第8話『反抗期再来?』

『反抗期再来?』(1)

アヤメとリョウは、午前中は城の図書館で勉強をするのが日課になっていた。

勉強と言うよりは自習で、適当に好きな本を読むだけだ。


(オランのお嫁さんになるんだから、頑張らなくちゃ…)


そういう意識も芽生え、魔界や他の世界の事など色々知りたいと、様々な本を手に取った。

読書用の机に二人並んで座ると、リョウは隣で黙々と難しそうな本を読み始めた。

天界にはない魔界の書物は、リョウにとっては興味津々なのだ。

だが、見た目は3〜4歳の子供。どこまで読めて、どこまで理解しているのかは不明だ。

アヤメが読んでいるのは、様々な世界と種族に関する解説書だった。

この世には、人間の他に悪魔や天使という種族がいる事は理解してきた。


「悪魔はオランの事よね。天使はリョウくん。あとは………しにがみ?」


アヤメは、その見慣れない文字と種族が気になって、ページをめくる手を止めた。

リョウが反応して、隣に座るアヤメに顔を向けた。


「ボク知ってるよ、死神!カマ持ってるの」

「え、鎌?なんで?草刈りするの?」

「分かんなーい!」


アヤメは再び本に視線を向ける。死神の図を見ると、確かに鎌を持った人のようだ。

解説を読むと、人間の魂を狩って喰う種族らしい。


(なんだか怖いなぁ…死神って……)


そう思うアヤメだが、オランだって人間の生命力を吸収して活動する悪魔である事を忘れている。

その時、図書館の壁に掛けられた大きな振り子時計が、正午を知らせる鐘を鳴らした。


「あっ!お昼の時間。リョウくん、食堂に行こう」

「うん!!」


昼食の時間は、昼間にオランと会える貴重な時間でもある。

アヤメはリョウと手を繋いで図書館を後にした。





魔王専用の食堂に行くと、すでにオランの姿があった。

アヤメはオランを見付けると、小走りで向かって行き抱きついた。


「オラン、お疲れ様。会いたかった…」


遠く離れていた訳でもないのに、アヤメはオランに会う度に再会を喜ぶ。


「ああ、いい子にしてたか?」

「してたもん〜」


オランは、まるで子供の相手をするような反応を返す。

アヤメは、まるで子供のように無邪気な笑顔を返す。

この『じゃれ合い』も日課だ。

だが……そんな和やかな昼のひとときを、オランの一言が一変させた。


「明日、出張に出かける。少しの間、一人でも大丈夫だな?」

「………え?」


アヤメの笑顔も一変して、目を見開いたまま言葉が出ない。

ようやく口を開くと同時に、言葉と感情が一気に溢れ出た。


「やだ、大丈夫じゃない…!」

「だと思って、日帰りにしたからな。1日くらい我慢できるだろ?」

「いや、無理、やだ、行かないで!!」


今生の別れでもないのに、アヤメは泣きそうになって懇願する。

オランは言い方を間違えた。疑問形で聞けば、答えは否定形になる。

この状況に相応しいのは、命令形だ。


「1日くらい、我慢しろ」

「…………」


アヤメが少しの時間でもオランと離れる事が出来ないのは、前回の事で分かっているはず。

そもそも、アヤメがここまで依存するのは、オランが愛情と称して行う『調教』の成果なのだ。

散々、離れられないように縛り付けておいて、今度は我慢しろだなんて……。

アヤメも必死で、今回ばかりは一歩も引かない。


「じゃあ、私も一緒に行く」

「ダメだ。行き先は異世界だ。人間が行き来するには危険が伴う」

「うぅ……ばか…オランのばかーー!!」


アヤメの口からは普段言わないような言葉が次々と飛び出してくる。

従順なアヤメは、普段はここまで聞き分けが悪い娘ではない。

どうやら、まだ反抗期は続いているようだ。

いや、反抗期の再来だろうか?

いつか、このような事態になると予測は出来た。己の願望を優先させた代償だろう。

オランも少々、目論みを誤っていた。


「アヤメ」

「……うん?」

「とりあえず飯食え」

「………それ命令?」

「あ〜〜…そうだ、命令だ」

「分かったぁ……食べる」


アヤメは素直にテーブルに着いた。

日々の『仕込み』で、アヤメは命令だと言われると無条件に従ってしまう。

すでにテーブルに着いて成り行きを見守っていたリョウは、オランをキッと睨んだ。


「お兄ちゃん、お姉ちゃんをいじめたら、だめ〜〜!!」


アヤメは微笑んで『大丈夫だよ』とリョウの頭を撫でる。

内心、『大丈夫ではない』アヤメの心を察したオランは、何も言い返さなかった。

だが、オランの内心は……


(…………可愛いな)




この悪魔は、どこまでも救いようがない。







次の日の朝。

『日帰り出張』の為、オランは朝早くに出発し、夜遅くに帰る予定らしい。

ほぼ丸一日、アヤメはオランと離れる事になる。

早朝にも関わらず、アヤメはしっかりと目を覚ました。

その後、熱い抱擁と口付けを交わしたのは、言うまでもない……。

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