12
両親が再婚して、この町にやって来たばかりの頃、学校に馴染めない日々が続き、学校に行きたくないと
探しに来たって帰らないつもりだったが、行く宛もお金もない純鈴は結局どこにも行けず、おまけに道に迷って帰る事も出来ず、こんな風に公園のベンチで踞っていた。
辺りはすっかり夜となり、心細さと恐怖で震えていた純鈴を一番に見つけてくれたのが、深悠だった。
「迎えにきたよ」
優しい声に顔を上げれば、ほっとした様子の深悠がいた。
「ほら、一緒に帰ろ?」
怒りもせず、屈んで手を差し出してくれる。その手に触れた瞬間、純鈴は涙が止まらなくなって、そんな純鈴を「大丈夫だよ」と、深悠は優しく抱きしめてくれた。
その時から、深悠は純鈴にとってはヒーローで、困った時は何だって相談してたし、何度も好きだと伝えた。
浴衣を着て望んだ夏祭りも、ドレスのコスプレで気合いをいれたハロウィンも、受験合格した時も、誕生日も。
でも、深悠の答えは決まって「俺もだよ」と、妹に接するのと同じだった。
それなのに、純鈴の思いだけが膨らみ続けていく。
ヒーローなら、恋の忘れ方も導いてくれないだろうか、助けてくれないだろうか、誰か、誰でもいいから助けてほしい、この痛みから抜け出させてほしい。
「…見つけた」
声がして、純鈴は反射的に顔を上げた。そして、目の前に現れた人物に、その瞳がみるみると見開かれていく。
どうして、ここにいるの。
声にならずに訴えれば、ランは乱れた呼吸を整えながらも、いつもの笑顔を浮かべた。
「…迎えに来ましたよ」
いつか深悠が言ってくれた言葉だ、今それを聞きたいのも、言ってほしいのも深悠なのに、目の前にいるのは、深悠ではない。
分かっていても、それがどうしても苦しくて、純鈴は堪らず顔を伏せた。
走って来たのだろうか、心配してくれたのだろうか、それが、どうして深悠ではないんだろう。何一つ信用ならない、ランなのだろう。
「…なんで、あなたが、」
「…
「…どうして」
「いなければ探しますよ」
穏やかな優しい声に、純鈴は、何故か無性に腹が立った。
「…あぁ、別に逃げたりしないから、結婚しなきゃならない理由があるんだもんね」
何だか悔しくて、八つ当たりのようになってしまった。深悠は探しもしてくれない、そんな事、望んでもいない筈なのに、どうしてこうも自分は、欲深く独りよがりなのだろう。
勝手に落ち込む純鈴をどう見たのか、ランは小さく溜め息を吐くと、純鈴の前に跪き、純鈴を見上げた。
深く底の見えない黒い瞳に、きらと小さな光が見える。公園を照らす街灯の灯りが反射したのだろうか、その瞳の底が見えた気がして、純鈴は狼狽えた。
その底に見えたのは、純鈴への思いだったからだ。優しく温もりのある瞳は、純鈴の心をそっと包んでくれるみたいで、その瞳に頼りたくなってしまう。
「そうじゃないですよ、単純に心配でしょ。僕が、勝手に大苑屋さんに結婚の話をしてしまったから、あなた怒ったでしょう?」
しかし、だからといって、簡単に素直になれる訳もないし、その件について、純鈴は良く思っていない。
「…分かってるなら、勝手な事しないでよ」
「すみません」
「私は、まだ何も答えてないんですから」
「はい」
「…私の気持ちも考えてよ、迷惑なの」
「でも、僕にはあなたが必要だから」
その困ったような言葉に、表情に、純鈴はとうとうランの瞳から目が逸らせず困惑した。
どうして、ランなのだろう。こんなにも迷惑してる筈なのに、ランだけが探してきてくれた、それが、胸を苦しくさせる。
更には何だか涙まで込み上げてきて、それが悔しいからなのか、不甲斐ないからなのか、情けないからなのか、それとも嬉しいからなのか。自分でも自分の気持ちが分からない。
それもこれも、ランのせいだ、ランがもっと自分の事を信じさせてくれたら、きっと心を許せたかもしれないのに。
純鈴は俯き、その手を膝の上でぎゅっと握った。
「…ランさんの話を聞かせてよ、信じさせてよ、せめて」
「…僕の話した事は、嘘ではないよ」
「じゃあ、どうして私なの」
「一目惚れだから」
「違うでしょ?
純鈴の涙を拭おうとしてか、だが、純鈴へと伸ばしかけたランの手は、小さく拳を握り、所在なくだらりと力を失った。
「…僕は、あなたにとって何になれるんでしょうね」
「……え?」
「せめて、」
ランは何か言いかけたが、緩く首を振って立ち上がった。そして、純鈴に手を差し出す。
「夜は冷えます、ひとまず帰りましょう。送りますよ」
躊躇う純鈴に、ランは構わずその手を握ると、有無を言わさずベンチから立ち上がらせ、そのまま歩き出した。
「…あの、歩けますから」
「僕にとって、あなたは大事なんです。心配させた分、これくらいは許して下さい」
強引だが、その声は申し訳なく揺れていた。
手首を掴んでいたランの手は、やがて純鈴の手を柔らかく包み込む。
儚げな雰囲気に対し、ランの手はいつも温かい。純鈴はそっと顔を俯けると、ランには気づかれないようにその涙を拭い取り、それから少しだけ、その手を握り返した。
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