最終章 確約
接近
アリスが永久の庭から帰還して、十数日が経過した。
あいも変わらずジョルネイダの追加情報もないまま、暇な日常を送っていた。
アリスは戦争に備えて、各家庭に防衛用のアイテムを配布した。暇が過ぎたゆえに出来てしまったアイテムだ。
戦闘で人口が減っていたとは言え、各家庭に配布するのは相当量が必要である。しかし、作成するのはこの世界で最も強い魔王だ。なんの問題もない。
内容はといえば、幹部の攻撃ではないと破壊できないほどのシールドを展開できるアイテムだ。ブライアンに見せれば、喉から手が出るほど欲しがるだろう。
しかしながら手に入れたところで、人間では到達不可能な高ランク魔術を付与しているので、解読など不可能である。
「見ろ、アリス様だ!」
「イルクナーにいらっしゃるのは、久しぶりじゃないか?」
「この前来ていたぞ?」
「なに? 俺は見逃したのか!」
変わらず暇なアリスは、イルクナーの視察にやって来ていた。
魔族と人間はいいペースで親睦を深めている。双方が協力したおかげか、国の復旧も早かった。
現在では新しい施設や店舗まで作られているほどだ。目新しいものが好きな港町の人間は、どれも興味津々であった。
最も繁盛していると言えるのは、アベスカでも成功を収めていた菓子店だ。アリスのお墨付きと宣伝されているからというのもあるが、やはりどの世界でも甘いものは好かれているのだ。
支店一号店を開業できたことで、菓子店も軌道に乗り始めた。アリスと担当者は、この調子で世界中に支店を置きたいとも考えているほどだ。
アリスは国民への挨拶を適当に済ませながら、街を歩く。道行く人間が、アリスを見かけるたびに声をかけてくるのだ。
アベスカのように狂信的とはいかないが、イルクナー国民もアリスに相当心を許していた。
「あの!」
「ん?」
「あ、アリス様……その……」
おずおずとした様子で、一人の女性が近付いてきた。
腕の中には、まだ幼い少年が抱き抱えられている。酷く辛そうな表情は、どこか体の具合が悪いのだと分かる。
アリスは治療をしてほしいのだとすぐに察した。
「息子が、遊んでいて足を切ってしまいまして」
「どれ、見せてみろ」
言われた箇所を見てみれば、脛に深めの切り傷があった。
アリスにかかれば、切り傷や骨折なんて造作もない。軽く手をかざして魔術を作用させれば、出血が一気に引いて足も元通りになった。
激痛から開放されたおかげか、少年の顔が徐々に明るくなっていく。
この程度、街の医者に頼めば良い――と思いかけた。しかし、イルクナーはアリスによる襲撃で、医者も失っていた。
それに治癒魔術なんて技術は、イルクナー――アリ=マイアにはほぼない。
アリスが魔術学院を設立しなければ、アリ=マイアには魔術を学ぶすべがなかったのだ。
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!!」
「気をつけるんだぞ」
「はい!」
「なんと慈悲深い……」
「アリス様こそ、地上に降り立った神じゃ……」
たまたま見聞きしていた住人が、アリスを拝みだす。
「この出来事も、国中に広がるんだろうなぁ」などと、彼女は呑気に考えていた。
(治癒師が欲しいところだな。パラケルススはアベスカにいるし……。学院にそういう部門を設立して、各国にばらまくか?)
入学生を募るための宣伝にもなるし、アリスの配下となった国の医療が更に発展すると考えれば特しか無い。
パルドウィンはともかく、アリ=マイア諸国にはいい効果だろう。
早速ウレタ・エッカルト魔術連合国に出向くか――と思った時だった。
街中に設置したスピーカーが起動音を立てる。ちょっとした催し物の放送や、有事の際に使うために設置したものだ。
それが起動したとなれば、現在で考えられる理由は一つ。
アリスは足を止めて、耳を傾けた。
『アベスカに住居を置く者たちに告ぐ! ジョルネイダより船が数隻接近中! 直ちに自宅に戻り、魔術道具の展開をせよ! これより、アリス様による勝利宣言を受けるまで、誰一人として外出は許可されない!』
国民は十分に訓練されているのか、混乱することなどなかった。
焦りはしていたものの、それぞれが放送の指示に従っていた。子供を抱えて走る親、自宅へ急いで帰るもの、通りすがりにアリスへ激励を送るもの。
穏やかだった街の流れは一変した。
アリスはそんな激流のような街のなかを、ただ佇んでいる。
「来たか……」
『アリス様』
「ん。ユータリス」
『放送の通りで御座います。遠方にジョルネイダの軍艦数隻を補足。速度に変更がなければ、半日後には上陸の予定です』
「ふぅん」
イルクナーの観測地点で船を見つけたとなれば、最短ルートを選ばなかったということだ。
わざわざアベスカから最も遠いイルクナーに上陸するとなれば、速さよりも安全を選んだと言える。
戦争や勇者召喚で多数の人間を失っていたジョルネイダからすれば、無難な選択である。
(パルドウィンよろしく、このルートで来るんだ。人数が少ないから仕方ないとは言え、つまらないなぁ)
しかし、無難はアリスにとってつまらないこと。
最短ルートである大森林へ上陸し、そこからやって来ればもっと楽しく歓迎が出来たことだろう。
それこそ、彼女の言う〝面白いもの〟が大量に見られたに違いない。
アリスがぼんやりとユータリスの通信を聞いていれば、周囲の家が着々とシールドを展開して行く。
シールドは各家を覆って、中にいる人間ごと保護をする。
アリスは、せっかく建築物を修復し終えたのだからと、人間だけではなく建物も守ることにしたのだ。
当然だが街中で戦闘を行うつもりはない。だがジョルネイダ軍がどういう対応をするか分からない。
アリスの配下と知れば、火を放つかも知れないのだ。直したばかりの建物を、たかが兵士ごときに壊されてなるものか――という考えである。
「エキドナはパルドウィンから帰国、ユータリスの保護に回って。そのまま船を観測。それ以外の幹部は丘に集合」
『承知致しました……。ルーシー様……』
『あーい、迎えに行くし!』
『戦場は魔王城ではないのですかッ!?』
「えー、遠いでしょ。これ以上待つのはめんどくさいよ、どうせ相手も小規模だし。速戦即決ぅ」
『畏まりましたッッ!』
数分後。
アリスの待機している丘に、幹部がぞろぞろとやってくる。
「お待たせ致しましたッッ!」
「あれが今回の敵の船か?」
「そうみたいね」
最初に到着したのは、ハインツ、ディオン、エンプティの三名だった。
三名とも転移などではなく、魔王城の方面から走ってやってきた。肉体派ならではの登場の仕方である。
ハインツに乗ってくればもっと早かったんじゃないのかなぁ、などと思ったが、アリスは口に出さないでおいた。
「はぁー、楽しみだね」
「ねっ! アリス様が早く勇者をボコボコにするとこ、見たいし!」
「はぁあ♡僕、興奮してきた♡」
続いて、ベル、ルーシー、リーレイという、仲の良い三名が辿り着いた。
こちらは優雅に転移での到着である。ルーシーは各地域に点在している幹部の回収をしつつ、友人二人と顔を出した。
「今回は観戦に徹底できそうですかな?」
『おい! 魔王! こいつゾンビじゃろ!? なんでいるんじゃ!』
『エレメア、ちょっと黙ってなさいよ……』
「パラケルスス! 教えてもらった本、おもしろかったですっ」
「おぉ、坊ちゃま。それは良かったですぞ」
最後に現れたのは、パラケルススに、リーベ。そしてリーベの付き人をやっているイヴとエレメアだ。
リーベは呼んだわけではなかったため、この場に現れてアリスは驚いている。
危険が及ぶ訳では無いし、及ばせるつもりもないのだが――まさか来るとは思わなかった。
「あれ、なんでエレメアとイヴまで?」
『リーベ坊っちゃんが見に行きたいって言うから』
『おいっ、わしを無視するでない!』
イヴは付き人兼、リーベの家庭教師である。魔術学院でも教鞭を執ることがあるが、空き時間にはリーベに様々なことを教えているのだ。
五精霊のなかで最も適した人物がイヴであったためである。
本当ならば最も強いエレメアが教えるべきなのだが、その理由は言わずもがな。
「だとしてもエレメアはいらないでしょ」
『わしだって気になるのじゃ!!』
『私達はあの木陰あたりで勉強してるわね』
「母上、がんばってください!」
「ありがとう、リーベ」
『ふんっ、せいぜい足掻くがよいわ』
「う、うん。エレメア、ありがとう……?」
ジョルネイダ公国軍上陸まで、あと数時間――。
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