カフェFelur~植物オタクと死にたい女の話

@takiiti

オトギリソウ(1)


「…死にたい」


 私は小さくつぶやいた。


 外はうだるような暑さだ。今日も日中の最高気温が記録更新したとニュースで言っていた。セミが喧しく鳴きわめき、遠くに陽炎が立ち上っているのがぼんやり見えた。今は夏休みだというのにあまり子供の姿が見えない。元気に走り回る時代でもなくなった、ということなのだろうか。すれ違ったサラリーマンが私のことをジロジロ見てきた。あんまりにも暗い顔をしていたからだろうか。ちなみに私の美貌のせいでないことは百も承知である。


 今の私にはそのすべてが鬱陶しかった。私は今スーツ姿で外を歩いている。今日家に帰ってきて着替える気になれず、そのまま家を出てきた。ハンドバッグを持っているのは昔からの癖で、外に行くときは何かしらバッグを持っていきなさい、と母親から言われていたからだ。その両親に見つかると止められそうな気がしたので内緒で出てきた。今はとにかく一人になりたかった。


 引きずるように足を動かしているとふいにカンカンという聞きなれた音が聞こえてきた。顔を上げると踏切の遮断機が目に入ってきた。以前学校の通学路で通っていた踏切だ、とぼんやりした脳みそで理解する。この踏切は家から結構離れており、もうこんなとこまで歩いてきたのか、と自分で驚いてしまった。

 

 ふと、さっきのつぶやきが脳裏をよぎった。

 

 死にたい。

 

 そうだ。死んでしまえばいい。死ねば楽になれる。今ここで足を踏み出して線路の真ん中にいれば願いが叶う。


 そう思うと自然と足が踏切をまたぎ、線路の真ん中で止まっていた。

 しばらく待っていると遠くに光が見えた。

 

 あの電車は特急かな。鈍行ならあるいは中途半端に助かってしまうかもしれない。特急ならいっそ気持ちいいぐらいに私の体をグチャグチャにしてくれるだろう。

 そんなことを考えている間にもどんどん電車は迫ってくる。ゴトンゴトンという音が聞こえてきた。私の体が震えているのは電車の振動か、死への恐怖か。遮断機の警報がうるさい。セミの声がうるさい。誰かの声がうるさい。早く。早く私を殺してくれ。

 そして………


 

 電車が通り過ぎるとそこには血の海が広がり、肉片がそこかしこに飛散していた。

…ということはなかった。代わりに踏切の外に座り込む人影が二つあった。

 一つは私だ。もう一つは見知らぬ男だった。


 その男は青色のポロシャツに黒っぽい青色のジーンズを履いていた。座っているからわかりにくいが、多分身長は高い方。私の肩に手を置き、少し息を切らしていた。


「…大丈夫ですか?怪我はありませんか?」


 息を整えて男は私に尋ねた。少し困ったような顔をしながら。


 私はというと、


「ごめん…。ごめんね…。良介…。ごめんなさい…。本当にごめんなさい…」


 男の顔を確認して自殺に失敗したことを理解し、ただひたすらに涙を流して謝っていた。それが目の前の男に対してなのか、それとももういない「あいつ」に対してなのかは自分でもわからなかった。

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