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それからも、ランは毎日店に訪ねてきた。

ランは、純鈴すみれ深悠みはるへの気持ちを知っているので、恐らく何か勘づいてはいるだろうが、純鈴が公園で踞っていた理由を聞く事はなかった。


何事もなかったかのように、いつも通り。それには純鈴も助けられたが、ランの秘密主義なスタンスも相変わらずだった。ランが、家族や自分の事を話をしてくれる事はない、なので純鈴も、ランとの結婚を承諾する事はなかった。


とはいえ、ランの事を邪険に扱えない純鈴がいる。

あの夜、それが偶然でも、お芝居だとしても、純鈴の事を探し回ってくれたのは、ランだけだ。


ランの事をいくら疑おうと、気づいたら見えない優しさでくるまれて、ランの事を信じようとしている自分がいる。

これも、詐欺師の手かもしれないのに。

そうは思っていても、変化していく自分の気持ちにどうにも出来ず、純鈴は戸惑うばかりだった。






しかし、このままという訳にもいかない。


ランが商品を買ってくれる事は、確かに大事な収入源と化しているが、そもそも、ランにはこの店の命運を握られているような状況、いくらお金を落として貰っても、このままでは事態の好転は望めない。


だから純鈴には、何か対策が必要だった。

時谷ときたにの力を使わず、この店を守る方法を。


母の花純かすみに何を言ったか知らないが、花純はランとの結婚に前向きだ。娘をきっと幸せにしてくれると、ランの財力と人の良さそうな雰囲気が、そうさせているのかもしれない。


だが、冷静にランのやり方を考えれば、彼がどんなに非道かはよく分かる筈、金で伴侶を買おうだなんて、道理に反してる。


なので、いくらその優しさを垣間見たとて、それはまた別の話だと、今日も純鈴は、頑張って強気を見せながら、ランのプロポーズを突き返していた。



「申し訳ありませんが、何度来ようと無駄です!」

「毎日通ってるのに、この熱意は伝わりませんか?」

「通えば伝わると思ってるんですか?そんな人の足元を見て結婚すような人、願い下げです」

「僕は見下してなんかいませんよ、寧ろあなたを守りたいと言ってるんです」

「結構です、この店は私が守ります!」

「僕は、あなたをと言ったんですよ?」

「…守られる必要はありません、大体、財力や権力をちらつかせて結婚なんて、そんな事になれば、私ずっとあなたを嫌いますよ。そんな人と結婚してどうするつもりですか」

「あなたといられます」

「悪趣味です!」


そう突っぱねると、ランはおかしそうに笑った。毎日同じようなやり取りをしているが、ランはどこか楽しそうにも見える。


こっちは、いつも必死なのに。


胸の内で不服そうに呟きながら、純鈴はどら焼の入った紙袋をランに手渡す。たまには、大福とか買って貰えないだろうか、とも思うのだが、余計な事を言うとランが調子に乗りそうなので、純鈴はぐっと言葉を飲み込んだ。


「じゃあ、また明日」

「残念ながら、明日は定休日です」


そう、明日は週に一度の定休日、ランの顔を見ないで済む数少ない日だ。残念でしたと言わんばかりに、得意気な顔をしてみせる純鈴だが、ランは逆に、パッと表情を明るくさせた。


「それなら、デートしませんか?」

「……は?」


思いもよらず、素っ頓狂な声が出てしまった。そんな純鈴に対し、ランはニコニコと可愛らしい表情を崩さない。


「買い出しの付き合いとかでも良いですよ。休日の予定は?」

「待ってよ、私は休みでも、あなたは仕事があるんじゃない?」


明日は水曜日で平日だ。ランがどんな仕事をしているのかは知らないが、普通なら仕事をしているだろう。


「僕の仕事は融通が利きますから。今は、社長の弟というのが仕事のようなものです」

「どういうこと?」

「僕にも色々あるんですよ」


困ったように眉を下げながら言うが、その理由はやはり教えてくれなさそうだ。


「…未来の結婚相手にも言えない事?」

「あれ?結婚してくれる気になりましたか」

「そ、…そういうんじゃないけど」

「では申し上げられません。そろそろ頷いてくれませんか?でなければ、この店は失われますよ」


得意気にも見えるランに、純鈴は溜め息を吐いた。


「…良いよ、どこか別の場所で店をやるから」

「…店の移転は、先代の理念に反するのでは?」

「それは、義父が勝手に決めた事です。その義父はもういないし、今、この店の商品を作ってるのは私です。私が受け継いでるんだから、この店をどうしようと、あなたに関係ないでしょ」


母の花純の承諾が必要だが、敢えてここで言う必要はあるまい。


「…本気なんですか?」


すると、ランは表情を変えた。困って狼狽えているように見えるその様子に、純鈴は眉を寄せた。


「…やっぱり、何か目的があるんだ。私と結婚して何が得られるの?この店が潰れかけてるの知ってるでしょ?」


そう、ランが詐欺師だとして、何故自分をここまで執拗に狙うのか、純鈴には見当がつかなかった。

店にお金がない事を、ランは知っている。ギリギリでやっているのだ、大苑屋おおぞのや以外にも、懇意にしてもらっている店に商品を置いて貰ったりして、どうにか店を成り立たせている状況だ。それを知って、この店から何を絞り取ろうというのか。

黙っていれば、この土地は時谷のものだ。社長の弟でいながら、どうして。


「…僕は、あなたに本気なだけですよ」


それでも、ランは答えようとしない。底の見えない瞳は、真実を上手く隠して、その感情すら晒す事はもうない。

純鈴はそれが悔しくて、ぎゅっと拳を握りしめた。


「嘘ばっかり!どうせ、私が傷ついてるの見て、面白がってるだけでしょ!」


ランが否定しかけたが、純鈴はその答えを聞くより早く、ランを店から追いやってしまった。


「…また、来ます」


ガラス越しに控えめな声が聞こえて、去っていく足音に、純鈴はようやく戸から手を放した。


「…何よ、バカにして」


八つ当たりに近かったが、どんどん自分が惨めになっていくようで、これ以上は耐えられなかった。




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