦』の最終段階は成功した!!!


ここは二階。


前世の助かった経験があるから、絶対にイケるとわたしは考えた。


手で、壁を擦りながら、落下のスピードと衝撃をころす。


着地までに、ときおり鋭い痛みがはしる。


手のケガは覚悟の上だ。


すり傷、きり傷、爪の一枚や二枚は、ムリかもだけどー-


落下死を装って逃亡の時間稼ぎをするんだ!!


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


「マリ~」


覚悟はしていたけれど、女の子だから自然と悲鳴が、口をついて出てしまった。


情けないなぁ、わたし。


絶対『きゃぁ』とか言いたくなかった。


弱虫みたいじゃない。


あと、なにあのオイジュスのわたしを呼ぶ呼び方!?


さも、わたしの殺害を『事故』に装うために、名前を叫ぶ小芝居をして。


それなのに、呼び方に一切の緊張感が感じられない!!


間抜けな呼び方に、偽装だとばれるんじゃないかとわたしが、ヒヤヒヤしたわ!


アイツは、大根役者だ。


外交や折衝せっしょうごとにむいてない。


お父様のほうが、何枚も上手うわてだ。


こーゆーところは海千山千のお父様は、さすがだといえる。


着地の瞬間、足を痛めた。


茂みのおかげで思いのほか、ドサッという音が派手にしてくれた。


夜の二階のベランダからでは、私の生死の確認はしづらい。


さらに、茂みがわたしの姿を隠してくれた。


きっと、音だけでわたしが落下死したと思っただろう。


走ると痛みはあるけど、かまっていられない。


今度こそ、うまく逃げなくてわ。


でも、どこへむかえばいい?






悲しいかな行くあてなど、思いつかなかった。


生家へ向かう途中、森の中で一晩を過ごすことにした。


夢中で逃げているうちに、雲間がきれ、キレイな三日月が見えた。


暖をとりたいが、マッチなどが一切ない状態からの火おこしができるようなそんな技術スキルは、わたしにはない。


肌寒いのをガマンするか、先を急ぐかのどちらかしか、選択肢はなかたった。


だから少々の寒さより、森の中で朝日がのぼるを待つことにした。


もしかしたら、今世での時間は、残りわずかかもしれない。


ひとりで、考えたかった。


夜空には、星がまたたいている。


いったい今まで、わたしたちは、何回殺されたのだろうか?


そのたびに、わたしたちはそれぞれの世界で、絶望と悲しみにくれた。


どうして、こんな悲しいことを繰り返しているのか?


わからないことだらけだ。


この方向で考えていると、気がめいってくる。


もう、頑張らなくてもいい気がしてくる。


頭をふって、暗い考えをうちはらった。


マイナスを数えるより、プラスのことを数えよう。


わたしくらい、自分の優しい味方でありたい。


だから、今世の成果を思い返してみた。


オイジュスに面と向かって文句を言ってやった。


わたしとリンクうする前の、今世のわたしと過去のわたしたちの、何万分の一くらいの裏切られた悔しさをやっと吐き出せた気がする。


気分もすこしは、晴れた気がした。


毎回、やられっぱなしなのも、おもしろくない。


幼稚な仕返しかもしれないが、やり返せたことに意義がある。


自分から落ちたのもよかったかも。


アイツにわたしの命をどうこうされるのは、正直、胸糞悪い。


無論、落ちない状況がつくれれば、一番よかったけれど。


体のこわばりがゆるんでゆくのを感じる。


すこし眠気がしてきた。


帰れるところは一つしか残っていない。


生家だ。


問題は、お父様。


前世までのお父様は 、わたしを自分の手ゴマの一つだとしか見ていなかった。


おそらく、今世もお父様の高圧的な態度が軟化しているとは、思えない。


ならば、オイジュスとエリスの計画を明かし、お父様の『敵』として認識させる。


わたしとお父様の『共通の敵』として、共に力を合わせて抵抗する協力関係になればいい。


実家を目指そう。


今世は、お父様を納得させれるように、慎重に話そう。


そういえば、わたしは、いままでお父様相手に交渉しようという発想自体なかった。


そおゆうメンタルを今世のわたしが、獲得していることに驚いた。


思えば、わたしたちは最初のわたしから、だいぶ逞しくなっている気がする。


だとしたら、そこに生きる活路かつろと甦り続ける理由が、あるのかもしれない。


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