昼寝

 アリスはパルドウィン王国から帰国後、昼寝を習慣にした。

 それはもちろん、この世界を統括している神であるフルスに会うためだ。

アリスが目眩で倒れた瞬間を利用して、話しかけてきたこともあった。だが出来れば、時間をたっぷりと取りたい。きちんと会話したかった。

 そうなれば眠っている時間がぴったりなのだ。

 人間であるリーベは睡眠が必要だし、彼に寄り添うためには昼寝はちょうどいい。

 ある意味、一石二鳥なのだ。


「母上、今日もおひるねですか? ぼくも一緒にいいでしょうか?」

「うん。一緒に寝ようか」

「はい!」


 しかし、パルドウィンに出向いたあの日から、一週間が経過していた。

 毎日のように昼寝を繰り返すが、神からの接触はない。これも仕方ないことだ。

 いつも会話の場を設けるのは、向こうの用事があるとき。こちらからコンタクトを取ることなど出来ず、フルスや他の神の用件がなければ会うことすらない。

 だからアリスは気長に待つつもりだった。根気よく待っていれば、その思いは届くのだと。

 フルスはアリスを常に監視しているので、いずれ気付くだろうと思っているのだ。


「おやすみなさい、母上」

「うん、おやすみ」


 広く高級なベッドで、目を閉じる。スウスウと横で眠る、リーベの寝息が聞こえる。

 アリスは眠らずとも生きていけるが、眠れないわけではない。目を閉じて眠るために集中すれば、体は睡眠に落ちていくのだ。




 そよそよと風が心地よかった。アリスが眠っていたのは、魔王城内のリーベの部屋のはず。風が頬を撫でるはずがないのだ。

 草原の青い香りに目を開けると、天蓋付きのベッドに横たわっていた。

 リーベのベッドは大きく高級品だったが、天蓋はついていない。

 数回も来れば、流石に見慣れてくる。


 歓喜を必死に抑えながら飛び起きた。

 目の前には草原の緑が広がっているものの、肝心の男――神がいない。


「あれ、フルスさん?」

「はい」

「ウギャ!?」

「あ、失礼しました」


 突然、背後からフルスに声をかけられ、アリスは汚い悲鳴をあげた。

 ずいぶんと慣れた動きで、相手と距離を取る。最高速度とは言わなかったが、それでも人では見えない速度で反応をした。

 こちらの世界に来たばかりのアリスとは違い、その身体能力を存分に扱っている。


「随分とお呼びだったようですね」

「分かりますか」

「一応、こう見えても神ですので」


 フルスは神というには、そのイメージとはかけ離れている。

 ピシッとしたスーツに、黒縁のメガネ。きちんと整えられたオールバックヘア。堅物のサラリーマンという肩書のほうが、似合いそうな容姿だ。

 それでもこの世界〝トラッシュ〟を管理している神だ。


「それで、御用とは一体?」

「もう一人追加させてください!」

「いいですよ」

「そうですよね……。あ、いえ! レベルは別に高くなくて……え?! いいんですか?」

「はい」


 既に一度、リーレイとシスター・ユータリスを追加していたこともあって、今回は断られると思っていた。

 なんといっても、ユータリスの場合は無理を言って追加させてもらった幹部。レベルこそ低いものの、二人目はもともと許容するつもりはなかったのだ。

 当時は「仕方ない」といった様子で受け入れてくれた。

 しかし今回は違う。フルスは即答で了承した。

 予想外の出来事に、アリスは酷く驚いた。


「ただし条件が二つあります」

「はい!」

「まず、作っていただくのは非戦闘員です」

「はいッ!」


 アリスは持てる限りの元気で返事をする。

 もともと作成するつもりの幹部も、戦いをメインとするメンバーじゃない。系統は違うが、ユータリスのような非戦闘員を作る予定だった。

 だからアリスの返事は、余計に力を増す。


「最低限の魔術は可能としますが、基本的には戦えないものを。初期メンバーで十分強いはずですので、これ以上は不要と考えております」

「十分です!」

「それはよかったです。レベルは170が限界ですよ」

「問題ありません!」

「ではあちらをどうぞ」


 フルスが指す先を見れば、先程は何も無かった草原に、ポツンとテーブルがある。

 三度目ともなれば、もう慣れたものだ。アリスはパソコンに触れて、新たな幹部の生成を始めた。

 カタカタとタイピング音が響く中、アリスははて、と思い出す。フルスは「二つ」と言っていたのだ。

 もうひとつの条件とは何かと考え出す。


「……あのー、もう一つは?」

「ああ、そうでした。プレゼントがあります」

「へ〜」

「勇者です」

「へ?」


 アリスは動揺のあまり、座っていた椅子から落ちそうになった。使用していたパソコンも巻き込んで倒れそうになれば、フルスがそれを止める。

 魔術というより、サイコキネシスのような超能力に近い。

 落ちるアリスを止め、反動でテーブルから落ちかけていたパソコンを、ピタリと制止させている。


「お気をつけください。地球の物とは別物ですが、精密機器に変わりはありませんよ」

「あ、ごめんなさい――じゃなくて!」

「ご安心ください。殺して頂く必要はありませんから」

「は?」

「こちらを」


 混乱するアリスに、フルスは資料を渡した。

 今となっては懐かしくも感じる、印刷された資料だ。しかもコピー用紙などではなく、しっかりとした紙質のもの。

アルバムのようなしっかりとした冊子に、きちんと記録されている。

 アリスはそれを受け取ると、パラリとページをめくった。

 中には、少女の写真が何枚か並んでいる。そして経歴やその世界での功績などが、別のページに詳しくまとめられていた。

 この丁寧な仕事ぶりからして、あの神が作ったのではないと分かる。


金原 茜かねはら あかね、召喚された勇者の一人です」

「フツーの子ですね」

「見た目だけです。彼女は勇者の仲間として、他の世界へ召喚されました。しかし少々手違いがあったようで、本来は〝そちら側〟に行くべきではない人物だったのです」


 フルスは妙に含みのある言い方をする。

 そちら側というのは、もちろん正義の方だ。アリスが嫌う立場である。

 だが彼の紹介した少女・茜は、その正義を執行する側ではないのだという。アリス同様に、歪んだ思想を持ち合わせているのだった。


「その世界の神は、もう金原様を不要と見なしております。既に次の勇者の選定を済ませていまして、金原様を含む、勇者の処分をして欲しいとのことなのです」

「へー、だからうちの世界に。でも殺す必要がないって、言いましたよね?」

「ええ。金原様の手で、ほかの勇者を殺してくださるそうです」

「はい?」


 フルスが新たにアリスへと寄越そうとしている少女は、現在いる世界ではもう必要とされていないのだ。

 この不要物のゴミ捨て場であるトラッシュとは違い、茜のいる世界は魔王を倒す正しい勇者が求められている。

 そんな正義を嫌う勇者なんて、神としても手元に置いておきたくないだろう。


「その話を金原様に持ちかけた際、アリス様のことを甚く気に入りまして。是非部下に……いえ、下僕や奴隷になりたいと懇願されたのです」

「あ、はあ……」

「誠意のひとつとして、皆様の前で、仲間を殺していただけるようですよ」

「そりゃあ、ドウモ……」


 仕事が減ったのはいいことだったが、いいように言いくるめられて、面倒事を押し付けられたことは変わらない。

 アリスはそれを指摘しようと思ったが、黙っておくことにした。

 今回はアリスの都合でここに呼んでもらったようなもの。新たな幹部を作るという、イレギュラーな対応を許してもらった。

 だからそれの対価として、承諾するのもしかたない。


「ですので、よろしくお願いします」

「断れないんですよね?」

「ふふふ」


 フルスはそう微笑むだけだった。

 最近は会っていないが、あの破天荒な神とやらに似てきている気がした。言ってしまったら流石のフルスでも不機嫌になりそうだったので、アリスはぐっと堪える。

 そもそも人と神とでは違うものだ。

 彼らは人間を管理するように存在している。人の意思や意見など、はなからないも同然。

 アリスは首を縦に振るしか、方法は無いのだ。


「はい、わかりました……」

「ありがとうございます。手続きが済み次第、そちらへお送りしますので」


 フルスはふわり、と端末を浮かせて手元に引き寄せた。

 ノートパソコンの画面には、アリスが製作途中の幹部の一人が映っている。

 フルスが「ふむ」と相槌を打ちながら、ジロジロとそれを眺めていれば、アリスから申し訳なさそうな視線が送られてくる。


「……ダメそうですか?」

「いえ。あとどれ程で完成でしょうか?」

「あ、えーっと。見た目は終わっているので……スキルがもう一つくらい欲しいです」

「ではこちらはいかがです?」


 人間を喜ばせるために動いた試しがないため、どういったスキルが必要なのか悩んでいた。あったとしても、少しネジが外れたような喜ばせ方だ。

 人の心に寄り添って何かをしてあげるということを、もう忘れかけている。人の頃も、他者とはあまり繋がりを持たないように生きてきていたため、余計にそれが影響していた。


 だが流石は神様だ。

 他人を観察する能力に長けているのか、それとも〝こういうスキルが好まれている〟という統計でもあるのか。

 フルスが提示したスキルを見れば、アリスは納得したようだ。


「あ、良いですね。ではそれで」

「これで完成でよろしいですか?」

「はい!」

「ありがとうございます、それでは」

「え?」


 突然、フルスにトン、と押されれば――周囲一体は突如として色が変わる。

爽やかな風の吹いた、柔らかい日差しのある草原などどこにも見当たらない。

 辺り一帯が暗闇に包まれていた。

 そして押されたことで、アリスはその闇の中を急降下していく。

 下も見えない真っ暗闇。暗闇が全身を支配し、落ちている感覚すらない。

 浮遊することもできたが、アリスはただ体を闇に委ねていった。

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