第112話 元凶の行方

 俺の言葉に、重蔵はゆっくりと頷いて答える。


「……おそらくは、な」


「なぜおそらくなどと? それほどの状況証拠がそろっているのなら、確信を持ってそう言っても……」


 許されるのではないか。

 省略はしたが、その意味は重蔵に十分伝わっただろう。

 なんだか奇妙な話だ。

 なぜ俺が、重蔵を擁護するような話をしている。 

 こいつは俺を殺したんだぞ。

 それなのに……。

 いや、結局こいつは悪くなかった。

 だが……。

 俺の感情は、千々に乱れていた。

 そんな俺に重蔵は言う。


「全て、状況証拠に過ぎぬ。それに、正しく全ては、わしの心の弱さが招いたことには間違いない。わしが尊に対し、また妖魔に対し、そして自分に対しても強い心で挑んでいれば……きっと、何も起こらなかったはずだ。そして今頃、尊は北御門の家で幸せに過ごしていたかもしれぬ。それなのに、何が……わしが許されるはずが、ないのだ」


 長すぎたのだろう。

 あの時から六十年という月日が、重蔵の心に重くのしかかっているのだ。

 それでも精神を鍛え、体を鍛え、魂を鍛え続けて……今こうしてここにあることには、素直に尊敬を覚える。

 今のこいつは……確かに強いだろう。

 そしてだからこそ、俺たちに人生最大の恥とも言って良いことを、真正面から語れているのだ。

 その覚悟と決意は……認めなければならない。

 たとえ、俺があの時、殺されたのだとしても。


 ただ、気になることもある。


「……重蔵様がそう思われていることは分かりましたが、他の二人は?」


 もちろん、慎司と景子のことだ。

 俺は三人に結託して殺されたのだから。

 いや、もう結託と言って良いのかどうかも判断がつかないが……聞けることは聞いておきたかった。


「最初に言ったが、あいつらが何を考えているのか、今のわしにも分からんのだ。そもそも、転移符で鬼神島から戻った後、あいつらとはほとんど話せておらん。いつの間にかわしは一人で……その前後の記憶が、ない。あまりの経験に、呆然としていたからな。ただそれでも……僅かだが、妖気の残り香はあった。だからわしは、わしの心が操られていたのだろうと……そう理解できた」


「妖気の残り香……」


 気術士は妖気を察知することが出来るが、どれほど深く、広く察知できるかは人による。

 その最高峰は美智と咲耶になるが、ほとんどの気術士はあれほどまでに察知することは出来ない。

 ただ、それでも自分の近くに妖気があったことなら、いっぱしの気術士なら感じられる。

 重蔵は心を操られていた……だから、妖気が残っていたのだろう。

 操られているときに感じられなかったのは、長年、僅かにだけ操られ続けたからだろうな。

 そして、そもそも隠密性に長けた妖魔だった可能性が高い。

 そうなると、よほど気をつけていない限りは気づくことが難しい。

 ただこれほどのやり方は、妖魔側にも相当な根気と細心の注意がいる。

 バランスの悪い積み木をし続けるような手法だからだ。

 それを完成させて、ついには重蔵の体の自由を奪うところまでいったことには正直、敵ながら尊敬の念が湧くほどだ。

 

 重蔵は言う。


「当然の話だが、わしはあれからずっと、わしの心を操った妖魔について、調べてきた。一体何者なのか……どこからそれをしたのか」


「何か分かったのですか?」


 出来れば分かっていて欲しい、と思うが、期待薄なのも理解しての質問だった。

 これだけ用心深く事を成し遂げた奴が、自分に辿り着く糸を残すはずがないと、半ば確信していた。

 実際、重蔵は首を横に振って言う。


「何も。何も分からなかった……。あの妖気の残り香は、今でも覚えている。どことなく、梅の花のような生々しくも芳しい香りを……。だが、それだけだ。その後、わしに対して何かしてくる可能性も考えた。わしだけではなく、わしの一門にもな。だから調査は続け、そして自らも、自らの一門も鍛え続けた。体も、心もだ。同じ事が起こっても、皆がそれを撥ね除ける強さを手に入れられるように……。結果として、その試みは半分は成功したと言える。皆、強くなった。薙人であっても、あの頃のわしよりずっと心は強い。だが、肝心の妖魔は……まるで尻尾が掴めぬ」


「そう、ですか……」


「二人とも、幻滅したろう? 栄えある東雲の総帥が、このような人間で……」


 自嘲するように呟いた重蔵だったが、これには薙人が答える。


「そんなことはないです!」


「……む?」


「お祖父様は……確かに、過ちを犯したかもしれない。でも、それを反省し、自分に出来る努力を六十年も続けたんだ! そんなことは……中々出来ないと思います! 尊様には……なんて言ったら良いか、分からないけど……」


「ふっ。墓の前で謝り続けるしかないな、あいつには。墓参を欠かしたことはない。だが、そんなものでは許されん……せめて、妖魔を見つけ、事の真相を明らかにし、全てをつまびらかにせねば……。その上で、地獄で詫び続けよう。わしに出来るのは、それだけだ」


「お祖父様……」


「武尊、あいつと同じ響きを持つお前はどう思った?」

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