美しく脆い魔王

 マージュを殺害してからというもの、ペールはずっとだんまりだった。それだけではなく、表情も青く、暗い。

 アリスはその様子に気が付くと、すぐに声をかけた。先程の戦闘でなにか影響を受けていたのであれば、改善しなくてはならない。

 この世界で名の通った権力者だ。そう易々と手放せない。部下の管理もアリスの仕事とも言える。


「どしたの、体調でも悪い?」

「え!? い、いえ! 全く問題ありません!」


 ペールは急いで笑顔を作り、誤魔化した。その満面の笑みにアリスは逆に気圧されて、続けて気を遣うことはなかった。

 一方でペールは、その笑顔と裏腹に心臓が破裂するのではないかというくらいに鳴っていた。


(悪くなるに決まっているだろう! あんな化け物を見せられて、どうしろというのだ!)


 ガタガタと震えながら、アリスの機嫌を損ねるような返事をしないようにと気を張った。

 アリスはただの親切で気にかけたというのに、それが余計に体調を悪くさせていたのだった。

 それに、ペールは会話もきちんと聞いていた。あの口ぶりでは、化け物という呼称が愛らしく思えるほどの存在が、まだまだ背後にいるのだ。

 恐ろしいなんてものではない。

 従っていて正解だった、と心の底から思った。マージュのように反抗心を見せていれば、レベルが高いだけのただの人間であるペールは、跡形もなく消されていただろう。

 恐怖に支配されたペールは、これからも尽くそうと誓うのだった。



 一行は、魔王のいる部屋へとたどり着いていた。

 荘厳な扉が、アリス達の前に佇んでいる。中から漏れている魔力が既に濃く、奥に目的の人物がいるのが分かった。

 普通であればここで覚悟を決めたり、昔を思い出したりして挑むのだろう。

 だがアリスにとっては、散歩、旅行と同じ。いつもとは違う特別な場所で、普段と変わらぬ口調で、少しだけソワソワとして。


「ここだねぇ」

「はーい! 僕があけますぅ」

「じゃあお願いね」


 リーレイが嬉しそうに重々しい扉を開けた。ゴゴン、と分厚い扉が開いていく。音からして重量も相当あるだろうに、細身の少年が難なく開けた。この時点でペールは白目をむきかけていた。

 中は広く取られた玉座のある部屋であった。立派な絨毯、高級なインテリア、空のように高い天井。

 遠くにある玉座には、魔王が鎮座している。こちらを見据えているのだろうが、それなりの距離があるため視認は難しい。それほどまでに広い場所だった。

 玉座の間だけでいえば、アリスの魔王城よりも広かった。

 そして部屋の中に充満しているのは、常人では耐えられないほどの瘴気。発生源は魔王だ。

 アリスは連れてきた部下を一瞥すると、ユータリスだけが少しだけ苦しそうにしていた。ユータリスは悪魔ということもあって、ある程度の瘴気耐性はあるのだが――それでも幹部に比べるとレベルが低い。

 この世界の魔王よりもレベルが下回っているため、はっきりとした抵抗力を持たないのだろう。


(レベル180でもキツい瘴気か……。彼は相当な強さを持っているのだろうね)

「あの、アリス様……申し訳ありません……」

「ん、いいよ。ルーシーもシスター・ユータリスと待機していてくれる?」

「はーい! ベルが来るの、一緒に待ってますっ。いこ、ユータリス」

「はい。失礼致します」


 扉はまだ閉めていない。リーレイが一人で押さえているままなので、出入りは自由にできた。

 ルーシーは体調が優れないユータリスを連れて、廊下へ出ていった。魔術に精通したルーシーがいれば、悪魔のユータリスの治療も可能だ。

 幹部それぞれに高度な自己治癒力があるから問題はないものの、何かあったときの為にルーシーがそばにいても問題はない。


 リーレイが扉を閉めようとすると、ペールが口を挟んだ。


「あ、あの、私も一緒に待機していても宜しいでしょうか……」

「え? 別にいいけど。まぁ裏切ったから、一緒にいると気まずいよね」

「え、あ、まぁ……はい……」


 アリスはそう解釈したが、実際は恐ろしさのあまりこれ以上の戦いを見続けられないのが真実だ。

 魔王の幹部をやっていたペールだというのに、アリスと出会ってからはただの腑抜けに成り下がってしまった。

 それに対してペールは何も思っていなかった。というよりも、ただただ必死に未来の自分を生かすために必死だった。


 玉座の間から、ペールも出ていけば――デュインズの〝魔王御一行様〟はヴァルナルたった一人になった。

 ソルヴェイも死に、マージュも消えた。

 アリスはヴァルナルの近くまで歩いていくと、見下ろす彼に対して気さくに挨拶をした。


「やあ、この世界の魔王」

「…………マージュをやったはずだが」

「死んだ。君も魔王ならば分かるだろう、愛しい女の気配が消えたことを。それとも信じられないのか――信じたくないのか」


 これだけの瘴気を生成できる者ならば、自分の仲間の気配が消えたことくらい気付くだろう。

 どこかの臆病な魔王とは違って、ヴァルナルは一時でもこの世界を制圧し、掌握していたのだ。そんな力のある魔王様が、愛する女の魔力が消えたことをわからないはずがない。

 アリスがヴァルナルに淡々と喋れば、沈黙が広がり、暫くして口を開いた。


「……何故」

「ん?」

「何故、マージュを殺した?!」

「何故って、なぁ?」

「ええ」


 ――〝そんなこと、聞く必要があるのか?〟と、言っているような目線だった。

 アイコンタクトで、アリスは隣に立っていたエンプティへ、同意を求めた。エンプティはにこにこと笑いながら、アリスの全てを肯定する。


「邪魔したから、としか……」

「邪魔だと!? その程度の理由で、俺の女を……!」

「君に尋ねるが、では何故人間を殺す?」

「そんなもの、愚かで醜い奴らに誰が上なのかを理解させただけだ! 何を聞いて……」

「ならばそれだよ。弱いからだ。弱いくせに相手の実力を見極めないで、いとも容易く出てきて愚かに死んでいった。あぁ、あと私の欲しい魔術を持ってなかった。無価値だったというわけだ」


 分かっているじゃないか、と言わんばかりにアリスは言う。大げさな言い方で、ヴァルナルの感情を更に揺さぶるように。

 わざとアリスが相手を怒らせれば、ヴァルナルはぶるぶると震えだした。

 普段のヴァルナルであれば、こんなにも感情的にはならなかった。冷静で――冷淡で、心など通っていない非道な魔王。

 魔王としては、何も欠点がないとも言える。

 だが愛は時として、そんな完全無欠の王を崩してしまう。美しくもあり、脆くさせる。


「きさ……貴様ァーーッッ!」


 ヴァルナルは大きく叫ぶと、手に闇を纏った。それは人が触れれば一瞬で消えてしまうほどの強大な威力を持つもので、躊躇いもなくそれをアリスへ向けた。

 レベル199たる魔王の持つスピードは尋常ではなく、瞬きをした刹那、玉座からは消えていた。

 いつの間にかアリスの頭部を鷲掴みにし、アリスの連れてきた幹部達を差し置いて、アリスを壁際へと叩きつけた。

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