帰国とはじまり

 一夜明けて、それぞれは元の国に帰ることとなった。

 船乗りたちは朝早くから亜空間を出て、船着き場に向かった。アリスが送迎を提案したが、「陛下にはたくさん癒して頂きましたから、自分たちで帰れます。感謝いたします」と笑顔で出ていった。


「じゃあ向こうに着いたら、また連絡するよ」

『あいわかった。もし残っている他国の連中がいれば、皆殺しでいいんじゃな?』

『ちょっと、エレメア。話聞いてた?』

『冗談じゃよ……』


 イヴが子供を諭すように言う。

 流石のエレメアもそこまで阿呆ではないため、少々むっとしながら答えた。アリスがあえて残しておきたい目的も聞いていたのに、それを殺すような馬鹿ではない。


「まぁ別に殺しちゃってもいいけどね〜。話を持ち帰って欲しいから、出来れば生かして欲しいな」

『分かっておる』

『まぁこちらへ向かって来ている様子はありませんから、問題ないでしょう』


 そう言うのはオータだ。

 年がら年中引きこもっているオータであれども、レベル199の精霊である。遠方の探知だってお手の物だ。

 むしろ、百階層もある遺跡の最奥に住んでいるからこそ、出来る広範囲探知なのだろう。こればかりはアリスも少し羨ましく思った。


「あ、そうだ。オータ」

『はい!?』

「本当にジュンはこっちにいていいの?」


 特に難しくもない話し合いの結果、ジュンはアリスの影の中に常駐することになった。

 ジュンに世界を見せてあげたいということと、アリスに対して非常に懐いていること、そして強大な力を手に入れられるというメリット。

 オータも今後は、魔術学院の教育者として働くことになる。そのため遺跡からは離れなければならない。

 誰も来ないというのに、ジュンを延々と歩かせているのも可哀想だ。


『……ええ、私じゃ扱いきれませんから』

「自分で作ったのに……?」


 長いようで短かった旅は、終わりを告げた。

 そうは言うものの、アリスが一度足を踏み入れた土地だ。何度も戻ってくることは可能だし、精霊たちも魔術学院への通勤はこの島から行う。

 旅と言って良いのか怪しいが、何にせよ今回の目的は達成した。


 船着き場には既に、パルドウィンの船しか残っていなかった。

 数少ない他国の生存者たちは、そそくさと帰ったのだろう。アリスの情報というお土産を手にして。

 兵士の多くを失ったこともあり、すぐに仕掛けてくることはないだろう。それでも次の予定は埋まったも同然だ。

 暇がないのはいいことだ。


 先に亜空間から出ていた船員は、既に船を出す準備を完了していた。あとはダニーとアレックスを乗せて、帰るだけ。


「あの! 陛下! 僕、絶対に強くなって城に行きますから!!」

「あ、うん」


 アレックスはそう言うと、意気揚々と船に乗り込んでいった。ダニーも軽く会釈をしてそれに続く。

 二人の乗船を確認すると、船はゆっくりと動き出す。

 これからまた、数日の船旅が彼らに訪れる。その間に、ダニーとアレックスは報告書を認めるはずだ。



 アリスはパルドウィンの船が無事に出港するのを見送ると、〈転移門〉を開いた。こちらも家に帰るのだ。

 転移先はいつもの通り、玉座の間だ。もはやこの部屋は謁見の間などではなく、その広さを利用して転移先に指定されているほどだ。

 まずアリスが門をくぐる。続いて、ハインツ、ルーシー、ベルが後を追う。

 彼らを出迎えたのは、城で待機していたエンプティだった。ヨナーシュの補佐があるとは言え、城の運営を一人に任せていたこともあって心配だった。しかし、どうやら何事もなかったようだ。

 旅の最中も一度も連絡が来ないことから、魔王城は特に変わりがなかったのだろう。

 そもそも最近は安定しているため、これと言って面倒事もないのだが。


「おかえりなさいませ、アリス様」

「ただいま〜」

「お疲れのところ申し訳ないのですが、ブライアン・ヨースより、連絡を受けております」

「ブライアンから?」


 ブライアンとアリスの関係は、ワンゼルムを見せてから良好そのものだ。むしろ嫌なくらいに、アリスへの忠誠心が増している。

 国を取り仕切っている以上、アリスに忠誠を誓うのはいいことなのだが、以前との差が激しいことで困惑しているのだ。

 とはいえ、何か変化があった際に、きちんと連絡が出来ているのはいいことだった。


「はい。ジョルネイダの調査員らしき人間を発見したとのことです。現在、泳がせている最中だとか……」

「そっか。早かったね。開戦宣言もすぐじゃないかな」

「ええ。軍の用意を進めておきます」

「では私もッ! 軍の様子を見てまいりますッッッ!」

「よろしくねー」


 そう言うとハインツは、玉座の間から急ぎ足に去っていった。

 短い間とはいえ、魔王軍から離れていたこともあって心配なのだろう。指揮官としてしっかり働いている姿勢は、アリスとしてはありがたい。


 とはいえ、今回も魔王軍に兵士の相手をサせるのは少々難しいだろう。

 魔王軍――魔物とて、生命である。

 以前の戦争で失われたものたちは、そうそう戻ってこない。前回の戦争から数年の時間が開いているならばまだしも、一年も経過していないのだ。

 運良く生き残ったものたちのみでの戦闘も、不可能ではない。だが完全な力を引き出すのは、困難に近い。

 傷を負った体で無理矢理戦ってしまえば、結果的により多くの損害を出すことになるだろう。


「エンプティ、軍の回復状況は?」

「五分五分といったところでしょうか。勝利による興奮でなんとか精神状態を保っていましたが、日を追うごとに心を病むものも多いです。墓地として形になっているのが更に加速要因かと……」

「うわぁ、裏目に出たかぁ……」


 誰もがアリスに感謝しているものの、時間という冷却材が作用すれば、徐々に心を蝕まれる。

 仲間を弔うために、墓を訪れる。仲間は戦士のように死んでいったが、何故自分は生き残ってしまったのか。

 自問自答を繰り返しているうちに、精神がすり減っていく。苦しみに苛まれるのだ。


「ですが使えることは使えます。彼らはアリス様へ、絶対的な忠誠心がありますから」

「うーむ。せっかく時間をかけて集めた大事な部下だし……使い捨ては嫌だなぁ」


 現在の魔王軍を作るには、時間がかかった。

 幹部のスキルで生み出したホムンクルスやスライムの軍勢ならばまだしも、生きている彼らを消耗品のように捨てていくのは勿体ない。

 忠誠心があり、まだアリスについてきてくれると考えているならば。もっと大切にしてやりたいのだ。

 魔王にしては少々甘えた考えだが、〝勇者を殺す〟という同じ信念を持っている以上、気にかけてやりたかった。


 それにあたって、別の作戦が必要となる。

 勇者の相手はアリスがする。しかし、ジョルネイダも勇者だけを送り込むわけではないだろう。雑魚を一掃するために、何かしらの人員を用意することとなる。

 対人戦闘であれば、ハインツがいればなんの問題もないだろう。人間との戦闘に対しての強化スキルがあるため、苦労すること無く戦える。

 しかしアリスの中では、一つ考えがあった。


「うん。今回は幹部で対処しようか」

「たしかに、それはいい案ですね」

「それにあたって、エンプティにお願いがあるんだよね」

「……? なんでしょうか、なんなりと」

「ベルを使いたいんだ」

「ベルですか」

「うん。完全体ってやつさ」


 ベルの完全体。

 もはやそれは人の形などとどめておらず、ただの巨大な化け物と化す。それでいて、能力値は強化がかかり、普段のベルよりも遥かに強い力を誇る。

 デメリットとしては、完全に理性を失うことだ。下手をすれば幹部であろうと、アリスであろうと、関係なく攻撃を仕掛ける。

 以前、リーレイとの模擬試合で半人半蜘蛛の状態にはなったが、その時点でも理性を失いかけていた。完全体になったベルでは、止められる幹部も限られてくる。


「それですと、住民への被害も……」

「だからエンプティにお願いしてるんだ。ベルのことは、亜空間で戦わせてほしい」

「なるほど、それでしたら被害はありませんね」

「……たぶん、エンプティに被害が出るけど」

「問題有りません」


 エンプティのスキル。〈亜空間ポッシビリティ・完全掌握ブラックホール〉を用いて、そこでの戦闘を行う。

 そうすれば通常の世界は傷ひとつつかない上に、片付ける必要もない。

 ベルが誤って外に出てくることもないため、非常に安全な状態で完全体での戦闘を開始できる。

 問題があるとすれば、〈亜空間ポッシビリティ・完全掌握ブラックホール〉での激しい戦闘は、亜空間の管理に影響を及ぼす可能性があること。


「提案しといてあれだけど、本当に大丈夫? ベルの本気を舐めないほうが……」

「問題ありません。空間内にて、ハインツの最上位ブレスを受けたことがありますから」

「なにそれ聞いてない」

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