13
それからも、ランは毎日店に訪ねてきた。
ランは、
何事もなかったかのように、いつも通り。それには純鈴も助けられたが、ランの秘密主義なスタンスも相変わらずだった。ランが、家族や自分の事を話をしてくれる事はない、なので純鈴も、ランとの結婚を承諾する事はなかった。
とはいえ、ランの事を邪険に扱えない純鈴がいる。
あの夜、それが偶然でも、お芝居だとしても、純鈴の事を探し回ってくれたのは、ランだけだ。
ランの事をいくら疑おうと、気づいたら見えない優しさでくるまれて、ランの事を信じようとしている自分がいる。
これも、詐欺師の手かもしれないのに。
そうは思っていても、変化していく自分の気持ちにどうにも出来ず、純鈴は戸惑うばかりだった。
しかし、このままという訳にもいかない。
ランが商品を買ってくれる事は、確かに大事な収入源と化しているが、そもそも、ランにはこの店の命運を握られているような状況、いくらお金を落として貰っても、このままでは事態の好転は望めない。
だから純鈴には、何か対策が必要だった。
母の
だが、冷静にランのやり方を考えれば、彼がどんなに非道かはよく分かる筈、金で伴侶を買おうだなんて、道理に反してる。
なので、いくらその優しさを垣間見たとて、それはまた別の話だと、今日も純鈴は、頑張って強気を見せながら、ランのプロポーズを突き返していた。
「申し訳ありませんが、何度来ようと無駄です!」
「毎日通ってるのに、この熱意は伝わりませんか?」
「通えば伝わると思ってるんですか?そんな人の足元を見て結婚すような人、願い下げです」
「僕は見下してなんかいませんよ、寧ろあなたを守りたいと言ってるんです」
「結構です、この店は私が守ります!」
「僕は、あなたをと言ったんですよ?」
「…守られる必要はありません、大体、財力や権力をちらつかせて結婚なんて、そんな事になれば、私ずっとあなたを嫌いますよ。そんな人と結婚してどうするつもりですか」
「あなたといられます」
「悪趣味です!」
そう突っぱねると、ランはおかしそうに笑った。毎日同じようなやり取りをしているが、ランはどこか楽しそうにも見える。
こっちは、いつも必死なのに。
胸の内で不服そうに呟きながら、純鈴はどら焼の入った紙袋をランに手渡す。たまには、大福とか買って貰えないだろうか、とも思うのだが、余計な事を言うとランが調子に乗りそうなので、純鈴はぐっと言葉を飲み込んだ。
「じゃあ、また明日」
「残念ながら、明日は定休日です」
そう、明日は週に一度の定休日、ランの顔を見ないで済む数少ない日だ。残念でしたと言わんばかりに、得意気な顔をしてみせる純鈴だが、ランは逆に、パッと表情を明るくさせた。
「それなら、デートしませんか?」
「……は?」
思いもよらず、素っ頓狂な声が出てしまった。そんな純鈴に対し、ランはニコニコと可愛らしい表情を崩さない。
「買い出しの付き合いとかでも良いですよ。休日の予定は?」
「待ってよ、私は休みでも、あなたは仕事があるんじゃない?」
明日は水曜日で平日だ。ランがどんな仕事をしているのかは知らないが、普通なら仕事をしているだろう。
「僕の仕事は融通が利きますから。今は、社長の弟というのが仕事のようなものです」
「どういうこと?」
「僕にも色々あるんですよ」
困ったように眉を下げながら言うが、その理由はやはり教えてくれなさそうだ。
「…未来の結婚相手にも言えない事?」
「あれ?結婚してくれる気になりましたか」
「そ、…そういうんじゃないけど」
「では申し上げられません。そろそろ頷いてくれませんか?でなければ、この店は失われますよ」
得意気にも見えるランに、純鈴は溜め息を吐いた。
「…良いよ、どこか別の場所で店をやるから」
「…店の移転は、先代の理念に反するのでは?」
「それは、義父が勝手に決めた事です。その義父はもういないし、今、この店の商品を作ってるのは私です。私が受け継いでるんだから、この店をどうしようと、あなたに関係ないでしょ」
母の花純の承諾が必要だが、敢えてここで言う必要はあるまい。
「…本気なんですか?」
すると、ランは表情を変えた。困って狼狽えているように見えるその様子に、純鈴は眉を寄せた。
「…やっぱり、何か目的があるんだ。私と結婚して何が得られるの?この店が潰れかけてるの知ってるでしょ?」
そう、ランが詐欺師だとして、何故自分をここまで執拗に狙うのか、純鈴には見当がつかなかった。
店にお金がない事を、ランは知っている。ギリギリでやっているのだ、
黙っていれば、この土地は時谷のものだ。社長の弟でいながら、どうして。
「…僕は、あなたに本気なだけですよ」
それでも、ランは答えようとしない。底の見えない瞳は、真実を上手く隠して、その感情すら晒す事はもうない。
純鈴はそれが悔しくて、ぎゅっと拳を握りしめた。
「嘘ばっかり!どうせ、私が傷ついてるの見て、面白がってるだけでしょ!」
ランが否定しかけたが、純鈴はその答えを聞くより早く、ランを店から追いやってしまった。
「…また、来ます」
ガラス越しに控えめな声が聞こえて、去っていく足音に、純鈴はようやく戸から手を放した。
「…何よ、バカにして」
八つ当たりに近かったが、どんどん自分が惨めになっていくようで、これ以上は耐えられなかった。
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