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東京の片隅にある小さな町、
川のせせらぎが心地よく、穏やかな時間の流れは、ここが東京である事も、日々溜まった疲れも忘れさせてくれるだろう。川では鮎釣りが出来るので、以前はそれ目当てにやって来る宿泊客も多かったが、数年前、この旅館が映画の舞台となってからは、映画の聖地として安定した経営を続けている。
その旅館から少し離れた場所にある下見沢駅は、大苑屋の最寄り駅だ。
町に名物があれば、駅の周辺も普通なら賑わいを見せる所。だが、この町の商店街は、残念ながらシャッター通りと化していた。
駅前にはバスのロータリーがあり、左手に顔を向けると、商店の建ち並ぶ通りが見えてくる。
サンサン通りと名付けられた商店街だが、残念ながら太陽が昇る気配は感じられない。右を見ても左を見ても、店舗は軒並みシャッターを下ろし、ひと気を感じない古びた店ばかりだ。以前は、明るく賑やかな人々の笑い声が飛び交っていたと思われるが、今ではシンと静まり返り、体感温度さえ低く感じられる程だ。
そんな中、唯一シャッターを閉めず、休まず営業を続けている店がある。
二階を住居にあてた趣きのある和菓子屋で、“
ガラス窓の嵌め込まれた木の引き戸をカラリと開けると、正面に出迎えてくれるのは、綺麗に磨かれたショーケース。入り口の左側には籐の椅子が三脚置かれ、壁には年季の入った、どこかの島のポスターが貼られている。
ショーケースの上はカウンターになっており、その奥にかかる暖簾をくぐれば、右手は店舗と地続きの厨房がある。
正面から左手は一段高くなっており、左手には住居部分の居間が。正面奥には、小さな庭が見える。そこには、青々と葉を繁らせ、小さな赤い木の実をつけた立派な一本の木と、小さいながらも縁側があった。
その傍らにある階段からは、二階に上がる事が出来る。
今日も高屋の厨房からは、あんこの香りが漂っていた。
懸命に小豆を煮る鍋と向き合っているのは、
一度も染めていない筈の黒髪は、何故か茶色に近い。これは幼い頃からで、学生の頃は地毛だと信じて貰うのに苦労した。それを後ろに纏めてお団子にし、服装はTシャツにジーンズ、小豆色の前掛けをしている。彼女は、厨房でも店頭でもこの姿だ。
特に秀でた特徴もない、どこにでもいそうな女性だと純鈴自身も思っているが、この店のあんこの味だけは、どこの店にも負けないと思っている。
義父から受け継いだ、大事な味だからだ。
高家は、どら焼がメインの和菓子屋だ。その他にも、おはぎや豆大福も置かれていたが、品目はそれのみで、品数も極端に少なかった。
それらは店ならではのこだわりではなく、単に客が来ないので仕方なくの結果だった。
周りの店は軒並みシャッターを下ろしているので、この殺風景で体感温度の低い商店街に人が来ないのも仕方のない事。だからといって、遠方から客を呼べる程の力が純鈴にはない。それでも、先代から受け継がれたあんこの味だけは、変わりなく作れている。だから、この店はどうにか生き残ってこれた。
高屋の先代、純鈴の義父であるコウシは、人当たりが良く顔も広い、その上、和菓子作りの腕は一流であった。純鈴にとっては、母の再婚相手で血の繋がりはないが、それでもコウシを本当の父親のように慕っていた。
そのコウシも、一昨年亡くなった。まだ五十代と若かったが、突然死だった。
それからは、母子でコウシの味を受け継ぎ、コウシの為にもこの店を守る覚悟だったのだが、残念ながら、店は既に潰れそうである。
近所のお得意さんも徐々に減り、今では大苑屋だけが、唯一の大きな取り引き先だった。
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